異常性癖の「噛み合わない事件」
と考えれば、娘のために、何をすればいいのか分からない。
と思った。
その時であった、
川崎さんのお父さんも、似たようなところがあったのかも知れない」
と感じた。
父親も、息子も、
「お互いに分かり合っていると思っていたのは、しょせんは、形の上だけのことであり、それこそ、体裁を繕うということを考えたことが、お互いに同じことを考えたことで、しかもそれが、自分がされて一番嫌だと感じたことであれば、お互いに歩みよるなんてことができるはずもない」
と考えた。
だから、
「今の私と娘のみゆきの関係は、あの時の川崎さん親子と同じだったのかも知れないわ」
と思えば、川崎に対して、ずっと持っていた、
「頼りないだけの男」
という印象が、少し変わってきた。
父親がどういう人なのか、少ししか会っていないが、その時は、
「川崎さんが最初に言っていたお父さんだわ」
ということで、
「理解力のある優しい父親」
としか思えない。
だったら、あの川崎を通しての、自分への仕打ちが何だったのかということを、里美は考えさせられるのであった。
事件が発覚してから、数日後だった。二人のカップルが目撃者として現れた。
その二人は警察の聞き込みによって、見たことを話したわけではない、あくまでも、
「警察に出頭してきた」
ということであった。
「どうして、今になって?」
と警察が訊ねると、
「これ以上時間が経てば忘れてしまうから」
というのが理由であった。
その目撃がどういうものなのかというのは別にして、とにかく、時間的にも場所的にも、普通に考えて、
「目撃者が現れるということはないだろう」
と思っていただけに、警察としては、
「ありがたい」
というよりも、いまさら出てきたこの目撃証言を、いかに扱えばいいのかということを考えてしまyのであった。
カミングアウト
目撃者の二人というのは、カップルだった。男の方は、霧島永吉といい、年齢は30歳だという。体つきは見るからに華奢で、ボーイッシュにはしているが、まるで、白ヘビを思わせるその肌の白さは、見ているだけで、何か吸い込まれそうな、あやかしの術にでもかかってしまいそうな錯覚に陥るのだった。年齢は30歳だというが、
「もっと若いのではないか?」
とさえ思えるほどだった。
女の方は、三浦恵子といい、彼女はどちらかというと、女性としては、がっちりしているかのように感じる。
しかし、それは、隣の女のような男性を見ているからで、頼もしさを感じさせるのだった。だからと言って。霧島が、
「「女の腐ったような」
という感じではなく、どちらかというと、歌舞伎役者の女形が、普段の男にでもなっているかのような雰囲気で、
「これなら、女が惚れるのも無理もない」
と感じさせるほどだった。
女の名前は、三浦恵子といい、年齢は25歳。奇しくも、殺害された島崎みゆきと同じ年齢で、
「これを偶然と言わずして何というか?」
というところであった。
二人が警察に出頭してきたのは、ちょうど、みゆきが殺されて、一週間が経った時だったのだ。
応対したのは、桜井警部補だった。ちょうど、署に目撃情報をもってきた時、桜井警部補が署にいたことで、
「直々の対応」
ということになったのだ。
「目撃情報を寄せていただいて、ありがとうございます」
と、桜井警部補は丁重に挨拶し、それだけ、なかなか目撃情報がなかったことを憂いていた証拠でもあった。
だが、前述のように、
「目撃情報はあきらめるか」
と思っていた時だっただけに、心境は複雑で、微妙な気がしていたのであった。
桜井警部補は、二人を前にして、どうしても、自分の視線が、霧島に移ってしまうことを気にしていたが、それは、霧島も、恵子も同じことで、
「慣れている」
と言わんばかりに、最初こそは、嫌悪感があったが、次第に、諦めの心境といった風に感じていた。
「何を見られたんですか?」
と桜井警部補がいうと、
「ええ、ちょうど私はその時、被害者の方の後ろを歩いていたんですが、歩いている距離はそんなに離れていませんでした。私は、少しずつ彼女に近づいているのが分かりましたので。すぐに追い越せると思ったんですね」
というと、桜井警部補が割って入り、
「その時、相手はあなたに気づいた様子だったですか?」
と聞いたので、
「ええ、気づいたと思います。彼女は意識してスピードを緩め、私は、最初に思っていたよりも早く彼女を追い越したんですね。その時後ろを振り返ったんですが、その時顔も確認しました。相手は私の方を一瞬だけ見ましたが、すぐに顔を向けたんですよ。まるで、自分の顔を確認されたくないかのようにですね」
と言って、言葉を切った。
「じゃあ、相手は、わざとスピードを緩めて、あなたをやり過ごしたということですか?」
というと、
「ええ、そういうことになりますね」
と言われた桜井警部補は、まるで、ロダンの考える人の彫刻のように、右手のこぶしを顎に当てて、腰を曲げているかのように見えたのだった。
「何か意味でもあったのかな? ところであなたは、その時、どこに行くつもりだったんですか?」
と聞かれ、
「ああ、私は、あの住宅街に住んでいるんですが、駐車場まで少しあるので、そっちに車を取りに行こうとしたんです。それであの道を昇っていったんですけどね」
というと、桜井警部補はピクッと一瞬動いたが、敢えて、質問を後回しにして、別の質問をした。
「あなたは、車に乗って、どこかに行こうとした?」
「ええ、そうなんです。ここにおります霧島さんをお迎えに行こうと、車の方に向かっていたんです」
という。
「失礼ですが、そんな時間にですか?」
「ええ、霧島は飲み屋で仕事をしておりましたので。9時前の勤務だったんです。私はいつも8時頃に家を出るようにしていました」
という。
「飲み屋で9時までというと中途半端ですね?」
と桜井警部補がいうので、
「ええ、時間的には確かに中途半端ですが、彼は仕込みの時間からの勤務なので、昼魔から仕事なんですよ、その飲み屋というのは、昼はサラリーマン相手に、ランチタイムを行っているので、その時間の調理と、夜の部の仕込みなどもやっているんですね。だから、ちょうど9時に上がるようになるんですよ」
と、恵子が言った。
「じゃあ、実際にはお店は何時までなんですか?」
と警部補が聴くと、
「12時までですね」
と、またしても、恵子が答えた。
さすがに、ここまでくれば、桜井警部補も、この二人の異様な関係に気づかないわけはなかった。
というのは、
「この霧島という男、一言も喋らないじゃないか?」
ということであった。
ただ、ずっと下を向いて、自分の話になると、恵子が自分の話をしているのを聴きながら、まるで下から上目遣いに、桜井警部補を見ているのだった。
それこそ、
「白ヘビ」
という言葉がぴったりといえるような雰囲気だった。
「なるほど、そこまでは分かりました。じゃあ、8時頃に、あなたは、被害者である島崎みゆきさんを追い越すように、坂を上っていったというわけですね?」
作品名:異常性癖の「噛み合わない事件」 作家名:森本晃次