洗脳による変則事件
「最初に並べた形、あれが、最強の布陣なのさ。つまりは、一手さすごとに隙ができるわけさ、警察の捜査というのも、そんなもので、犯人だって、完全犯罪を組み立てた時には、なるほど完全犯罪なのかも知れないが、実際に行うと、穴だらけということも往々にしてある。それこそ、犯罪は生き物だということになるんじゃないかい?」
というのだった。
それを聴いた清水刑事は、
「まるで、目からうろこが落ちた」
という気持ちになっていた。
「そっか、警察の捜査は、加算法、減算法があるが、最初の基本は、減算法なんだ。それは、犯罪者にとっても同じことなんでしょうね」
と清水刑事が言ったが、それを聴いた桜井警部補は、
「そう、相手が減算法だけでたぶん攻めてくるはず、それを、こっちも減算法だけで受けていると、もし、最初にピタッと合っていればいいのだが、もし、相手の計画したとおりに、こちらも行動してしまうと、結果として、交わることのない平行線となってしまい、そうなると、相手の思うつぼになってしまうわけで、だから、加算法という考え方も同時に持っていないといけないのさ」
という。
「なるほど、自分が犯人だったら、どうする? などという考えも持っていないといけないということになるんですね?」
という清水刑事に対して桜井警部補は、またニンマリとした。
そして、その加算法ということで、桜井警部補が得たものが、今回の目撃者である。
「金賢女という女だった」
ということになるのだろう。
桜井警部補の指示で、清水刑事はさっそく、金賢女という女を調べてみた。
すると、その正体が、
「樫沢琴絵」
という名の、バツイチ独身女性であることが判明。
確かに外人ではあるが、日本国籍を有していて、まわりの人には、
「外人だ」
ということを意識させなかったのだ。
彼女のまわりをいろいろ捜査してみると、
「あの女は、恐ろしい女」
というウワサが、どんどん出てくる。
特に、奥さん連中のウワサというのは凄まじく、
「どこまで本当おことなのか、分かったものではない」
ということであった。
中には、
「あの女、すぐに人を洗脳して、まわりからは、タダの友達と思わせていて、気が付けば、相手の家族を崩壊させたり、ひどい時は、友達と称している奥さんに、幼児虐待をさせていたということもあったそうです。だけど、何しろ、実行犯ではないので、あくまでもウワサというだけで、警察の人も、ひどいと思ってはいたけど、証拠がないので、何もできなかったということでしょうね。それで、自殺を試みた人もいるようで」
ということであった。
そして、その中に、何と里村ゆり子の妹である、さつきがいたのであった。
そのことが、事件をどのような展開を見せたのかというのは、里村ゆり子には、分かっていなかった。
そして、事件をいろいろ探ってみると、そこに出てきた疑惑として、
「例の金賢女という女の言っていた、いわゆる犯人と思しき女性、彼女の近くにいる中に、浮かんできたのは、里村ゆり子という女性ですね」
ということであった。
大団円
この事件はそれからすぐに解決したのであるが、里村ゆり子の妹の、さつきは、確かに第一の被害者である神崎隆三に暴行を受け、それが原因で自殺したということを、警察の捜査で出てきたのだが、その時、同時に、いや、暴行を受けてから自殺するまでの間、金賢女とも接触があったという。
ただの接触ではなく、まわりのウワサとすれば、
「さつきが、金賢女に何か弱みを握られているのではないか?」
ということがウワサされていたのだが、中には、
「いいや、あの金賢女という女には、相手を洗脳するところがあったんだ。実はあの女は日本人としての顔も持っていて、そっちは、まるで、占い師ででもあるかのような、カリスマがあるということで、実際に、そういう組織を作っていたというんですな」
と、清水刑事はいうのだった。
この間の話の、カルト宗教の話で出てきた、
「琴絵という女が、この金賢女だ」
ということを、桜井警部補は見抜いていたのだろうか? 何といっても、この事件というのは、誰かが操っていると考えると、分かってくるところもあったからである。
「第一の犯罪は、それじゃあ、怨恨だと我々に思わせようという考えだったんでしょうかね?」
と清水刑事がいうと、
「その通りだ、そして、実は第一の犯行が、この女の目的ではなかったということさ」
という。
「どういうことですか?」
結果として、被害者が死ぬことで、遺産を手に入れられるかも知れないが、それが最終目的だとすれば、計画がずさんな気がするんだ。そうなると、第二の犯罪がどういうことだったのかということさ」
という。
実は、第二の被害者は、
「金賢女」
が絡んでいたのだ。
あの時の、琴絵という女が、今思えば、この
「金賢女」
という女ではないか?
彼女は、洗脳する術をカルト宗教などで会得した、それを、第二の被害者の見破られたことで、
「生かしてはおけない」
と考えたのかも知れない。
それを、桜井警部補がいうと、
「でも、実際には、殺人未遂で終わっていますよ」
というので、
「そう、わざと未遂で終わらせたのさ。それは、第一の殺人を、本当の目的と思わせるためさ。実際には、犯人を里村ゆり子だということを、思わせて、そこで、里村ゆり子に疑いを持たせた。しかし、それに失敗しても、遺産目当てという目的で自分が、中途半端な状況にいれば、まさか第二の事件にまで自分がかかわっていると思われることはないからな」
という。
「じゃあ、今回の事件で、里村ゆり子は、どういう役割を持っているんですか?」
と聞かれて、
「それは、重大なことさ。第二の犯行の実行犯は、里村ゆり子だからね」
という。
桜井警部補は続ける。
「里村ゆり子には、第二の被害者を殺す動機はどこにもない。しかも、その間に、金賢女には、完璧なアリバイを作っておくということさ。それこそ完全犯罪だろう? それを聴いて君は何かを感じないかい?」
という桜井警部補の話を聴いて、清水刑事は考え込んだ。
その様子は、必要以上に深く考えているようで、それを見て桜井警部補も、ニンマリとしていたのだ。
そして、少し顔色が変わった時、
「自分に何か思い当たるところがあるが、それが、自分で信じられない時というのは、ある程度まで分かっているけど、最終的には見つからないということで、苛立ちが自分の中にあるものさ。だから、清水君は、必死に考えたのであって。今顔色が変わったことで、何かを思い立ったということになるのだろう?」
というと、清水刑事は、それこそ、
「目からうろこ」
であった。
「まさにその通りですね、さすが、桜井警部補です」
と、額に汗を掻いて、かなり絞り出す感覚だった清水刑事だったが、顔はすっきりとしていたのだ。
「それで、何を思いついたのかな?」
と言われ、
「交換殺人ですか?」
というと、
「ご明察」
と、桜井警部補が言った。
そこで、本部長の門倉警部が、
「交換殺人? 何が交換なんだ?」
ということを聴くので、