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芸術と偏執の犯罪

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「状況があまりにも都合よく作られているということからであった。
 滝がある場所で殺したということであれば、
「この轟音から、もし、悲鳴や争う音であっても、まず聞こえることはない」
 と思わせることが一つ。
 もっとも、深夜なので、ここに、他の人がいたというころも考えられないが、それも感じさせることがないほどに、都合がいい状態だったといえるだろう。
 しかも、ハンドバッグが置かれていたことで、
「血が飛び散った痕が残っている」
 ということで、この状況を、警察であれば、
「よし、ここが犯行現場だ」
 ということを確定させてしかるべきであろう。
 だからといって、ここに鑑識が入らないわけではない。そうなると、もし、欺くという気があるのであれば、鑑識の目をごまかすことができるだろうか?
 ということであり、
「それは、難しいのではないか?」
 と考えると、
「あまりにも都合のいい」
 ということの方が、何か作為を感じさせ、
「そちらが、犯人の狙いではないだろうか?」
 と、思わせるような気がするのだ。
 そうなると、
「細かい疑問を、本当は一つ一つ潰していかなければならない」
 というのが、犯罪捜査の基礎のはずなのに、
「多すぎると、その分上の空になってしまう」
 ということになりかねないといえるのではないだろうか?
 ただ、今のこの状況では、何もいえるわけでもなく、
「すべてが、憶測の域を出るというわけではない」
 ということなのだった。
 しかも、この場所は、
「滝つぼのすぐそば」
 ということで、
「水をくむことが目的ではなく。ある程度の距離の場所から、壮大な滝の迫力を、その身で感じることができる」
 という場所として、設けられていると考えると、
「余計に、水くみの人には関係のない」
 ということであり、この場所には関知することはないだろう。
 しかも、この湿気などにより、血の痕は自然と流されることになるので、
「余計な手間と時間」
 がかかることはないともいえるだろう。
 もっとも、
「犯人が、死体の隠匿を図っているというわけではない」
 ということから、
「証拠隠滅をわざわざ図る」
 という必要性が本当にあるのかどうか?
 そのあたりも解釈が難しいところであろう。
 タダ。今は初動捜査の段階。
「判断のために必要な証拠を、少しでも探す」
 ということが一番ではないだろうか?
 それを考えると、
「この犯人というのは、どこか、警察を愚弄しているのか、それとも、手玉に取っているつもりはないが、自然というものが、味方してくれているかのように、感じているかも知れない」
 といえるのではないだろうか?
 実際に警察の捜査が、この犯人にはどのようなものか分かっているのかどうか。それでなければ、少なくとも、
「愚弄する」
 などということはないだろう。
 何といっても、
「殺人」
 という凶悪犯なのだ。
 何も、遊びでやっているわけではない。綿密な殺人計画が、その裏には潜んでいるということで、刑事としても、
「犯人との、化かし合い」
 を最初から感じながらのものということであろう。
 確かに、
「犯人よりも場数を踏んでいるということで、それなりに警察官としての、自信と誇りというものがあるのだろうが、それでも、毎回、緊張するのは、刑事だからということになるのであろうか?」
 犯人と思しき相手は、
「最初から、警察の鼻を明かしてやろう」
 と考えているのだろうか。
 だとすれば、
「死体の隠蔽をしない」
 ということが解せない。
 やはり、
「金銭的な動機によるもので、被害者が殺害された」
 ということにならないと、犯人としては、殺害の意味がなくなるということになるのであろうか?
「保険金詐欺」
 などというものであれば、
「自殺を装う」
 というのは、無理があるということで、ミステリーなどで時々見かける、
「微量の量の毒を、長期間にわたって与え続ける」
 という地道な方法もあるだろうが、今の時代の科捜研などによる捜査がどれほど発展しているかということを考えると、
「それも発覚の危険性はあるかも知れない」
 といえる。
 ただ、
「金銭的なことが動機」
 という犯罪は、動機という面で、
「まず警察が見逃すはずはない」
 というわけだ。
 まず、殺人事件ということになると、最初に考えるのは、
「被害者が死んで、誰が得をするか?」
 ということであろう。
 どうなると、まずは、金銭的な動機というのが最初に疑われるということになる。
 特に今回のような、
「死体を隠蔽する」
 という意志がないということであれば、そうなるだろう。
 ただ、そうなると、
「犯人としては、アリバイくらいは作っておく必要がある」
 ということになる。
 死体が発見されて、
「動機が自分にはある」
 ということであれば、まず警察は、
「自分を犯人と決めつける」
 というところまではいかないだろうが、即行で、
「重要容疑者」
 というところまではくるだろう。
 そうなると、取り調べも、
「完全に、犯人だとタカをくくってのものとなり、白状させにかかる」
 ということになる。
 気が弱い人であれば、自白してしまうかも知れないし、以前であれば、弁護士の入れ知恵で、
「あまりにも、取り調べが不当だと思えるくらいであれば、自白してしまいなさい」
 と言われるかも知れない。
「そんなことをすれば、終わりじゃないんですか?」
 と依頼人はびっくりするだろう。
 しかし、
「いやいや、起訴されて、法廷に出ると、警察の取り調べがひどすぎて、やってもいないことをやったといって、警察を追い詰めればいい」
 というのだ、
 弁護士というのは、
「依頼人の利益を守る」
 というのが最優先事項であり、それが、正しいのか間違いなのかということは、二の次であった。
 だから、弁護士によっては、
「私に対してだけは、絶対に本当のことを言ってくださいね。包み隠すことなくですね」
 というのだ。
「私にウソをつかれたり、秘密にされると、私には弁護のしようがありませんからね。ちゃんと誠意を見せてくれれば、私も命がけであなたを守ります」
 ということになるのだ。
「警察というものは、いくら取り調べで相手を追い詰めても、裁判でひっくり返されるかも知れないと思ったとしても、最後の最後だと思えば、思わず力が入るというもので、実際にそれくらいの意気込みがないと、犯人に自覚を促すことはできないということを分かっているので、必ず、こちらのチャンスはあります」
 ということで、実際に裁判になれば、
「警察の不当な取り調べで、こちらは不本意ながら、自供させられた」
 ということもできる。
 ただ、起訴の前に、裏付け捜査というのも行われ、
「すべてにおいて辻褄が合っていないと、なかなか起訴できない」
 というのも当たり前のことで、自供というのは、ただ、被疑者が、
「私がやりました」
 というだけでは、検察官が、起訴にまで持ち込むことはできない。
 実際に起訴の最終段階までに、検察官による起訴に至るまでの時間が与えられているので、その間に裏付け捜査を行うということになるのだろう。
 それが、
作品名:芸術と偏執の犯罪 作家名:森本晃次