自殺というパンデミック
という人は、何を考えているのだろうか?
その心境は、女の子でなければ分からない。だが、いちかは、ずっとデリヘルを勤めていて。そろそろ三年目というところであった。
いちかは、つかさとは高校時代の同級生だった。
高校時代に、クラスメイトの男性から暴行を受けて、人生が変わってしまったいちかだったが、それでも、友達関係を変えなかったのが、つかさだった。
だから、デリヘルを始めたいちかを頼って、ソープ嬢になったつかさだったが、つかさとすれば、
「デリヘルのような派遣形式は怖い」
ということを最初から自覚していて、それをいちかに告げると、
「そうね、それは言えてるわ」
ということで、あっさりと、つかさはソープ嬢になったのだ。
二人とも、
「身バレ」
というものは気にはしていなかった。
つかさも、
「バレたらバレた時だ」
ということで、とりあえず、大学さえ卒業できればと思っていたのだ。
「ソープ嬢をしている時にバレても、別に問題ない」
と考えたのは、
「ソープ嬢は一生できるものではないので、いずれは卒業して、結婚するか、どこかで仕事をするかということになるけど、卒業してしまえば、元なんだったかなんて関係ないわよ」
といっていた。
もし、好きになった相手に、元ソープ嬢だということがバレて、それでごちゃごちゃ言われたとしても、どっちでもいい。
「むしろ、こっちからそんな男は、袖にしてやる」
というくらいに思っていたのだ。
仕事だって他に変わればいいわけで、それほど、つかさには、心配ごとはなかったのだ。
ただ、彼女の中に、
「ウスウスは気づいていたが」
という、
「二重人格性」
というものがあった。
そのせいかどうか正直死んでしまった人なので、いまさら想像でしかないが、
「ホスト狂い」
という一面があったのだ。
ソープ嬢をやっている時のつかさには、自分がソープに狂っているという自覚はまったくなかった。
しかし、もう一人の自分がいて、その自分がホスト狂いだということは自覚していた。だから、あくまでも、
「もう一人の自分だ」
と思っていたのだ。
だから、本当であれば、
「奨学金くらいであれば、何もソープでなくても」
といえるのだろうが、もう一人の自分の、
「不始末」
の尻ぬぐいをしなければならないというのは、理不尽な気もしたが、かといって、
「もう一人の自分である私が尻ぬぐいとすることで、誰にも迷惑がかからないのであれば、それでいい」
と思っていたのだ。
しかし、その思いが、つまり、ソープ嬢のつかさの方が強く持ってしまったことで、理不尽な思いが、彼女の中で強くなり、ホスト狂いのつかさが、なかなか表に出てこなくなった。
そんなホスト狂いの自分が出てくるのは、自分の部屋だけということになり、自殺した部屋が散乱していたのはそういうことだったのだ。
しかし、自殺に思い切ったのは、果たしてどっちのつかさだったのだろうか?
一見すれば、
「ホスト狂いのつかさではないか?」
と感じたが、実際にはそうではなかったと思う。
確かに、部屋が散らかってはいたが、彼女は、睡眠薬を用意し、周到だったということを考えると、
「衝動的ではない計画性を、果たして、ずぼらなホスト狂いにできるだろうか?」
ということになるのだった。
その場の状況を想像すれば、できなくもない気がする。
それは、いちかが思っていることであり、それだけ、いちかは、つかさのことをよく知っていたということであろう。
「つかさは、涙は流していなかっただろうな、彼女ほど、最終的に潔い性格の人はいなかったわけだし」
と思った。
それは、あくまでも、
「ソープ嬢のつかさ」
を想像するからであり、つかさ自身、ホスト狂いのつかさの正体を実際に見せていたのは、
「狂った相手」
である、誰が見ても、
「人間のくず」
あるいは、
「人間の皮をかぶった病原菌」
としてしか思えないそのホストの前だけであろう。
逆にいえば、
「そんなクズで病原菌のようなやつの前に現れる女というのは、そのほとんどが、二重人格で、普段は、裏に隠れた性格の女なのではないか?」
と考えるのだ。
そうでなければ、そんな
「人間のクズで、病原菌の男の相手などできるわけはない」
ということになるのだ。
実際に、その男は、つかさが自殺をして少ししてから死んだということであった。
男の客に、
「つかさがいた」
ということは、警察の捜査でも分からなかったという。それだけ、
「化けていた」
ということで、あの部屋にあった衣装を見ていれば、さぞかし派手な化粧だったと思えば、
「まさか、つかさが同一人物だったなんて」
ということになる。
しかも、その頃には、
「ホスト狂いのつかさ」
は、すっかり鳴りを潜めて家にいたではないか。
警察の捜査が及ぶこともなかった。
実際にそのホストは殺されたのだが、その理由というのは、
「ありきたりな事件」
といってもいいだろう。
「どうやら、ナンバーワン争いという中で、客を取った取らないという、警察としても、苦々しいことが原因での殺害だった」
もちろん、表面上は、
「殺人は許されることではない」
という顔をしてはいたが、心の中では、
「お前ら勝手にやってる」
という気持ちだったことだろう。
「ダニ一匹殺されたくらい、却って世の中のためになるというものだ」
というくらいであった。
ただ、あくまでも、
「ダニ一匹」
ということで、
「ホスト稼業」
という業界にとっては、蚊がさしたほどでさえもない。
まるで、
「人間が呼吸するがごとく、一人が殺されたくらいのことで、体制が歪むなどというのはありえない」
ということであろう。
そんな風俗業界において、このホストが殺されたことは、
「ただの、毎日の生業の一部」
という提訴だったが、殺した男には、
「大いなる後悔」
というものがあった。
それは、
「殺人を犯した」
ということへの、
「後悔の念」
ということではない。
この男も、殺された男と同じ穴のムジナということで、ろくな男ではない、そんな男が、相手を殺したということで、後悔はするかも知れないが、
「殺人を悔やむ」
ということはしない。
この男が何を言っても、もう警察がそれに耳を傾けることはなかった。
「ただの戯言」
としてしか思わなかった。
しかも、その言い分が、聞いていて、
「常軌を逸している」
と感じる、突飛なことだったので、それこそ、誰が信じるというのだろうか?
ただ、この時、実際に捜査に加わっていたわけではなかった清水刑事だったが、この犯人の様子と、ちょうど、清水刑事が警察内の廊下で、
「取り調べが終わり、留置場に連行されている時、犯罪捜査が終わり、署に戻ってきた清水刑事とすれ違った」
という時、いきなり、その男が、清水刑事の腕をつかんで、訴えたのだ。
「俺は、あいつを殺す必要なんかなかったんだ」
と言い出したのだ。
作品名:自殺というパンデミック 作家名:森本晃次