洗脳による変則事件
すでに、有力な人間を抱き込んでいて、水面下で、しっかり派閥を形成していて、油断のないように、すでに、まわりを固めているというところであった。
実際には、奥さんと結婚してから5年ということだが、その奥さんは、まだ25歳ということで、それなりに年は離れている。
「こんな企業における、、政略結婚ということになれば、年の差が、親子くらいあっても、不思議はない」
と言われているので、神崎も、そこには何ら違和感はなかったという。
容姿も、そこまでひどいわけではなく、むしろ、健気そうに見える雰囲気は、
「あいつは、ポストだけではなく、良妻にまで恵まれて、こんなに羨ましいことはない」
とまわりから言われていた。
やはり、まわりから嫉妬されることは多かっただろう。
しかし、だからと言って、
「神崎専務を殺したいほど憎んでいるという人はいないと思いますよ」
ということであった。
なるほど、確かに、
「それは言えている」
ということで、会社内部であったり、友人関係、さらには、営業や、接待のために使う店の従業員であったり、女の子などの話を聴くと、
「あの人を恨んでいる人間? 思い浮かびませんね」
あるいは、
「恨んでいる人なんかいるんだろうか?」
という返事しか返ってこないのだった。
そういう意味で、捜査の初期段階とすれば、有力な情報が得られることもなかった。
不思議なこともないわけではなかったが、清水刑事は、
「そんなに難しい事件ではない」
と思っていた。
「被害者が、会社の専務で、いずれは、社長の座が約束されている」
というような人物だということから、
「恨みを持っている人は、逆恨みを含めると、相当いるだろう」
ということから、
「その中から、犯人を絞るところが難しいのではないか?」
と考えていたが、逆に、
「このままであれば、容疑者すら浮かんでこない」
ということになりそうなので、焦りを覚えていたのだ。
清水刑事のまだそんなにはない刑事経験からいけば、
「こういう場合は、なかなか捜査が進展しない」
ということで、今までには、
「お宮入りになった」
という事件もないわけではなかった・
それを思えば、
「時間を下手にかけすぎると、本当に迷宮入りになってしまう」
という思いからの焦りだったのだ。
そもそも、殺害の証人などが出てくるはずもない。
あんな山の中で誰が見たというのか。それを考えると、
「本当に殺害現場はあそこだったんだろうか?」
と思えたのだ。
そういう意味でも、鑑識による解剖結果が待たれるところだということであった。
「解剖結果は、4日後くらいになる」
ということであった。
何しろ、死後、数日が経っているということで、
「ある程度の死亡推定時刻を探る」
ということ、そして、
「何かの証拠を見逃さない」
ということからも、どうしても、死亡した時から時間が掛かっていればいるほど、厄介なことになりかねないということは、刑事であれば分かることであった。
そういう意味で、聞き込みといっても、何をどう捜査すればいいのか?
ということで、考えられることとしては、
「交友関係」
そして、本人が誰かに恨まれるとすれば、その動機。
さらに、動機という意味で、怨恨以外に何があるのか?
ということでの、金銭トラブルということからも、
「交友関係」
であったり、
「借金関係として、金融機関であったり、サラリーマン金融などに借金がなかったか?」
ということも調べてみる必要があったのだ。
やはり調べてみると、この専務は、あるサラリーマン金融から、借金があったようだ。
それは、
「会社の金を思わず使いこんでしまった」
ということであるが、普段であれば、専務という立場から、いくらでも何とかなってきたのだが、その時は運悪く、
「監査が入る」
ということで、闇から教えられ、
「これはヤバい」
ということで、とりあえずの当座を切り抜けるということで、仕方なく、
「サラ金から借りる」
ということであった。
しかし、監査さえ済んでしまえば、それもすぐに解消できるということであった。
桜井警部補は、それを調べてきた清水刑事に、
「その監査というのは、いつだったんだい?」
ということであったが、
「それは、実は昨日だったんですよ」
というのだった。
「昨日? じゃあうまく切り抜けたのかな?」
と言われた清水刑事は、
「ええ、監査の人は、知らぬ存ぜぬということでしたけど、会社の経理の人間や、他の重役連中は、うまくやりやがって」
ということで気にもしていなかったようだった。
「ところで、捜索願の方は?」
と聞かれて、
「それが、提出されていませんでした」
というので、桜井警部補はニヤッと笑って。
「そうか」
と答えた。
「どうしてわかるんですか?」
「だって、昨日がその監査だったわけだろう? つまりは、今彼がいないということは、ごまかそうとしているのだから、何とか会社にはいたくないだろう。どこかに出張ということにでもして、数日姿をくらましているということであれば、誰も捜索願なんか出さないよな。ということは、この男は、それだけいつも、監査になると、会社を不在にするということの常習犯のような人だということになるんだろうな」
と、桜井警部補はいうのだった。
それを聴いた清水刑事は、
「さすがです」
と言いかかった言葉をグッと飲み込み、その代わり、桜井警部補に対して、尊敬のまなざしを浴びせるのであった。
「やはり、神崎商事というのは、それなりの規模の会社なのだろう」
ということであった。
そんな大きな会社で、40代で専務をしているということは、
「親が社長で、代々、世襲をしているから、次代は自分ということになるのだろう」
ということで、
「さぞや、英才教育を受けてきたのだろう」
と思っていたが、実際には、そういうことではなく、
「彼は、逆に、婿養子なんですよ」
ということであった。
もちろん、それは最初から聴いていたことだったので、ビックリはしなかったが、気になるのは、
「この殺人が、怨恨だったとすれば、その対象は、彼が婿養子に入る前なのか、入ってからなのか? のどちらになるかではないかと思ったからなんですよ」
と捜査本部で、桜井警部補は、言っていた。
そんな桜井警部補が、いつも、
「自分の言いたいことを、どこかぼかすところがある」
というのを一番よく分かっているのが、
「現場刑事として、桜井の上司であり、コンビである今の本部長の、門倉警部には、分かっていることであった」
「また、桜井君の悪い癖が始まった」
ということで、苦笑いをするが、それを決して、
「招かざるもの」
という形ではなく、逆に、
「なんでも受け止める」
と思っていることで、それが事件解決への糸口になるのだったら。いくらでも、相手をするというのが、門倉警部のやり方だった。
だから、他の人が遠慮して聞けないことでも、
「どういうことかね?」
と、まわりが誰も何も言わないことを理解したうえで、聴いたのだった。