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洗脳による変則事件

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「奥さんに触れてはいけない」
 という、ゆり子に対して、
「謎の結界」
 のようなものを持っているのであった。
 お互いに、
「気を遣っているつもりが、次第に、結界を作っていく」
 のである。
 要するに、
「交わることのない平行線」
 というものを描いていて、その平行線というものが、どのようなものかということを考えると、
「離婚」
 という言葉を匂わせてくることになるのであった。
 そもそも、
「離婚などしたくない」
 という思いから、お互いに気を遣っているつもりなのだ。
 しかも、それが、
「妹の死」
 という、取り返しのつかないことであり、かといって、それが、自分たちの手によって招いたことでもなんでもないのに、
「なぜ、こんな思いをしないといけないのか?」
 という、憤りが、余計に、二人の間の歯車を狂わせていくのだった。
 その思いが次第に、深くなっていき、その感情を、
「どこにぶつければいいのか?」
 と考えると、
「そもそも、何かにぶつけるというものなのか?」
 ということになっていく。
 お互いに、相手の考えていることが分かるわけなのないはずなのに、
「二人の考えていることのルートは同じで、進む方向も同じだ」
 ということであるにも関わらず、
「そのスピードに致命的な差がある」
 ということで、それが、
「男女の差」
 ということでの理解でいいのだろうか。
 そもそも、二人がお互いを分かっていないので、その答えも出るわけはない。そのまま突っ込んでしまうと、それが原因なのか、一つの因果なのか、自分たちでは気づかない、
「アリジゴクのようなもの」
 に、突っ込んでいくことになるのだった。

                 時間の感覚

 琴絵という女は、今までどんな生活をしてきたのかということは、あまり知られていない。ただ、離婚歴があり、結婚している人に対して、
「異常なほどの何か思いがある」
 ということが、彼女のことを、
「他人事」
 のように見ている人には分かるようだった。
 しかし、彼女に対して、少しでも近づいた人は、
「両極端な面を見せる」
 ということになるようだった。
 というのは、
「彼女には、ある程度のカリスマ性がある」
 ということであった。
 そのカリスマ性がどこから来るのか分からなかったが、どうやら、
「育った環境にある」
 ということだけは間違いないようだった。
 ただ、それを、
「生まれ持っている彼女の性格だ」
 と思っている人には、それを、
「彼女のカリスマ性だ」
 と思い込み、彼女に対して、どこか、
「逃げられない」
 というものを感じるようなのだ。
 それが、琴絵に対しての、負い目になるのか、分かっていないのだった。
 琴絵が、この、
「ママ友仲間」
 に入ることになったのは、恵三の口利きがあったからだ。
 その頃には、すでに、妹は他界していて、その原因が何にあるのか分からなかった。
 だからこそ、夫婦の間に、致命的な亀裂が入ることになったのだろう。
 もっとも、妹の自殺の原因が分かったとしても、
「致命的な亀裂が入る」
 ということは、避けられなかったことになるのではないだろうか?
 それを考えると、
「とにかく、何かをしないと、いたたまれなくなり、このままでは、気が狂ってしまう」
 と思ったのは、恵三だった。
 そんな恵三が最初に、琴絵に対して、
「カリスマ性を感じた」
 のであった。
 その時の、ゆり子の方は、琴絵に対して、
「カリスマ性」
 などというものを感じていなかった。
 むしる、琴絵に対しては、
「石ころのような存在」
 ということしか感じていない。
 というのは、
「石ころのように、目の前に見えているのに、意識することが一切ない」
 というもので、これは、その時のゆり子は、琴絵にだけではなく、他の皆にも感じていたことであった。
 実際に、
「石ころのような存在」
 ということで、一番強くその石ころを感じていた相手が、
「旦那の恵三」
 だったのだ。
 これは、
「恵三を石ころとでも思わないと、気を遣っているという気持ちが強い以上、自分たちの夫婦間というものの、信憑性を疑いことになり、考えたくもないことを考えなければいけないことに、さらなる憤りを感じてしまう」
 からだった。
 こんな憤りを感じたくないと、思い始めた頃、目の前に現れたのが、琴絵だったのだ。
 琴絵という女は、正直、
「不細工だ」
 としか思えない。
 男として女を見ると考えれば、
「琴絵という女は、オンナではない」
 と思うのだ。
 年齢も、10歳近く上であるし、恋愛感情などというのは、どう考えてもありえないことであった。
 実際には、まだ30代中盤くらいだというが、見るからに、熟年、いや、そんな生易しいことばではなく、正直、
「中年といってもいい」
 ということであった。
 ゆり子としても、恵三の女性の好みくらいは分かっている。
 そういう意味で、
「あの人が、琴絵さんを好きになることはない」
 と、一度思ってしまえば、それ以降、そのことで気を病むことはなかった。
 もし、恵三に対して、琴絵のことで自分が気を病むなどということになれば、それは、
「まだ、自分の中に、恵三に対しての嫉妬心がある」
 ということで、それは、自分としては許せなかった。
「恵三に対しての、愛情」
 ということではない。
「自分と恵三という男の間での、優劣に関係することだからだ」
 という考えであった。
 お互いに、相手に気を遣いあっているという感覚は、その根底に、
「自分の方が、優位になっている」
 という感情なくしてありえないことだと、ゆり子は感じていたのである。
 そこに、
「嫉妬心」
 などというものがあれば、せっかくの優位性が揺らいでしまうことになる。
 つまり、相手に嫉妬するということは、
「相手よりも、自分が劣っているということを証明するようなものだ」
 と、考えるのであった。
 ゆり子の方は、琴絵とは、同性ということもあり、そもそも、嫉妬心というものはない。
 逆に、
「女としては、絶対に負けていない」
 という思いが強かったのだが、なぜか、
「絶対に勝てない」
 というものを感じていた。
 それを、恵三は、
「彼女のカリスマ性だ」
 ということにすぐに気づいたのであるが、恵三は、そのことをまったく分かっていない。
 それこそが、
「同性であるがゆえんのことなのか?」
 とゆり子は感じていた。
 というのは、ゆり子の中に、
「恵三は、琴絵さんに対して、自分が分からない何かを分かっているようだ」
 ということを感じていて、それは、
「恵三にとって、簡単に分かることだったのだ」
 と感じたのだ。
 その時一緒に感じたのは、
「琴絵という女は、見る人によって、あるいは、見る角度によって、まったく違って見えるのではないだろうか?」
 と感じるようになり、
「相手に錯覚を見せる」
 ということを考えると、
「琴絵がとらえどころのない女」
 という感覚と、
「琴絵を見ていると、一体何が正しいのか?」
 ということが分からなくなるのではないか?
 と感じたのであった。
作品名:洗脳による変則事件 作家名:森本晃次