死ぬまで消えない十字架
この男は、そもそも、異常性癖のようなものがあり。
「女をあてがっておけば、おとなしくしているし、いうことも聞くということになるのだった」
それだけ、この男は、言い方は悪いが、
「チンピラの中のチンピラ」
と言ってもいいかも知れない。
つまりは、
「ハンパ者も、ハンパを続ければ、立派なハンパ者だ」
ということである。
そんな男が、30歳を契機に、
「精神疾患を患った」
というわけである。
その理由は分からないということになっているが、何か理由があるのかも知れない。
そんなやつが、まだ若い頃、
「異常性癖だった」
というのは、どういうことであろうか?
殺された片桐という男は、小さい頃に父親を亡くした。
「殺された」
ということであったが、まだ小さかったので、よく分からなかった。
小学生の低学年だったということである。
母親も、間もなく警察に逮捕され、何をしたのか分からないが、実刑を食らい、そのまま刑務所で過ごすことになったという。
一人になった子供は、養護施設で育てられることになったが、高校生になる頃には、それなりのワルになっていたというわけだ。
「転落人生まっしぐら」
ということで、
「養護施設でも手を焼いていた」
と言われている。
児童保護の人のいうこともまともに聴くこともなく、
「高校中退」
とは、名目上はなっているが、実際には、
「学校から退学させられた」
と言ってもいいだろう。
結局、養護施設も抜け出して、そのままチンピラに身を落とすということになったようだ。
チンピラとしての素質はあったのかも知れない。
組織からは、うまく使われていたといってもよく、実際に、
「自分の身の振り方」
というものは心得ているようで、それだけ、
「情け容赦のない」
というところもあったようだ。
「だから、こいつには、異常性癖なところがあるということが分かっても、別にびっくりはしなかったもんな。こいつだったら、これくらいのことは当たり前だ」
と自分で簡単に感じたくらいだということを、警察に訊ねられた当時のチンピラ仲間は、そう答えていたのだった。
彼の異常性塀というのは、たいていの性癖に関しては、
「経験済み」
ということであった。
バイセクシャルでもあるし、SMなどというのも、平気で行う。
耽美主義的なところもあり、婦女暴行なども、常習だったということである。
それで、
「警察に捕まる」
ということであれば、
「屁とも思わない」
と感じているほどで。
「どうせ捕まっても、しばらく辛抱していれば、娑婆に出て、いくらでも好きなことができる」
というくらいに思っていた。
下手をすれば、
「婦女暴行で捕まって、警察に逮捕されるくらいの方がいい」
と思っていた。
「もし、女の旦那が出てきて、ひどい目に遭うくらいだったら、自首するか、わざと捕まるかなどということをした方がいい。警察の留置所であれば、三食昼寝付きだからな。何しろ、ヤバい連中から逃れるには、牢屋の中が一番安心だというものだ」
とまでうそぶいていたくらいだった。
だから、
「片桐が死んだ」
と聞いた人で、彼をそれなりに知っている人は、
「やっと死んだか」
と思ったに違いない。
実際に、そうつぶやいた人も一定数いて。捜査員としての刑事も、
「これはひどいやつだ」
ということになった。
しかも。やつが殺されたと聞いた人は皆。
「チンピラ稼業で命を落としたんだろうな」
ということで、昔のチンピラ仲間には、
「やつが、精神疾患を患っていた」
などということを知る人はいなかったのだ。
ということは、
「それだけ、それまでの彼はしっかりしていたということなのか?」
それとも、
「精神疾患の兆候があり、あり得ることだと思いながら、ただ知らなかった」
というだけということになるのだろう。
片桐という男は、異常性癖を持ちながら、女に不自由はしていなかった。その時々に表に出る形の女が存在していた。
ただ、それはあくまでも、
「表に出ている女ということであっただけで、知らないところで複数の女と関係していた」
という話は、当たり前のように聞かれたのだ。
しかも、やつの相手は、
「女だけではない」
と言われていた。
男色でもあり、
「両刀使いだ」
と言ってもいいだろう。
相手の女は、さまざまだった。
「SMの女王様のような女」
であったり、
「高貴なお嬢様」
という人もいた。
片桐という男は、一体どういう男なのか?
話だけを聴いていると、相当女に貪欲で、
「性欲の塊」
もっといえば、
「けだもののような男」
というイメージが強いのだが、実際には、そうでもないようだ。
「片桐という男は、冷静沈着で、フェミニストなんですよ。女性には優しいし、だから、女がコロッと参ってしまう。しかも、それだけの端正なマスクと、その声。つまりやつは、精神だけでなく、肉体までもが、女を喜ばせることにかけては、十分に長けていると言ってもいいのではないでしょうか?」
ということであった。
「そんな男が、異常性癖というのは、本当に恐ろしいですね」
と話を聞いた刑事がそういうと、相手の男も次第に興奮してきたようで、次第に声を荒げてくるようだった。
「ええ、そうなんですよ。だからたちが悪いわけで、片桐は自分のオーラで相手を自分に引き付けるすべを知っていて、その能力に絶対的な自信を持っているようなんです。男と女の関係というと、洗脳する方が、その自信を絶対的なものにしてしまえば、女は、もう言いなりといってもいいでしょうね。特に普段は、絶対に男には負けないなどという思うを抱いている女にとっては、普段から気を張っているだけに、自分の気持ちを休める相手を持てた気がして。それは、オアシスのような気持ちなんでしょうね」
と、遠い目をしながら語るのであった。
「うらやましい」
とでも思っているのか、しかし、常人にできることではない。それこそ
「与えられた人間にしかできない」
ということで。その、
「与えられた人間」
というのが、この片桐だということになるのだろう。
ただ、その理屈が通用するのは、
「裏の社会だけだ」
といえるのではないだろうか?
確かに、片桐は異常性癖の持ち主ということで、裏の社会では、
「カリスマ性」
というものを持っているようだった。
特に、
「俺にとって、女は、性欲の対象でしかない」
とうそぶいていたが、それも、やつの、
「異常性癖による武勇伝」
というものを聴いていると、吐き気を催すくらいの話で、
「聞くに堪えない」
と思いながらも、
「人によっては、口では、聞くに堪えないと言いながらも、好機の目で見ていて、そのぎらついた目は、たぶん、しゃべっている本人である片桐と似たり寄ったりの目の輝きを示している人も少なくはないだろう」
と考えている。
特に、年齢の近い人は、当時の異常性癖に対して、まるで、
「教祖であるかのように、慕っていた」
という人がいるということを考えると、
「それこそ、新興宗教のようではないか?」
といえるのであった。
作品名:死ぬまで消えない十字架 作家名:森本晃次