もう一人が犯人
「それだけ、警察にいる時は、殺人事件ということを、仕事の一環としてしか見ていなかったということなのだろうな」
と感じるのであった。
浮気調査
「警察の捜査というものが、これほどいい加減なものだったとは」
ということを、坂本探偵は、いまさらのように思い知らされた。
殺人事件が起こって、自分は、
「組織の一員」
ということで、内部から、捜査を、捜査本部の指示通りに動いていたわけで、それが、
「警察官として当たり前のこと」
とであり、しかも、
「組織としては、当然のことだ」
と考え、仕事に誇りを感じて捜査をしていたと自分でも思っていたのであった。
しかし、そんな組織というものも、
「一歩表に出てから。全体を見てみる」
ということになると、
「これほど、いい加減なものであり、事務的なものだったとは」
と思い知らされたのであった。
探偵が調べていたのは、
「ある女の捜査」
その女というのは、
「浪川愛子」
という女性であったが、その浮気調査の依頼をしたのは、当然のごとく、夫である、
「浪川四郎」
という男であった。
浪川は、
「私は、恥ずかしながら嫉妬深い方で」
と、照れながら言ったが、だからと言って、
「女性にモテるなどというのは、お門違い」
と言われるほど、不細工な男というわけではなかった。
むしろ、
「不細工というよりも、女性が放っておかない」
というタイプの男で、そういう話を聴くと、
「さぞや、気が弱そうな貧弱な男性で、まるで、母性本能をくすぐるようなタイプなのではないか?」
と思わせるが、実は正反対だと言ってもいいくらいだった。
大柄で、骨格もしっかりしていて、かと言って、武骨な雰囲気でもなく、ただ、これほどがっしりとしているところから、
「母性本能」
「気が弱い」
などというワードがまったくに合わないというタイプの男性にしか見えなかった。
仕事は、
「小さな会社で、社長をしている」
ということだったので、少なくとも、社長ができるだけの男なので、
「気が弱い」
「母性本能をくすぐる」
そしてついでに、
「マザコン」
というイメージはないだろう。
「人は見かけによらない」
というが、やはりあからさまに、判で押したような、嫉妬深い男という感じではないと言ってもいいだろう。
そんな浪川が、社長をしている会社は、社員は10人ほどの、金融関係の会社ということで、実際に、
「親から受け継いだ世襲社長」
というわけではなく、それまでに貯めてきた金と、学生時代に自分の才覚から儲けた金が、出資金となり、経営もまずまずだということであった。
ちょっと間違えれば、すぐに吹っ飛んでしまうというような会社で、まがりなりにも、
「自分の金を使って。会社を立ち上げただけのことはある」
と言われている。
そんな社長が、三年前に女房をもらったというのだ。
その女性は、元々会社の事務員であり、こじんまりとした小さな会社の社長と、事務員が恋愛から結婚するというのは珍しい話でもない。
だから、二人が結婚すると言った時、誰も自然にその話を受け入れることができた。
彼女は、それほど派手なタイプではなく、むしろ、地味な女だった。
だからこそ、社長が見初めて、結婚にこぎつけたということで、社長が、派手な女が苦手だということは、社員の間では有名だった。
社長の家族も、彼女の家族も、
「別にいいんじゃないか?」
というほど、下手をすれば、
「他人事じゃないか?」
というほど、反対なども一切なく、そもそも、二人は、長女でも長男でもなかったので、それほど、親からの期待というのもなかった。
それぞれの上の兄弟も、普通の結婚をしているということで、下の兄弟が地味に結婚するというのだから、何も文句があるはずもない。
だが、結婚してから、社長の浪川は相変わらずであったが、奥さんの方の愛子の方は、
「目に見えて派手になっていった」
という感覚だったのだ。
旦那の浪川は、今までであれば、
「あまり派手にしないでほしい」
と思って、
「あまり派手なことをするんじゃないぞ」
と、ちょっとした小言くらいで収めていて、
「まあ、しょうがないか」
という程度に話を持っていったくらいではないだろうか。
しかし、奥さんの方は、それを辞めようとはしなかった。
最初の頃は、たまにであったが、近所の奥さん仲間とよく一緒に出掛けて、夜遅くなって、申し訳なさそうに帰ってくるということがある程度だった。
しかし、それからしばらくすると、
「出かけるというのが頻繁になってきた」
というのだ。
浪川としても、
「最初に注意をまともにしていなかったので、いまさら文句をいうというのも、何か違うのではないか?」
と考えていた。
しかし、愛子の方は、次第にそれをいいことにして、
「旦那が何も言わない」
ということをいいことに、遅く帰ってきても、悪びれた様子もないくらいだった。
さすがに、一度業を煮やして、
「おい、いい加減にしろ」
と言い放ったことがあったが、奥さんは、少しは殊勝な態度を取るかと思えば、何も言わずに、こちらを睨んでいる姿を見て、ギョッとしてしまったのだ。
「あんな態度初めてみた」
と思ったからだ。
今までであれば、たとえ、旦那の勘違いであっても、彼女の性格からすれば、
「あの人に勘違いをさせてしまったのは、私のせいだわ」
と感じ、自分が悪くないと思っても、それ以上、文句を言わないというのが、愛子の性格だったと言ってもいいだろう。
だから、愛子のあんな態度は、浪川には、想像もつかないはずのことで、意表を突かれたというよりも、
「あっけにとられた」
と言った方がいいだろう。
それに今まで、旦那のことを、名前で呼ぶか、
「社長」
というかのどちらかであったが、最近ではm、
「あの人」
と言ったり、
「旦那」
ということが人の前では多くなった。
せめて、
「旦那というのではなく、
「亭主」
であったり、
「主人」
というのが普通ではないだろうか?
何があったのかは分からないが、明らかに愛子はおかしくなってきた」
といってもいい。
まるで、
「増長し始めた」
と言ってもいいだろう。
浪川が、
「これは、家内の浮気」
と考えたのは当たり前のことであり、それも、予想はしたとしても、一番最初に頭に浮かぶなどということはなかっただろう。
そもそも、結婚前から、
「奥さんが浮気」
という発想を抱くことはなかったわけで、それよりも、
「俺は、浮気をされるような不細工な男ではない」
という自負もあったのだ。
彼女自身も、
「頼りがいがある男性が好き」
ということで、
「どこを好きになってくれたのか?」
ということを、聞かれもしないのに、自分から言ってのけたのだ。
普通であれば、
「あれ?」
と思いそうなことであるが、それを素直に受け入れたのは、
「それだけ自分に自信があった」
ということと。
「愛子は、そんな俺に似合う女」
ということで、やはり、
「浮気などということのできる女ではない」