死ぬまで消えない十字架
と思ったのは、さすがに不謹慎なので、一瞬だけのことだったのだ。
その声をかすかに感じたのだが、その方向は、分かった気がした。
朝もやが出ているような空気であれば、まるで声はこだまが返ってくるようで。分かりにくいと思うはずなのに、その時は、どこからなのか、実際に分かった気がしたのだ。
実際に、そっちの方向に行ってみると、果たしてそこには、声の主と思しき女性が、よく見ると、震えていて、腰を下ろしていたのだ。
腰を下ろしていたというよりも、腰が立たないと言った方がいいくらいで、震えと恐怖から、腰が抜けてしまったというのが正解ではないだろうか?
「どうしたんですか?」
と声を掛けたが、その様子が尋常ではないということは、その現場を見るまでもなかったのだ。
その場所は、今から二時間前に、一周した時、少し気になった場所だった。
だから、懐中電灯と照らすと、隅々まで見渡したという記憶がある。だから、その時、女性が、叫び声を挙げるようなものはなかったので、田島巡査もびっくりしたのだった。
その女性は、
「腰が抜ける」
というほどに恐怖を覚えているようだ。
顔を見ると、最初は唇だけしか確認ができなかったが、真っ赤に染まっているように見えたが、真っ赤というよりも、深紅と言った方がいいくらいで、まるで、鮮血を思わせるもので、朝日に光っててかっているのを思うと、さらに、不気味さを感じさせるのであった。
下手をすれば、
「泡でも吹いてしまいそうに感じさせるくらいで、顔は、その叫び声の原因であるかを思わせるその場所を凝視しているために、見えているのは、横顔だけ」
であったのだ。
そして、その様子を見ていると、髪の毛の影になって、その目が見えないが、明らかに、その恐ろしいと思っているはずのその場所を凝視していて、そこから目が離せないことで、どんな表情なのかということが創造できてしまうほどに感じられるのであった。
彼女は、震えから、金縛りに遭っているかのようだった。
その金縛りを自らで何とかしようという気持ちからなのか、彼女は。必死に右手を挙げて、自分が恐怖におののいているというものの正体を、必死で、訴えようとしているということを感じたのだ。
田島巡査は、今までの三年間の警察官人生の中で、明らかに一番怖いと思われるシーンに自分がいるということを感じていた。
そこに何があるのかということは、彼女の震えと恐怖の表情から想像もつくというものだ。
今までに、殺人事件にかかわったことがないわけではなかったが、全部、あとから見た光景で、最初から、底に何があるのかということが分かってのことだった。
それも、あくまでも、
「通報があってから駆け付けた」
というもので、第一発見者の反応から事件を知るということはなかったのだ。
当然のごとく。田島巡査には、
「緊張」
というものが走った。
その緊張は、次第に膨れ上がってくるものだということに気づくと、
「俺の今は、さっき、自分が悲鳴を聞いてやってきた時、目の前の彼女が表した、震えと緊張を今味わっているのかも知れない」
と感じ、
「今が、緊張のピークなのかも知れない」
とも感じた。
「警察官になったのだから、いずれはこういう緊張感を味わうようになるのは無理もないことだ」
ということを感じていた。
彼女の刺した手の先を見ると、想像していたものが、次第に目の前に広がっていくのを感じた。
なるほど、そこには死体が横たわっている。仰向けになった死体で、足がこっちのほうを向いている。
足を少し大の字のように開いた死体だったが、顔を見に行く前に、
「殺人事件だ」
ということが分かり、
「すでに絶命しているであろう」
と感じたのは、胸をえぐっているかのように、朝日に光っている一本のナイフが、容赦なく突き刺さっているというのが分かったからであった。
「きっと断末魔の表情なんだろうな」
と、田島巡査は感じたのだった。
その男を最初に発見したのは、一応、ボランティアの人ということであったが、実際には、
「田島巡査」
であった。
田島巡査は、ボランティアの男性が、自分よりも先に発見したのだった。
だが、なぜか、事情聴取をされたのは田島巡査で、表向きには、
「田島巡査よりも先に発見者がいた」
ということを公表しなかったのだ。
そもそも。死体を最初に発見したのは、桜井哲夫という男であった。
ただ、桜井という男が田島巡査よりも先に発見したというのは、ただの偶然のようなものかも知れない。
というのは、
「キャー」
という女性の黄色い悲鳴を聞いて、田島巡査は、急いでその声のする方に向かったというのであるが、
「まったく同じ時に、桜井もその声を聴いて、急いで駆け付けた」
というわけであった。
桜井は、田島巡査が駆け付けた時、その場に立ち尽くしていた。びっくりはしていたが、妙に落ち着きを感じ、田島巡査が駆け付けた時、その表情が安心したように見えたのは、田島巡査も分かっていた。
「自分がしっかりしなければ」
と感じたくらいだから、その思いに間違いはなかったと思うのだった。
「ど、どうしたんですか?」
と田島刑事が聞くと、
「ええ、私は、この女性の叫び声を聴いて、急いでここに駆け付けたんですが、ごらんのとおりです」
というので、田島も、女性の悲鳴を聞いてから。ここに来るまでに、二、三分くらいしか経っていないので、自分よりも先に駆け付けたとは言っても、その間に何かがあったとは思えない。
それを思えば、
「現状は保存されている」
と言ってもいいだろう。
場所は、ちょうど本丸付近の、天守台のそばだった。ちょうど三の丸あたりにいた田島巡査が、
「二、三分くらいだった」
というのは、急いで走っての時間ということを考えれば、
「時間的にも距離的にも、誰に聞かれても、辻褄はあっている」
と感じた。
それだけに、先に駆け付けた桜井という男は、
「自分の見えないところから、走ってきたとすれば、二の丸のあたりにいた」
と考えるのが自然である。
城址公園の問題
戦国時代後期からの城郭というのを考えれば、城郭内部は、本丸に行くまでに、攻城軍の侵入を妨げるということで、
「なるべく、侵入のために、複雑な通路にしているだろう」
ということは分かりきっていて、途中の階段も、わざと、不規則にしてあるものではないだろうか?
攻城軍に対して、足元に注意をいかせておけば、正面から攻撃をした場合に、相手はなかなか逃げることも、身動きも取ることができないからである。
しかも、段を変えていたり、石の大きさを不規則にしていれば、進む時のスピードも一定せず、特に軍が多ければ多いほど、相手は身動きが取れないというものだ。
特に、
「枡形小口」
などというところに追い込んでしまえば、
「四方八方から狙い撃ち」
ということで、逆に、
「狙わなくても、引き金を引くだけで、相手は、集団で倒れていく」
というものだ。
「攻城の場合。籠城の三倍の兵が必要だ」
と言われたくらい、攻城というのは難しい・
特に、
作品名:死ぬまで消えない十字架 作家名:森本晃次