異常性癖の「噛み合わない事件」
そんなことを考えながら、島崎みゆきは、閑静な住宅街を自宅に向かっての、帰宅途中だった。
彼女は、今年25歳になる。短大を卒業して、OLとなってから五年目という、女性事務員の中では、
「中心的存在」
といってもいいが、まだまだベテランというところまではなかった。
特に今の時代、
「寿退社」
などというのが珍しくなり、
「結婚して退職する」
という人はほとんどおらず、子供ができた時、
「出産と育児に休暇をもらう」
というのが、一般的になってきた。
しかも、最近では、
「旦那の方にも、育児休暇を認めないといけない」
などという法律もできる時代になってきたのだ。
確かに、今までのように、
「育児や家事は女がするというのは昔の悪しき伝統」
ということが言われるようになってきたが、果たしてそうなのだろうか?
昭和の頃のような、
「バブルが崩壊する前」
というと、
「旦那が表で働いてきて、奥さんが専業主婦」
というのが当たり前だった。
だから、女性は結婚適齢期に結婚して、しかるべき年齢で子供を産むのが当たり前で、生むのが遅れると、高齢出産ということになり大変だと言われていた。
だから、男性も女性も、結婚適齢期には、
「結婚しないといけない」
という気持ちが大きいからなのか、結婚を焦る人が多かった。
ただ、実際には、本人たちよりも、親の方がその気持ちが強かったかも知れない。
「子供には、ちゃんと結婚して、普通に人並みの結婚生活を送って幸せになってほしい」
と考えていたのだろう。
要するに、
「普通に人並みであれば、それが幸せなのだ」
という、今からでは考えられないような、凝り固まった考えだったといってもいいだろう。
そういう意味で、親は子供に自分の考えを押し付ける。
そうなると、
「まったく正反対」
というものを考えている親がいる家庭も中にはある。
子供が、会社に入社してから、一年目か二年目くらいで、
「結婚したい人がいるから、今度連れていく」
と言った。
その子供は男の子で、大学を卒業してからの、まだ新入社員といってもいい年であったが、年齢としては、25歳であり、
「結婚適齢期と言えば結婚適齢期だ」
といってもいいだろう。
しかも、父親からは、
「結婚したいと思う人がいれば、連れてきなさい」
と前から言われていたので、自分が結婚したいと思った相手を連れていけば、
「おお、この娘が」
といって、喜んでくれると、勝手に思い込んでいたのである。
彼は、入った会社で赴任先が、家から通えるところではなかったので、会社が、
「借り上げ社宅」
のような形をとってもらって、そのアパートに住んでいた。
だから、
「親に彼女を遭わせる」
ということになると、
「簡単にちょっと行ってくる」
というわけにもいかず、会社の休みを利用して、お互いにコンタクトを取ってということになるだろう。
息子として、自分が中心になって、段取りを組み立てていたつもりだったが、親が、なかなか折り合いをつけずに、なかなか会おうとしない。
自分に、
「気に入った子がいれば、連れてこい」
といっていたのだから、まさか、曖昧にごまかそうとしているなどとは思いもしないので、ビックリしていたのだ。
だが、父親は、あくまでも、
「会うことを拒否している」
と感じるようになると、息子は自分の今の立場に焦ってくるのであった。
彼女に対しては、
「うちの父親は、頭が柔らかいので、分かってくれる」
といっていただけに、この仕打ちは、息子にも分からない。
「一体、どういうことなんだ。遭ってくれる気があるんじゃないのか?」
と、文句をいうと、
「お前はまだ入社してすぐに新入社員じゃないか。そんなお前が今は仕事のことだけを考えないといけないんじゃないか?」
と言い出すではないか。
「それとこれとは別だ」
と当然のごとくいうと、
「だから、わしは、彼女に会うわけにはいかない。本来なら、会社で仕事に集中しないといけないお前は自分の立場を分かっていない」
と頭ごなしだった。
「いやいや、仕事は一生懸命にやっているじゃないか。それこそ、お門違いというものだ」
といって、喧嘩になってしまった。
息子としては、それでも、
「彼女に、すぐに理解してくれる父親」
ということで話をしている手前、
「ここで喧嘩をしてしまうと、元も子もない」
と考え、
「今度は彼女を孤立させてしまう」
ということになり、それだけは避けなければいけなかった。
結局、交渉決裂状態となり、彼自身が、孤立してしまい、ジレンマに陥ってしまうということになった。
二人の交際は、会社の上司の公認ということであったが、それは、会社が、
「彼女の幸せ」
ということを考えてのことだったのだろうが、やはり、それは後から考えれば、
「深いりすぎだった」
ということかも知れない。
その男性社員に対しては、
「父親一人説得できない」
ということで、あまりいいイメージを持たず、しかも、彼がそのことで悩んでしまうと、仕事が明らかに手につかない状態になると、
「いくら新入社員といっても、情けない」
というレッテルを貼られてしまったのだ。
父親とすれば、
「今は結婚など考えずに、仕事に集中しないといけない」
という目論見は、まったく崩壊したのである。
そもそも、そんな昔の考えを引きずっているのだから、うまくいくはずもない。
「父子の確執は決定的なものになった」
といってもいいだろう。
結局、会社の中で、まわりを巻き込む形で、引っ掻き回すことになってしまったことで、その男の人は、支店内では完全に浮いてしまって、転勤させられることになった。
完全に支店長が手をまわしたということであろう。
何といっても、父親とすれば、
「このようになってはいけない」
ということで、
「結婚なんて考えずに、仕事に集中しろ」
と言ったのだろうが、結果としては、正反対の、
「最悪の結果」
となったわけである。
それで、
「ああ、俺が甘かったんだ」
といって、反省すればまだしも、まったく反省するふしはなかった。
その頃の時代というと、世の中もいろいろ変わっていて、
「離婚なんて当たり前」
という時代になってきた。
結局、若い二人は、遠距離恋愛をするようになったのだが、急に、女の方から、
「もうあなたとは付き合えない」
という最後通牒を受けて、別れることになった。
しかし、男もここまで頑張ってきて、
「別れたい」
と言われ、
「はい、そうですね」
と言わるわけもない。
そもそも、女の方からも、
「しっかりしてよ」
と、尻を叩かれていた状態なのに、なんで男ばかりがこんな目に合わないといけないのかということでもあったのだ。
完全に、
「掛けられた梯子に昇ったはいいが、その梯子を外された気分だった」
ということである。
結局別れることになったのだが、何と、風のうわさに、その彼女が、男と別れてから、半年もしないうちに、婚約をしたという話が漏れ聞こえてきたのだ。
男とすれば、
「裏切られた」
と思ったことだろう。
作品名:異常性癖の「噛み合わない事件」 作家名:森本晃次