洗脳による変則事件
「いえ、これは、変則な交換殺人といってもいいと思います。実際には交換殺人ではないのですが、その目的として、実行犯には、動機がまったくなく、主犯には、完璧なアリバイというのが、完全犯罪につながるから、その方法として考えられたのが、交換殺人というものですよね? だけど、交換殺人は、致命的な問題がある。最初に実行犯になると、不利だということですよね。最初に主犯は、自分が死んでほしい相手に死んでもらったのだから、自分は、次に危険を犯してまで、自分に恨みも何もない人を殺さなければいけないのかということです。しかも、交換殺人は、同時に行うことはできない。なぜなら、第一の殺人の主犯には、完璧なアリバイがないとできないからですね。そうなると、第二の犯罪は、行われない可能性が大きいということで、小説やドラマではあるかも知れないが、実際の犯罪としては、不可能と言われたのが、この交換殺人というものになるんですよね」
と桜井警部補は言った。
「だったら、今回の事件もそうじゃないのかい?」
と門倉警部がいうと、
「いいえ、交換殺人の場合は、あくまでも、二人が同じ立場にいて、目的が一致している場合に協力することで犯罪を行うというものですが、最初から立場に優劣がハッキリしていれば、肩や、主人で肩や奴隷というものであれば、いいなりにさせることで、経過Kジュさえきちんとしていれば、交換殺人よりも、かなり信憑性のあるものになるということなんでしょうね」
と桜井警部補は言った。
「じゃあ、この事件は、その主従関係が、その根底にあるということかな?」
「そうですね、そもそも、犯人の本当の動機は、その宗教団体で、洗脳のようなものが行われていて、金賢女はそれによって、たくさんの奴隷を自分のまわりに侍らせて、一種の帝国のようなものを作ろうとしたんでしょうね。でも、それは、本来であれば、秘密裡にしないといけない。もし分かったとしても、すでに誰も手を出せないような状態にしないといけないということで、その手本をカルト宗教に求めたんでしょうね」
「なるほど、金賢女一人で、宗教団体のようなものを作って、カリスマ性を武器に、独裁者のようになろうとしたわけですね」
と清水刑事がいうので、
「ええ、そうです。だから、彼女は、本当に悪魔なのかも知れない。だから、それなりに頭もよく、その頭の良さは天性のものなんでしょうね。そこから、次第に野望が膨らんできた。今回の犯罪もそうなっていますからね」
「じゃあ、どうして、第二の犯罪が殺人ではないんですか?」
と清水刑事が聞くと、
「最初からいうように、第一の殺人は、そのデモンストレーションだったわけですよ。あくまでも、犯人を洗脳した相手である、里村ゆり子による復讐だと警察に思わせておいて、実際には、宗教団体を抜けようとしている男の殺害が最終目的。その際に、実行犯をゆり子にして、自分は、それを操っている。それで、結局は、二人は完全犯罪を成し遂げるわけだが、そうなれば、もし、それからしばらくして、つまり、ほとぼりが冷めてから、その男が死んでも、今回の事件は見直されるがそもそも、完璧なアリバイがあることから、捜査の目は逃れることができると考えたのかも知れない。何かの証拠を隠す時も、一度警察が調べた場所であれば、その場所が一番安全な隠し場所だとは思わないかい?」 」
と桜井警部補は言った。
「ああ、そういうことか。だとすれば、何も交換殺人である必要はないし、その次の犯行をカモフラージュするためのものということも考えられるわけですね」
「そういうことさ」
「でも、次はどういう犯行に出るんでしょうね?」
と言われた桜井警部補は、
「さあ、分からないな。しかし、相手は、あくまでも、減算法のようなやり方でくるだろうな。それだけ自信を持っているわけだし、もっとも、その自信がないとカリスマ性など出てくるわけもない。それを考えると、こちらにもやりようがあるということになるんじゃないかな?」
と桜井警部補がいうと、
「そうですね、先ほどの桜井警部補のたとえにあった、交わることのない平行線の間に、数学的に補助線を引けば、おのずと答えが出るような気がするんですよね」
と清水刑事は言った。
ちなみに、清水刑事は、高校時代まで好きだった教科は、
「数学。小学生の頃は算数でしたね」
と自信を持って言えることから、頭の中は、数学的な理論的に、柔らかい発想を持っているのであった。
それが、時々、論理的な事件に対して、その解決に導くことができるという頭を持っているのであった。
だから、桜井警部補は、
「清水刑事をいつも、パートナーにしている」
ということだったのだ。
「金賢女という女は自信過剰であることから、きっと今が一番警察を甘く見ているだろうな。その隙にこっちは、いろいろ証拠を集めればいい。だから、行動するなら今なんだ」
「じゃあ、桜井警部補は、実際にある程度分かっていて、時期を待っていたということですか?」
「ああ、そうだよ。相手も時期とタイミングを重要視しているはずなので、その時期とタイミングさえ分かれば、その間隙を縫うことで、相手を完全に丸裸にできるということさ。つまりこの事件では、例の世界的なパンデミックの時にあったような、悪しき例ではあるが、テンバイヤーのような研ぎ澄まされた能力を、正義の力として使うことが大切だということさ」
という。
この事件で、
「第三の犯罪」
というものが未遂に終わり、
「金賢女」
という女の計画が、水泡に帰したというのは、言うまでもないことであった。
そして、そこに、金賢女に負けないだけの天才的な正義の使者として、桜井警部補が君臨していたことを知っている人は、捜査本部にいた一部の人間だけだったということであったのだ。
( 完 )
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