もう一人が犯人
ということで、城などを作るのに、人身御供にするという時代がずっと続いていたではないか?
また、戦国時代であったり、大日本帝国などの時代においては、
「兵士」
というのは、まるで将棋の駒を動かすがごとく、死んでいくというのが、当たり前だということになり、それなのに、
「なぜ、今の時代に、尊厳死というのを認めないというのか?」
と、思えるのだ。
死ぬことを地獄と考えるのは当たり前だが、生きているのも地獄の場合に、まわりを考えれば、安楽死させるという考えの何がおかしいというのだろうか?
安楽死の問題ほどではないが、警察官というのも、公務員でありながら、かなり厳しい立場にあったりする。
公務員としても、かなり厳しさを表に出している。その一番の理由は、何といっても、
「大きな国家権力を行使できる」
ということからだ。
とはいえ、もちろん、いろいろなしがらみはあるが、基本的に、
「警察手帳を提示した場合は、公務になるのだ」
その公務を故意に邪魔したりすると、
「公務執行妨害」
ということになる。
だから、警察の事情聴取を、理由もなく距離すると、それにより、嫌疑が濃くなって、そのせいで、その後の警察の捜査に、逆らえない立場になっていくというもので、確かに警察の取り調べや事情聴取が、
「任意」
ということであれば、基本的に、
「警察に拘束力はない」
と言ってもいい。
警察が、容疑者を拘束したり、証拠を探すということで、
「家宅捜索」
を行う場合は、かならず、裁判所が発行する、
「令状」
というものが必要となる。
この場合も、簡単に令状が出てしまっては、
「もし、その人が事件に関係のない人だ」
ということであった場合、下手をすると、プライバシーの侵害ということになる。
そういう意味で、警察が、
「令状を申請する」
という時も、
「裁判所が令状を出す」
という時も、それぞれの段階で、しっかりと吟味しなければいけないということになるだろう。
殺人事件などの、
「凶悪事件」
ともなると、令状も結構スムーズに出されるだろう。
特に、
「逮捕」
という行為は、
「容疑者が、逃亡を図ったり、証拠隠滅の恐れがある」
などという時、容疑者を拘束し、逃れられないようにするということから、逮捕ということになるのだ。
ただ。この場合に、交流機関が決まっていて、いつまでも、警察署で拘束していくわけにはいかない。
「検察官による起訴が行われるか、証拠不十分ということで、釈放されるかのどちらか」
ということになる。
検察官によって起訴されると、警察からは、離れることになる。だから、刑事ドラマなどの刑事のセリフでよく聞くのが、
「警察の仕事は、証拠を固めて、容疑者を逮捕し、送検するところまでが、警察の仕事だ」
ということになる。
ここでいう、
「送検というのは、起訴する場合のことで、事務的な書類送検を、送検という表現でいうだけ」
のことである。
警察の、しがらみというと、厄介なのが、警察内部のことである。
「横のしがらみ、縦のしがらみ」
とそれぞれある。
「横のしがらみ」
というのは、
「管轄というものの、縄張り意識」
というものである。
「管轄」
と呼ばれるものは、警察に限らず、どこの世界にもある。
表現が違うだけで。
「本部と支店」
という表現で、
「支店同士のライバル意識」
というものがそれにあたるだろう。
ただ、一般の企業であれば、
「隣の管轄にまで入り込んで争うということはしない。営業というもの、きちっとした管轄を決めることで、その範囲で行動すればいいのだが、警察の場合は、そうはいかない」
というのも、
「殺人事件捜査をする場合、死体が見つかった場所が基本的に管轄となる」
というのが基本であるが、被害者の家や会社が、必ずしも、同じ管内ということはない。
だから、他の管轄に入り込んでの捜査となるのだが、まだこれが、
「同じ都道府県」
ということであれば、そこまで厳しくはないが、
「被害者が旅行先や、出張先で殺された」
ということであったりして、所轄が違うだけではなく、
「都道府県警」
が違うとなると、それこそ、きちんと、捜査を行う旨を、警察署長を通して、お伺いを立て、さらに、自分たち井が捜査に望む、その所轄にも挨拶にいく必要があるのだ。
ただでさえ、他の管轄の刑事にうろうろされるのは、ありがたいことではない。それは、
「自分たちが同じ立場」
であっても、同じことではないだろうか?
しかも、それを怠ると、捜査協力を得るどころか、下手をすれば、捜査妨害される可能性もあるくらいだ。
「まるで子供の喧嘩じゃないか」
と言って、鼻で笑いたくなるくらいだが、
「実際にその通りだ」
というから、厄介なのだ。
さらに、警察の、
「縦割り社会」
というものが厳しいということだ。
「警察や、財務(大蔵)官僚のような世界」
は、階級制度というものがある。
ここには、
「キャリア組」
「ノンキャリア組」
というものが存在している。
今の、日本国には存在しないが、大日本帝国時代軍隊にも、階級制があった。
「もっとも、軍隊が階級制度の基礎だ」
と言ってもいいかも知れない。
キャリア組というのは、陸軍であれば、
「陸軍大学を卒業していないと、参謀本部には勤務ができない」
ということになっている。
さらに、首席から数人のトップクラスは、将来の幹部候補、エリート街道をまっしぐらで、将来は、
「参謀総長」
「陸軍大臣」
「教育総監」
といった、
「陸軍三長官」
を歴任するということになる。
陸軍の半世紀以上に渡る歴史の中で、陸軍三長官というものを歴任したのは、
「二人だけだ」
ということであった。
もっとも、それは、法令で決まってはいないが、権力の集中を避ける意味で、慣例として、
「陸軍大臣と、参謀総長というものに、同時に就任してはいけない」
というものがあった。
これは、
「有事においては、実に大変なこと」
であり、
実際に歴任した人は一人しかいない。それが、
「東条英機」
ということになるのだが、
当時、つまり、
「大東亜戦争開戦時、首相兼陸軍大臣」
であった。
前述の。
「陸軍大臣と参謀総長の兼任はできない」
ということだけではなく、
「首相も、参謀総長にはなれない」
ということであり、これは、
「軍の最高機関として、有事に設立される大本営には、政府であっても、介入できない」
ということであった。
軍には軍の守秘義務があり、いつどこでスパイが潜入しているか分からないからだった。
そもそも、
「日本軍というのは、大日本帝国憲法で、天皇の項目に、統帥権というものがあるからであった」
この統帥権というのは、
「天皇は、陸海軍を統帥す」
というものであり、
「天皇は大元帥として、軍のトップの存在であり、天皇直轄の組織だ」
ということである。
だから、軍は、
「天皇によって、政府などから守られている」
ともいえるが、逆に、
「天皇の命令がなければ何もできない」