高い授業料
「お母さんは、お父さんのことを、僕に知られたくないんだ」
と思っていた。
そのうちに、母親は、再婚することになったのだが、それは、自分が高校生になってからのことだったのだ。
相手は、
「パート先の店長さん」
ということで、誰が考えても、
「ご落胤を生んだ母親」
ということではなかったのだ。
この結婚には実は裏があった。
というのは、
「実は、最近、パート先の店長から結婚を申し込まれているんだけど」
ということで、父親に話をしたらしい。
実は母親は、父親のことを、
「好きだ」
という気持ちは一切なく、父親も、
「女として見ているわけではない」
ということであった。
つまり、二人のつながりは、息子である、柏田を中に介するということでの関係でしかないのだった。
ただ、柏田が気にしているのが、
「どうやら、自分の家の、息子であったり孫たちが、遺産相続のために、いろいろ調べまわっている」
ということが父親の耳に知れたということだ。
だから、
「息子を守るため」
ということで、
「そっか、結婚を迫られていることで、お前が嫌でなければ、結婚すればいい」
といった。
それを聴いた母親は、少し意外な気がしたが、次の父親の言葉で納得した。
「もちろん、息子が反対すれば、俺も反対だ」
というのであった、
母親とすれば、ここで反対されて、もし、
「仕送りがなくなれば」
ということを危惧していたようだ。
お金をもらっていても、
「それでも、お金が足りない」
と母親は思っていた。
だから、
「もらえるものはいくらあっても構わない」
と、完全に自分のプライドを捨てていたのだ。
「自分のプライドなんて、もしあったら、ここまで子供を育ててくることなんかできないわ」
と感じていた。
だから、
「こんな私が、そもそも幸せになれるなんて、思っているわけはない」
と感じていたのだ。
柏田は、母親に、プライドがないということは分かっていたが、それが、まさか、
「自分のためだ」
とは思っていなかっただろう。
だから、母親のプライドのなさに憤りを感じていたし、イライラもしていた。
しかし、それでも、
「二人で頑張っていくしかない」
ということで、自分が育てられている立場だということは、、百も承知というわけであった。
それは、中学時代くらいまでは持っていた。
「この人がお父さんよ」
といきなり言われた時、
「大きな戸惑いと、自分の中にある、母親の血」
というものを同時に感じた。
その瞬間、
「自分にも、母親と同じで、プライドがないのかも知れない」
と思ったのだ。
プライドがあれば、
「この人が父親よ」
などといわれても、
「何をいまさら父親面しやがって」
といって、憎まれ口の一つもいうだろう。
しかし、そんな口がきけなかったばかりか、
「そんな言葉を発する気にもならなかった」
ということで、それを、
「忌々しい」
とも思わなかったのだ。
「お父さん、死んだんじゃなかったんだ」
と思うと、急に力が抜けてきて、それまでの疑問が解消されたことで、
「よかった」
と思うくらいだったのだ。
「もう父親を憎むなんてことない」
と思っていた。
そもそも、
「死んだ」
なんて、完全に自分は騙されていたのだ。
それを、
「なぜいまさら名乗りを挙げてきたんだ?」
と感じたが、
父親は何も言わなかったが、母親からは、
「お父さんは、気疲れが多いので、うちに、癒しを求めてこられているのよ。だから、こびる必要はないけど、お父さんと一緒にいるという気持ちを忘れないでね」
といわれていた。
その感情は、柏田にも分かる気がする。
これまでに、何度、
「父親がいてくれれば」
と感じたことか。
一度はあきらめた父親が、目の前に現れた。
その喜びは、まさしく本当のことだったのだ。
自分たちの中で、整理がついていないのがハッキリしている。
「父親側の、本家」
といってもいい連中と、
「最初から一緒にいないでよかった」
と感じた。
「あんな連中と一緒にいれば、本当に、肩身の狭い思いだけで生きていかなくてはいけない」
ということで、それこそ、
「お金をいくら積まれても、嫌だ」
ということで、柏田は、
「金持ちの家庭に育ったことで、金銭感覚がマヒする」
という状態とは、まったく違った角度から、
「金銭感覚というものが違うんだ」
と思っているのであった。
柏田は、実際に、
「父親の家庭」
を見たことはない。
「どこにあるのか?」
ということだけは聴いていたので、
「見に行こう」
と思えばいくらでも見ることができる。
しかし、
「あいつらは、俺たちと生きる世界が違うんだ」
と思うことで、
「絶対に関わり合いになりたくないな」
と感じるのであった。
ただ、父親の家庭というものは、母親から聞いていた。
実は、一番の長男が自分ということで、本当であれば、
「雄二が嫡男」
といってもいいだろう。
しかし、どうしても、
「妾の産んだ隠し子」
ということになるわけで、今までずっと、隠してきた立場としては、
「いまさら、長男だ」
というわけにもいくまい。
実際に、父親は、顧問弁護士を通じて、
「遺言書」
というものを作成していたのだ。
もっとも、まだ父親も、実際には現役ということで、
「まだ年齢的にも70歳にもなっていない」
ということだ。
ということは、
「柏田というのは、父親が50代の時の子供だ」
といってもいい。
しかも、柏田が長男だというのだ。
元々、父親には、前に奥さんがいたという。
それは、先代が決めた、
「許嫁」
ということであったが、あとから分かったことで、
「その奥さんは、子供が生めない身体だった」
ということであった。
そのことは、奥さんも自覚していなかったようで、
「なかなか子供ができない」
ということで、父親が思い切って、二人で病院で診察してもらうと、
「女性の方に問題がある」
ということだったという。
父親はそのことを言い出しかねていた。
そんな中で、
「男として悶々とした気持ちがある中で、不倫をした」
としても、それは無理のないことだったのかも知れない。
しかし、父親は、受けた英才教育から、
「不貞は許されない」
ということで、自分も自重するようになり、以降、
「不倫は決してしない」
と思っていた。
しかし、皮肉なことに、そこで、子供が生まれたのだ。
そして、その頃母親が先代に、
「子供が生めない」
ということを話し、離婚を申し出たことで、再婚となったわけだが、若い奥さんは、子供を三人授かることに成功したわけだ。
その跡取りが誕生したことを確認し、安心したように、先代は、
「お隠れになった」
ということであったが、父親には、そんな事情があったということであった。
「悪人たち」
に引っかかってしまったおかげで、その日は会社にも行けず、何をどうしていいのか、いら立っていた。
前述のように、