芸術と偏執の犯罪
「私はあの日、ちょうど神社の前を通りかかったのは、時間にして、午後八時頃だったでしょうか? あのあたりは、午後八時ともなれば、だいぶ人通りも少なくなっていますが、まったく誰も通らないというわけではありません。だから、私も神社の鳥居前を通り過ぎるのが、いつも、あまり変わらない時間で、あの日も、たぶん、いつも時計を見なくても、自分が感じている前後5分くらいだといってもいいでしょう。その日も、別に普段と変わっていたわけではないので、たぶん、自分の感覚では、8時10分から、20分、遅くても、25分までの間だと思うんですが、その時間にそこを通りかかったんですね」
という。
梶原探偵は、今のところ、興味深いところもなく、ただ聞き流しているだけであった。川口は続ける。
「すっかり暗くなったその道に、車が入ってきたんですよ。どうやらそれが、止めてあった車だったようで、私はその車が、ここ数日ずっとそこに留めてあり、放置していた車だと思ったので、おやっと感じたんですよ。だから、車を動かしたというのを知ると、不思議に感じたんです」
「それが、死体が発見される前日の夜だったということですか?」
という。
「ええ、そうなんです。ただ、私は、その時、まさかこんな大事件になるなんて思ってもみなかったので、車のナンバーまでは確認しませんでした。実際に、あたりも暗かったし、私がジロジロ見ていることで、変な因縁をつけられたりするとたまりませんからね。それを思うと、結局確認はできませんでした」
という。
「その時、相手はあなたの顔を見たんですか?」
「ハッキリは分かりませんが、見られた気がしました。私も相手の顔を見ましたのでね」
「じゃあ、相手は顔を隠そうという意識はなかったということでしょうか?」
「そうですね、私に見られて一瞬びっくりはしていましたが、夜、暗闇の中で、人に出合い頭で会えば、反射的にびっくりするというそんな感じでしょうか?」
「それは大いにあり得ることですね。じゃあ、何も相手はこそこそとしていたわけではないわけですな?」
「ええ、私にはそう見えました」
「なるほど分かりました」
「あなたは、その人に見覚えがありましたか?」
「実は、その人というのが、どうも、それから近くのキャンプ場で殺された人がいましたよね? その人の写真に似ていたように思うんです。確証というところまではありませんが、何といっても、真っ暗な中で、ちらっと見たわけですし、遭ったことがあるわけでもなく、写真で見ただけですからね」
ということであった。
「それの何を怖がっているんです?」
「だって、その人は、その時、車を乗り捨てて、それから、まわりを気にしながら、大通りに出て、そこからタクシーを拾って、そのままどこかに走り去ったんですよ。そんな怪しい態度を取っている人が、その後で、死体で発見されたということになり、それが殺人事件ではないかということになると、これが本当に連続殺人なのか?」
って考えてしまうんですよ。
それを聴いて、
「じゃあ、共犯者がいて、実際に主犯がどちらなのか分からないけど、君が見た男は、結局殺されることにはなるが、犯人側の人間だったということになるわけだね?」
というので、
「そうだと思うんです。だから、自分が見たことは、もうひとりの犯人にとっては、実に都合の悪いことではないかということでね。実は最初、その人は男だとばかり思っていたんですが、途中から、女だということに気づきました。私が気になって注目したのは、そこもあったんですね。もちろん、トランクに死体が入っているなどと思いもしないので、その時は、ちょっと気になるという程度だったんですけどね」
ということをいう。
「じゃあ、あなたは、どうして狙われると思ったんですか? 相手は、何も隠そうというわけではなかったんでしょう?」
「そうですね。もし、隠すつもりであれば、もっと遅い時間から行動するでしょうし、もっとも深夜であれば、車の音で、却って、その車を動かしたということを、実際に知られたくない、この近所の人に分かってしまうという意識があったのかも知れないですが」「
と川口は言ったが、この観点は、
「するどい発想だ」
といってもいいかも知れない。
確かに、この男とすれば、
「一世一代の推理だ」
といってもいいかも知れないが、悲しいかな、
「それを事件の核心だ」
とは思っていないことだった。
まだ、話を聞き始め、つまり、スタートラインにも立っていない状態である梶原探偵の中で、
「どれが核心部分なのか?」
ということが分かるはずがない。
今はまだ、その話というものを、咀嚼している段階だといってもいいからであった。
この事件において、川口によってもたらされたこと、それは、あくまでも、川口の私見でしかなかったが、梶原探偵が聴いているうえで、気になったのは、やはり、
「殺された人間が、別の事件で、まるで共犯者のような行動をしている」
ということであった。
これが間違いないということであれば、これは、
「殺人事件として、それぞれに関連性があるといってもいいだろうが、同一犯による、連続殺人事件というのとは、少し違った様相なのではないか?」
ということである。
実際に、川口が何を恐れているのかということを、ハッキリとは分かっていないということからも、少し興味があった。
「ところで、川口さんは、私にこの事件を解決してほしいと思っていると考えてよろしいのでしょうか?」
「ええ、私の危険がなくなるには、犯人が捕まってもらうしかないという気がするんですよ。そうじゃないと、枕を高くして眠れませんからね」
「分かりました。何といっても、依頼人の利益を守るというのが、私の仕事ですからね。特に、生命というのは、一番の財産であり、利益のようなものだと思っていますので、そこはお引き受けいたしましょう」
ということで、梶原探偵はこの事件を引き受けることにした。
ただ、依頼人の、身辺警護ということが必要となるので、実際に捜査は、助手にお願いすることになる。
その助手というのは、女性で、女性ならではの視点から、今までも、結構探偵を助け、助手としての任務を十分に果たしてきた。
「今回も、よろしく頼む」
ということで、さっそく、いろいろと捜査に望んでくれることになった。
ただ、今のところ、依頼人の命が狙われるという様子はないようだ。
依頼人も、
「探偵が警護してくれている」
ということを分かっているので、安心してか、
「何かに怯えている」
という様子もなかった。
これは、探偵の方から、
「できれば、普段と変わらないようにしていただく方が、もし、犯人が監視しているとすれば、余計な刺激を与えずに済むと思いますので、あなたも、あまりまわりを気になさらないでくださいね。私の方でも、必要以上に、あなたを意識しないようにするようにしますからね」
というのであった。
数日は、何かを疑われることもなく、過ぎていき、助手の捜査も次第に外濠が埋まっていき、少しずつ、核心に近づいているのではないかと思えたのだった。
同性愛者