異常性癖の「噛み合わない事件」
という桜井警部補の言葉に、何のためらいもなく、
「はい」
と、恵子は答えたのだ。
「うーん」
と、桜井警部補は、相手に分からないように、心の中でため息をついた。
というのも、死体が発見された状況は、あくまでも、
「坂を下っているところを、前から刺された」
というのが、その時の状況だったではないか?
今のけいこの証言でいけば、状況が今までの捜査から、まったく違っているということになる、
ということであれば、
「被害者は、坂を下りて、住宅街からどこかに出かけようとしていたということで、家に帰ろうとしていたように見えていたが、逆に、どこかから、実家に向かっていたということになる。だとすれば、家族がウソを言っているということになるのだろうか?」
とも考えたが、それも違うような気がすると桜井警部補は感じたので、そのあたりから、この目撃証言の信ぴょう性というものを考えると、
「厄介なあ情報だな」
と思わないでもいられなかった。
しかも、時間的に8時頃というと、死亡推定時刻のさらに前ということであり、幅が広がってくるということになる。
ただ、これが、被害者が一度家に帰ってから、もう一度外出しようとしていたということであれば、辻褄は合うのだ。
「その間、一時間」
そこに何かがあったということであろうか?
もし、皆の証言が正しいとすれば、
「彼女は、一度実家に帰ってから、一時間ほどいてから、出かけた」
あるいは、
「一人暮らしの部屋に帰ろうとした」
ということになるのであろう。
これが、もし、犯人の意図していることだとすれば、
「犯人に呼び出され、そこで殺されることになった」
という考え方もできなくない。
そういう意味で、彼女のケイタイ電話の通話履歴であったり、メールやLINEなどのアプリによる連絡ということも気にする必要があるということだ。
しかし、頭のいい犯人であれば、それくらいのことは分かるだろうから、連絡を取るとすれば、もっと他にありそうな気もしたのだ。
ただ、そこでの目撃が、被害者にとって、あるいは、犯人にとってどういうことになるのかまではよく分からなかった。
被害者のその行動の不可解さというものを、今回の目撃者である恵子によってもたらされることになったが、その恵子としては、どういうつもりでいまさら言ってきたのだろう?
普通であれば、このまま何も言わないということもできたはずだ。
「自分が犯人と、あるいは、被害者と何かの関係がある」
ということであれば、いずれは警察が自分のところに来るということで、待っていればいいものを、今になっていってくるというのも、おかしな気がする。
それに、事件が発生して一週間という時が経っている。
もし、今回の事件に関係があるほど、仲が良かったり、逆に、敵対しているのであれば、捜査員がとっくに、彼女の存在を見つけていてもよさそうだ。
特に、事件にかかわりのあることであるなら、なおさらだ。
と考えた時、
「ここで自らが証言する方がいい」
とするならば、
「証言の中に、ウソと本当のことが隠されているのでは?」
と桜井警部補は思った。
少し突飛な考えであるが、それだけ、二人が突飛だったことから、発想が奇抜になるのも分かるというものだ。
「木を隠すなら森の中」
という言葉があるがまさにそうであり、
「都合の悪いことは、都合のいい中に隠してしまえば、安心だ」
という話もよくあることだ。
今までの警察官っ人生の中で、
「ウソから出た誠」
であったり、
「本当のことをウソに隠してしまう」
という人も結構いたということを考えると、どうしても、今までの経験が生きてくると考えるのも、無理のないことだと感じたのであった。
この中で、今のところ感じたのは、
「何もしゃべらない、霧島という男だった」
何か曰くがありそうなんだが、だとすれば、どうしてこの男を連れてきたというのか?
そもそも、証言をするのが、恵子だけであれば、霧島が寄り添ってくることはないだろう。
そこで、桜井警部補は敢えて、聴いてみた。
「霧島君は、何もしゃべらないけど、君は彼女が目撃したことに対して、何も関係ないとすれば、君は、ただ、彼女が心配だから付き添っていたということになるのか?」
というので、一瞬ドキッとした霧島は、またも、肩をすくめて、じっと恵子の方を見た。
二人は見つめ合う様子であったが、そこに、お互いに、
「助けを求めあっている」
ということではないようだ。
どちらかというと、
「タイミングを見計らっている?」
と考えると、二人の間に、
「どこか違う雰囲気があるような気がしてならない」
と感じた。
それは、男に対しての違和感で、もうここまでくると、自分の疑念が、ほぼ間違いないことだろうと、桜井警部補は感じるのだった。
というのは、
「この霧島永吉という男、本当は女ではないか?」
ということであった。
「霧島君。君はひょっとして女なんじゃないかね?」
と聞いた。
実際には、このようなセンシティブで難しい問題。
特に、
「LGBT問題」
ということで、男女の性に関しての話は、デリケートな問題をはらんでいるので、できるなら触れる問題ではなかyた。
しかし、状況としては、
「殺人事件の目撃者」
ということで来ていることを考えると、どうしても、触れないわけにはいかないのであった。
だから、桜井警部補も、そのことに敢えて触れたのだが、それと同時に二人が、怯えているのではなく、その状況というものを、思い図っていることから、
「タイミングを見ている」
と思えば、
「こちらから触れてやる方がいいのではないか?」
と感じたのであった。
二人も、その時に覚悟を決めたかのように見せていたが、どうやら、
「最初からそのつもりだった」
といってもいいように、やはり他愛民具を図っていたのか、
「刑事さん、おっしゃる通りです」
と、初めて男が喋った。
その時、
「おや?」
と感じたのは桜井警部補であった。
もっと、高い、いかにも女性のような声に聞こえると思ったからだ。
しかし、その声は、明らかに男だった。
いや、
「女が男に声を似せている」
というのではなく、
「男がわざと女のような声にしようとしていても、元々の男の声が戻っている」
ということだったのだ。
「え、分からなくなってきた」
と、桜井警部補がいうと、
「すみません。厄介ですが、本当は自分は男なんです」
というではないか。
「え?」
と、ますます混乱した桜井警部補を見ながら、半分はしてやったりとでも思ったのか、霧島は、やっと、それまでの緊張した雰囲気から解き放たれていたようだ。
それが今度は、桜井警部補に何かしらの安心感を与えているようで、おかしな感覚ではなかったのだ。
「じゃあ、あなたは、男性で、本当に永吉という名前だということですか?」
と聞くと、
作品名:異常性癖の「噛み合わない事件」 作家名:森本晃次