異常性癖の「噛み合わない事件」
そこには、街灯があるにはあるのだが、その明かりは老朽化からか、すでに明るさは失せていて、一定の距離で立てられてはいるが、そのうちのいくつかは、すでに電球も切れている。
この辺りを管轄する行政の怠慢というべきであるが、この住民も、ほとんど気にすることもない。
「別に電灯が切れているくらい、気にしなければいい」
と感じて程度だった。
実際に事件とは縁のない場所だということをいわれ続けてきたところでもあるし、それだけに、住民の意識もほとんどなかった。
子供や婦女子が、夜中歩くこともあまりない。
というのは、遅くなる場合などは、家族に連絡し、
「最終的には、家族が自家用車で迎えにいく」
ということだったからだ。
それを刑事は、野次馬の中で聞きこんでいた。
「じゃあ、この辺りでは、他の街にあるような、彼氏の家に遅くまでいたり、あるいは、夜遅くまで遊んだり、飲んだりして帰ってくるような子はいないということでしょうかね?」
と、清水刑事がいうと、それを聴いた上司の桜井警部補が、
「そうかも知れないな。だけど本当にそうなのかな? 何といっても、ここでは、事件が起こらないという意識が街の人に浸透しているので、安心しきっているだけとも考えられなくもない」
と言った。
清水刑事は、まだ若いので知らないだろうが、桜井警部補くらいになると、この街も昔は、警備隊があったことを知っていた。
何といっても、その当時、桜井警部補は、巡査として交番勤務をしていたからである。
ただ、それでも、あの時は防犯というものに、かなりの意識を持っていた人が、ここまで気にならなくなるというのは、それだけ、本当にここでは何も起こっていないということからであろう。
捜査をしていると、本当に死体発見者が、そこを通りかかるまでは、誰も意識がなかったという。
「物音を聴いた」
という人も、
「犬が異常に叫んだ」
という人もいなかった。
もっとも、そういう人がいたら、さすがに表に出てみようと思うというのであった。
だから、
「死亡推定時刻」
というものは、ハッキリとしないということになる。
死体発見者は、車で通りかかった人で、その人は、この住宅に帰ってきた、街の住人ではなく、
「この街に知り合いがいる」
ということで、ここに夕方遊びに来て、午後10時を過ぎたということで、
「そろそろお暇いたしましょう」
ということで、帰途に就いたところだったという。
だから、最初は、
「10時半まで、この道を通る車が一台もいなかったというわけもないだろうから、少なくとも、9時過ぎが犯行時間だとすると、1時間以上も、ここに死体があることに気づかないというのもおかしいではないか?」
ということで、
「じゃあ、殺害時刻は、10時過ぎくらいと見てもいいだろうか?」
と考えられたが、発見者が、
「街から離れていく方に死体があったことで気づいた」
ということであれば、分からなくもないだろう。
実際に、死体が転がっていたのは、街から離れる方の道から、少し歩道に近い方だった。
しかも、これだけの暗がりで、ヘッドライトを上げて走る人はここではいなかったという。
それを警察が指摘した。
「どうして、ヘッドライトを上げないんですか?」
と聞くと、
「この道は、普通に住宅街に向かう場合で考えると、そこは普通の上り坂に見えるんですが、実際には、波を描いたような少し凸凹した道になっているんです、だから、対向車が来た時、ヘッドライトを上げていると、お互いに迷惑だということで、ここではヘッドライトを上げないというのが、暗黙の了解のようになっているんですよ」
というのだった。
それを聴いた桜井警部補は、
「それは、今に始まったことなんですか?」
と聞いた。
彼は、昔の、街ができてしばらくした時、街の人が治安を守るために立ち上がったということを覚えていたので、もし、そういう暗黙の了解があるとすれば、その意識があったとすれば、治安を意識していた時期ではないかと思うのだった。
「ええ、そうですね、私たちの世代がここに住み始めた頃には、暗黙の了解となってました。でも、実際には、眩しいことは分かっていたし、それに、今では、ほとんど対向車とすれ違うこともないので、ライトをわざわざ上げる必要もないというのが、本音といってもいいかも知れないですね」
というのが、住民の言い分であった。
「なるほど、分かりました。じゃあ、この街に帰ってくる人が車を走らせていたら、死体発見現場に死体があったとしても、気づかないだろうということですね?」
と桜井がいうと、
「ええ、そういうことになるでしょうね」
と聞き込んだ男がいうのだった。
「しかし、本来なら、もう少しぼかすものではないか?」
と桜井は感じた。
何もそこまで確定的な言い方をする必要もないと思うのに、言い切るということはそれだけ、
「警察の聞き込みを胡散臭いと思っている」
ということになるのか、
「野次馬として出てきただけなのに、捕まってしまった」
ということで、出てきた自分に憤りを感じているということなのか、どちらにしても。
「この街の人は警察は嫌いなんだな」
ということを感じたのだ。
そもそも、どの街にいっても、警察というのは嫌われるもので、特に、何かの事件が起こると、独特の緊張感であったり、あたりの喧騒とした雰囲気が、あたりを嫌な臭いで包む。しかも、殺人事件などといえば、すでに、死体が片付けられた跡だとしても、
「消えることのない血の臭いが充満しているようで、溜まらない」
と思うことだろう。
しかも、その臭いが、自分にもついているようで、野次馬として出てはきたが、状況を見れば、一刻も早く立ち去りたい」
と思うだろう。
しかも、時刻はそろそろ、火をまたごうとしているところで、本来なら、すでに、
「就寝している時間だ」
という人も少なくはないだろう。
それを思えば、
「厄介なことに巻き込まれたくない」
という思いと、
「犯人も、余計な時間に、犯行を犯してくれたものだ」
という思いがあるようで、それこそ、
「なるほど、この辺りは、ほとんど犯罪が起こらない土地なんだな」
ということで、これまでにも、同じような思いをしたことがあったのを、桜井警部補も、清水刑事も感じていた。
それが、
「この辺りで、今までにこのような血なまぐさい事件など、一度も起こったことはなかったんですよ」
と言われるところばかりだったのだ。
それでも、警察は地道な捜査をしないと、何も出てこない。
逆にいえば、
「何かの手掛かりは、地道な捜査からしか生まれない」
というのは、桜井警部補の持論であり、彼に
「刑事のいろは」
というののを叩き込んだ
「昭和の刑事」
という人を今でも尊敬しているのであった。
そんな昭和の刑事に育てられた桜井警部補は、それでも、
「目撃者はいないか?」
ということで、清水刑事に命じて、この野次馬の中から見つけようと考えた。
ちなみに、死体がどうなっていたのかというと、第一発見者が、
「死体を動かしていない」
作品名:異常性癖の「噛み合わない事件」 作家名:森本晃次