悠々日和キャンピングカーの旅:⑭西日本の旅(山陰(前編))
それを繰り返しながら走っていると、道を歩いている人と視線が合った。こんなに狭い道を、こんな大きなキャンピングカーがなぜ走っているのか?と、怪訝そうにじろじろ見ているように思えた。
600mくらい走った場所に、道幅が倍になっているポイントがあり、先ほど教えてもらったUターンが出来るポイントだと理解して、ハンドルの切り返しを何回か続けて、見事にUターンでき、来た道を引き返した。
走ってきた道の海側を、改めて見ながら走っていると、ほとんどの家が普通の家の外観で、舟屋とは思えない。幾つかの家の駐車場かと思われるちょっとしたスペースにはチェーンが張られ、赤いカラーコーンが置かれたスペースもあった。
多分、観光客が入らないようにしているものと思うが、ここは観光地でありながらも、住人の生活の場でもあることを再認識させられた。
舟屋を近くから見たいならば、対岸から双眼鏡で見るとか、遊覧船に乗って近づいて眺めるのが良いのだろうと思いながら走っていると、遊覧船の船着き場の駐車スペースが空いていたので、そこに「ジル」を駐車させていただいた。
船着き場から舟屋の海側を覗いたところ、1階部分の船の倉庫の内部が見えた。
それまでは、舟屋の中までをしっかりと海水が入っていると思っていたが、殆どの舟屋は、海面より少し高くしたコンクリートの床になっていて、多分、ウインチか何かで舟を引き上げるのだろう。
一方で、舟を収納する倉庫を失くして、舟屋の1階部分を住居に変えた元舟屋も多くあった。
海側がベランダになっている家では、そこに干された洗濯物が風になびいていたり、直径が1mほどの魚を獲る仕掛けを沈めている家もあり、伊根の人たちの生活の一部を垣間見た気がした。
船着き場には、大きなリュックを担いだ同年輩の女性がいたので声を掛けたところ、ひとり旅をしていて、海側から見る「伊根の舟屋」の風景を楽しみに来たという。
彼女はキャンピングカーに興味がありそうだったので、「ジル」のエントランスから、キッチンやダイネットを見せたところ、装備や広さに驚いていた。
そして彼女は、遊覧船に乗って、沖に出て行った。
先ほど通過した海に面した有料駐車場に「ジル」を停めた。
そこは駐車場を兼ねた釣り場のようで、多くの人が釣り糸を垂らしていた。また、何艘もの遊覧船が係留されており、ひとりの船長から誘われたが、ひとりで乗るのはもったいないので、今度、妻と来た時に乗ると応えた。
その駐車場からも、海越しの対岸の舟屋がずらりと見え、その景色が素晴らしく、写真を撮った。暫くの間、景色を見たり、釣果を見たりしていたが、それでも30分以内だったので、駐車料金は無料だった。
道の駅から下って来た先ほどの交差点を通過して、もう一方の舟屋街を走った。そこは、亀島側より道幅は広く、緊張せずに走ることができた。
このあたりに、日本で一番海に近い「向井酒造」があったのだが、意識もしておらず、気が付かずに走り抜けてしまった。
実は、この「キャンピングカーの旅」の後に、俳優の六角精児さんの「呑み鉄本線•日本旅」のTV番組の「春・京都丹後鉄道を呑む」の放送回で、伊根湾に面した「向井酒造」が取り上げられ、ピンク色の日本酒を、舟屋の海側で、伊根湾をバックに、女性の杜氏と六角さんの二人が飲み交わすシーンが印象的だった。
この番組が、この「キャンピングカーの旅」の前に放送されていたならば、この「向井酒造」に立ち寄り、出来れば、杜氏と二つ三つ会話して、ピンクの純米酒「京の春」を土産に購入しただろう。
残念に思いながらも、いつものフレーズの「また来ればいいや」と思った。
伊根湾を後にした時、自然と頭の中で「伊根の舟屋」のまとめに入っていた。これまで、そんなことはなかったのだが、ここをかなり気に入ったからなのだろう。
国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定された「伊根の舟屋」は、私にとっては、波が穏やかで、時間がゆったりと流れているような、どこか懐かしい日本の原風景のような情景だった。それは、そこで暮らす人たちの生活の知恵によって生まれた風景美なのだろう。
次回は、「ジル」を駐車場に置いて、レンタルバイクで走って、観光船に乗って、海からの舟屋の景色を眺めることにしたい。
このまとめは、時間を掛けて考え抜いた内容ではなく、一瞬で感じたことだったようで、道の左側にあった町役場が見えてから見終わるまでの刹那で、脳裏で浮かんだ内容だった。
その直ぐ先の交差点を右折して、昨夜走ったR178に戻り、丹後半島の最北の地「経ヶ岬(きょうがみさき)」に向かった。
その途中に小さな展望台があり、一旦は通過したが、その先から見えた風景が素晴らしく、「ジル」を路肩に停めた。
Uターンが難しかったので、安全を考えてのことか、対向車線に入り、バックで進んで、展望台の下の小さな駐車場に「ジル」を入れた。その間、他のクルマの往来がなく、何事も起きずに助かった。
デジカメを持って、展望台に登った。そこには「丹後天橋立大江山国定公園 蒲入(かまにゅう)展望所」の看板が立っていた。
美しく迫力のある断崖の風景で、一番奥に、これから向かう灯台の上の部分が小さく見えた。
展望所からは断崖の中腹を走り、トンネルを抜けると間もなく、円錐状の山の経ヶ岬が見え、その先に「経ヶ岬灯台」の案内標識が立っていた。そこから先は京丹後市だ。
ちなみに、経ヶ岬は丹後半島の先端で、京都府および近畿地方の最北端だ。ここと福井県の越前岬を直線で結び、その南側の海域が若狭湾で、今回の旅では幾つもの名所を訪れてきた。
右折してからは次第に上り坂になり、上り詰めた所の駐車場に到着した。
そこは標高約100mの袖志園地(そでしえんち、経ヶ岬園地ともいう)で、日本海を見渡すと、かなり強風で、多くの白波が立っていた。
園地の海側には数人の男性がいて、三脚を立てて、凄く高級そうな望遠レンズが装着されたカメラが並んでいた。被写体について伺ったところ、ハヤブサを撮っているという。そして、彼らは全国から集まった人たちで、ここは、絶壁の下の白い波打ち際を飛ぶハヤブサを撮る最高のロケーションだと言っていた。
私の記憶では、ハヤブサは日本で越冬する渡り鳥だった気がしたので、ちょっと調べたところ、日本には周年生息するハヤブサの亜種がいるとのこと。知らなかった。
ついでに知ったのは、古来より鷹狩で用いられる鳥でもあったとのこと。また、急降下時の飛行速度が最も速く、320km/sを記録しているとのことだった。ツバメが最速だと思っていたが、それも正解で、水平飛行における最速だった。
園地から灯台までの距離は400mで、コースタイムは15分との表示があり、行ってみることにした。たとえ30分の表示でも行く気満々だったので、15分とはラッキーだった。
舐めていた訳ではないが、かなりの厳しい登り坂が続き、たいへんだったが、10分で灯台にたどり着いた。まだ若い証拠か?
白亜の美しい灯台だったが、ずんぐりした灯台だった。海抜140mに建っている灯台のため、高くする必要はなかったようだ。