死ぬまで消えない十字架
そんな連中であったが、今のところは、
「民間の地元番組で地道に活動する」
ということが一番だと思っていた。
「いい情報網さえ見極めることができれば、自分たちの考えを、よりたくさんの人に分かってもらい、自分たちの計画をスムーズに進めることは容易なことだ」
と思っていた。
だから、パンデミックの時の政府のように、
「追い詰められて、焦った行動に出てしまうと、却って目立ってしまい、誹謗中傷を受けたりして、何もできなくなってしまう」
ということになるであろう。
それを考えると、
「自分たちのこれからをどうすればいいか?」
という道しるべは、ある程度見えていると言っても過言ではないだろう。
今のところ、城の保全に関しては、心配することはいらない。
かつての、落選から県の方でも、反省があるようで、それはポーズに過ぎないかも知れないが、それだけではないということを示しているようにも思える。
ただ、それでも、まだ県とボランティアの間に溝があるのは事実で、これを埋めるには、少し時間が掛かると思えるのであった。
そんな城址公園において、最近変なウワサが立つようになった。
というのは、
「何やら、薬物を扱うチンピラまがいの連中がたむろしている」
という話であった。
夜の城址公園ともなると、人がいたとしても、お忍びのような連中ばかりで、カップルのように、下手にかかわることを嫌う人ばかりなので、却って安全だという話であった。
ただ、中には野次馬のようなやつもいて、たまにそういう人間がいることが、厄介に思えた。
しかし、それでも、誰が何かをできるわけではない。警察としても、せめて、
「警備を増やす」
ということくらいしかできないのだろうが、これも、ボランティア団体との絡みがあることから、その時間、警察が余計な介入をすることもできない。
だから、城址公園というのは、このウワサが出るようになってから、微妙な立場の場所になったといえるだろう。
そんな中において、警察官の中には、そんなウワサ自体が、
「あまり信憑性のあるものではないな」
と考える人もいるようになってきた。
かなり曖昧な話で、
「学校を退学になった連中が、チンピラとつるむようになって、公園で薬をやるようになり、そのまま、薬欲しさに、チンピラのいうことを聴かされるということで、取引がこの公園で行われる」
ということであった。
確かに警察官のパトロールの時間は決まっていて、それ以外は、ボランティアの見回りがあるくらいだ。
「ボランティアの人たちとすれば、何かの喧嘩であったり、暴行現場に出くわせば、見て見ぬふりもできないかも知れないが、薬物の取引であったり、陰に隠れての接種などが、見回り程度で分かるわけもないので、逆にいえば、やりやすいということにもなるだろう」
それを考えると、
「取引現場とすれば、チンピラが考えたにしては、うまい方法だ」
といえるだろう。
しかし、
「この公園を、ボランティアの人と、警察とが、交互にパトロールしている」
などという情報を、よく街のチンピラが知っていたというものである。
組織ぐるみで何かをする時に、その情報を使うというのであれば、分からなくもないが、組織とは、一線を画したところでの取引ということでないと成立しないような取引に、実際の組織しか分からないような情報が流れているというのもおかしな話だった。
そのことを分かっているのは、この公園のパトロールを管轄している交番勤務の巡査であった。
彼は名前を田島巡査という。
田島巡査も、実は高校時代までは、警察の少年課にお世話になることの多かった、昔でいえば、
「札付きのワル」
とでもいえばいいような男で、万引きだったり、恐喝などを、仲間と一緒に繰り返していた。
彼は家庭環境に問題のある生徒ということで、学校側からマークされていた。本当は、彼はまじめな学生だったのだが、教師や保護者団体から、偏見によって白い目で見られることで、その立場が怪しくなってきた。
しかも、本人は、学校でタバコを吸ったと言われ、それが濡れ衣かも知れないと思っている人も少なく無いという、実にグレーな状態の中で、
「臭い者には蓋」
という勝手な考えのせいで、学校からも、親たちからも、要するに、大人たちから勝手なレッテルを貼られ、学校でのその場所がなくなっていったのだ。
そこで、結局は、同じような立場の連中とつるむしかなくなり、結局は、学校を退学するしかなくなったのだ。
それでも、彼は、
「学校で疑われることはあったが、実際に何かをして、処分を受けた」
ということもなければ、もちろん、警察で罪に問われるということもなかった。
少年課の世話になることはあったが、それはあくまでも、
「夜間俳諧などでの注意勧告を受ける」
という程度だったのだ。
そんな彼だったので、退学ということにはなったが、それからどこで、どう改心しかのか、思い直して、通信制の高校にて、卒業することができた。
そんな彼が目指したのは、警察官だったのだ。
「俺のように、世間から白い目で見られるいわれもないのに、偏見の目で見られる人を少しでも救いたい」
という思いがあったのかも知れない。
彼だって、
「信念を持った警察官がひとりいるくらいで、何かができるなどということは思ってはいない」
しかし、それでも、
「何かができる」
と考えれば、警察官というのは、自分にとって一番いい仕事ではないかと思うのだった。
実際に、警察官になると、それまでのわだかまりは少しずつ消えていった。
「警察官になるために、生まれてきたのかも?」
と思うようになり、交番勤務も、嫌ではなかったのだ。
家を出て、警察の寮に入ると、
「今までの自分を知っている人はいない」
という安心感と、
「仕事の同僚や先輩を相手にしている」
ということで、
「もし、過去を知っている人がいたとしても、そこは、ある程度水に流す」
ということになるだろう。
だが、それは、
「平時」
ということで、もし、昔の知り合いが何かをやり、自分と関係があったなどということになると、立場は一気に悪い方に向かうかも知れない。
それも分かっていることではあったが、だからと言って、
「今できることをきちんとする」
ということしか、自分にはできないのだ。
何といっても、世の中の理不尽さというものを、曲がりなりにも分かっているつもりだ。完全に、拭い去ることのできない過去であるが、その経験から、少しでも、その場になれば、できる対応もあるだろうと思うのだった。
警察官になってからは、昔の仲間とは、縁がなくなった。やつらとしても、
「警察官になった昔の仲間に構っているほど、暇でもないだろう」
ということであった。
もちろん、情報を流してもらえれば、それがありがたいのだが、それは、警官側にその意志がなければ無理なことだ。
少しでも、
「警察官になってしまった」
という相手であれば、どんなに脅そうが、説得しようが、立場を考えると無理なことであろう。
それこそ、
「警察官として逃れることのできない」
作品名:死ぬまで消えない十字架 作家名:森本晃次