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高い授業料

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「下手己言い訳をすれば、本当にやったということを自らで告白しているようなものじゃないか」
 ということも分かっているのだが、何もしないわけにはいかないという思いから、どうしても、言い訳がましくなる自分が情けなくもあったのだ。
 まわりは、騒ぎ始める。
 そのうちの一人が、
「ひどいやつだ。俺が警察に連れていってやる」
 といって、次の駅で、有無も言わさず、電車の中から引きずり出された。
 どうやら、この男は、叫んだ女の連れのようだ。
 それを周りの客も分かっているのか、次の駅で引きずり出された自分と一緒に降りるという客はいなかった。
 一緒に降りた駅でも、他の客は何事もなかったかのように、改札に向かっている。
「痴漢は悪いことだ」
 ということは分かっているのだが、誰も、
「朝のこの忙しい時に、そんなやつにかかわってなどいられない」
 ということになるのであろう。
 確かに、
「この人痴漢です」
 と叫ばれた上に、
「ひどいやつだ」
 ということで、罵声を浴びせてきたのが、女の連れだと思うと、従わないわけにはいかないと感じたことと、次の駅で降ろされた時、黙って従ったのは、
「これ以上、電車の大衆の中でさらし者になるのは嫌だ」
 という思いがあったからだろう。
 ただ、正直にいえば、
「この人痴漢です」
 といわれた瞬間に、自分の中で、
「終わったな」
 と思ったのも事実であろう。
 自分が何もしていないと思って、正当性を主張しても、今の時代、
「誰が信じてくれるというのか?」
 ということであった。
 そもそも、今までは、
「女の立場が弱かったので、女が泣き寝入り」
 というのが、かわいそうだというのが、それまでの一般的な考えだった。
 だから、
「声を挙げる女性は、勇気がある」
 ということで、世間からは賛美の声が挙がったことであろう。
 だが、それは、逆にいえば、
「満員電車の中で、見えるわけがない体制で、ハッキリ見てもいないのに、断定するというのは、それこそ、危険なことだ」
 ということに誰も気づかないのだろうか?
 そもそも、痴漢が本当にいたとして、痴漢も、
「本人からは見えない体制」
 ということで、相手を狙うのだから、もし、見えた場合は、
「ただ、手が触れただけ」
 という、
「本人には、一切のやましい気持ちなどなかった」
 ということで、
「冤罪」
 ということになるのだ。
 それがどういうことになるのかということを、女が分かっているのかどうなのかということであった。
 それを思えば、
「冤罪なんて、簡単に出来上がる」
 といえるのではないだろうか?
 だから、今回は、本当に冤罪だった。
 ただ、それを立証するだけの証拠がない。
 相手も証拠を提示することはできないだろうが、少なくとも、
「女の子が勇気を出して、自分から犯人を捕まえた」
 というシチュエーションは、証拠と言って余りあるものなのかも知れない。
 何といっても、今までは、
「泣き寝入りが当たり前」
 といわれていた痴漢に対して、敢然と立ち向かったということで、
「勇気ある少女」
 ということになるだろう。
 男としても、完全に、
「ナイトとしての役目」
 を果たしているということになる。
 もっといえば、
「女の敵を粉砕する」
 ということで、倫理的にも、圧倒的に相手が有利だ。
 しかも、
「この人痴漢です」
 といって、手を抑えているだけに、その状況証拠という意味では完璧である。
 まわりの人から見れば、
「自分を触っていた手を抑えたんだから、間違いない」
 と思ってしかるべきである。
 ただ、しょせんは皆他人事なのだ。
「手が偶然触れただけ」
 というところまでは頭が回らないのか、それとも、
「最近むしゃくしゃしていて、こういう事件を見ることで気分転換にでもなる」
 ということから、
「自分に都合よく解釈すると、痴漢を女の子が捕まえたというシチュエーションが楽しい」
 ということになるだろう。
 もし、男であれば、
「明日は我が身」
 ということを考えないのであろうか。
 もちろん、それを考える人もいるだろう。
 しかし、この状況証拠からは圧倒的に捕まった男が不利なわけで、その状態で、その男のことを擁護でもすれば、
「あいつも仲間なのでは?」
 と思われたり、
「あいつも普段から痴漢をしているから、痴漢の肩を持つんだ」
 と思われてしまうと、今度は、その火の粉が自分に飛んでくるということになる。
 それは避けなければいけないことであり、それを考えると、
「黙って暴漢するしかない」
 という状況に自分がいることに気づかされる。
 それこそ、「
「満員電車の中で、身動きができない」
 という状況に陥っているのと同じことだといえるだろう。
 柏田は、手を抑えられた瞬間。
「終わった」
 という覚悟があった。
 そして、次に考えることは、
「抗うことは却って不利になる」
 ということから、
「俺はどうすればいいんだ?」
 と考えると、あとは、
「最悪のことが頭をよぎるのを、なるべく他人事のように考えるしかない」
 と思うのだった。
 あくまでも、自分のことだと思うと、最悪のことを考えているのだから、それ以上に、頭が回らない。
 頭を少しでも回すには、
「他人事」
 というくらいに、ほんの少しでも余裕を持たせるしかないのだ。
 それでも、結局は、
「最悪のことしか思い浮かばない」
 というわけで、
「俺は、この先どうなるんだ?」
 とまずは考える。
 彼には、幸い、彼女もいなければ結婚もしていない。それだけが幸運だったかも知れない。
 ただ、家族はいるだけで、知られることはしょうがないだろう。
「そうなると、勘当されるか、家には帰れないよな」
 ということになる。
 そして、次に考えることとして、
「会社にバレたらどうしよう」
 ということであった。
「会社はクビになるだろうし、そうすればいい?」
 と考えるが、こちらに関しては、
「最悪な中でも、それを何とかできるのではないか?」
 ということから、
「今の時代、失業するのは、そんなにリスクではない」
 と、楽観もしていた。
「職安にでもいけば、何かあるだろう」
 というくらいの気楽な考えであった。
 問題は、
「前科でもついてしまったら、どうなるんだろう?」
 ということであったが、さすがに、今の、
「個人情報保護」
 の観点から、警察の情報まで調べるわけにはいかないので。それこそ、
「誰かがチクる」
 ということでもない限りは、普通に転職と同じ感覚でできるという気持ちが、開き直りということになったのだ。
 実際に、頭の中で、結構早く考えが巡っていたようだったが、
「悪い方に考えると、その中でも、最善はどうすればいいか?」
 という考えにも至るというもので、その思いが、
「他人事」
 ということからくる思考なのではないかと思うのだった。
 だが、柏田が思っているような展開にはならなかった。
 駅からおろした二人は、駅から出て、そのまま少し広い公園に連れていったのだ。
 この時間は、通勤通学の人が多いことで、
「他人のことなど構っていられない」
作品名:高い授業料 作家名:森本晃次