「共犯の因果応報」と「一周回った完全犯罪」
ということは、この場面での一番の疑問は、
「第一発見者がどこにもいないというのは、どういうことか?」
ということであった。
先輩刑事は、鑑識もともなってきてくれたので、死体検分よりも、第一発見者がその場にいないということの方が、何といっても、重要で、不可思議なことであった。
「一体、通報者というのは誰だったんだね?」
ということであったが、
「はい、生活安全課の、牧田刑事でした」
というと、先輩刑事は、頭を傾げるようにして、
「生活安全課の牧田刑事?」
というと、さらに考え込んで、
「彼は確か、数か月前に退職したはずでは?」
というのだった。
言い忘れていたが、当直の刑事は、
「鈴木刑事」
といい、先輩刑事は、
「清水刑事」
と言った。
清水刑事からもたらされた情報に、寝耳に水であり、今の今まで、
「牧田刑事が現職警察官だ」
と思っていたことが勘違いだと思うと、何か、狐につままれたかのように感じたのだ。
要するに、
「さらに、状況が分からなくなった」
という感覚で、頭の仲が混乱してくるのであった。
だが、さすがに清水刑事は、こういう場面に慣れているのか、少なくとも、頭を整理して考えているようだった。
もっとも、最初に通報を受けて、今の場面としては、主役である鈴木刑事に比べれば、清水刑事は、先輩であるということではあるが、まだまだ他人事といってもいいことから、考える余裕もあるというものであろう。
それを考えると、清水刑事がどんなことを言い出すか、興味津々で鈴木刑事は、待っているのであった。
「牧田刑事がここにいないということも重大なことであるが、そもそも、通報をしてきたということが気になるな」
というのが、清水刑事の最初の疑問だった。
「なるほど」
と、まずは、軽く返事をしておいて、さらに、清水刑事の言い分を引き出そうと考えていた。
「そもそも、いなくなるくらいなら通報する必要もないし、特に仮にも、元とはいえ、警察官だった人間なんだから、その場にいないということは、よくよくのこと。ということになれば、ここにいないということは、いることのできない何か理由があるということになるんだろうな」
という。
「その理由というのは?」
と鈴木刑事が聞くと、腕組みをしていた片方の手を顎に乗せて、まるで、
「ロダンの考える人」
の彫刻のように、文字通り、
「固まっているか」
のように見えるその態度は、まるで、探偵小説の私立探偵を見ているような感じであった。
「理由に関しては正直今は分からないが、気になるのは、どうして110番をしなかったのか? ということなんだよな」
というではないか。
確かに、そのことは鈴木刑事も感じていることであった。
110番というものをすれば、まず県警の警察のコールセンターに通報され、その時に聞いた話で、場所から所轄を認識し、そして、事件か事故かによって、その通報先を選定し、通報することになる。
よく刑事ドラマなどで、
「警視庁から入電中」
などという放送が
「刑事課のスピーカー」
から鳴っているのを見るというものだ。
ただ、警視庁というのは、あくまでも、
「東京都管轄の都警」
と同じ意味であり、他の道府県であれば、
「県警」
「府警」
よりの入電ということになるのだろう。
しかし、今回は、そうではなく、直接の刑事課への電話であった。
警察を辞めた後でも、仕事場である所轄のそれぞれの部署を、自分のケイタイに連絡先として登録しておいたのだろう。
二十年前というと、もうほとんどの人が携帯電話を所有していて、
「一人一台持っている」
というのが当たり前という時代だった。
そう思えば、そこに、不思議はなかっただろう。
ただ、清水刑事は敢えて、
「どうして直電だったのか?」
ということが気になっているようだった。
清水刑事の考え方として、
「いくつか考えられるんだけどな」
と呟いた。
鈴木刑事が、そのことに対して意識するしない関係なく、まるで独り言のように、清水刑事は話を続ける。
「まずは、110番をすることで、すぐに、警察全体に情報が広がってしまうということになる」
ということであった、
それを聴いた鈴木刑事は、
「遅かれ早かれ、伝わることになりますが?」
というと、清水刑事は、少し声のトーンを上げ、
「それはそうなんだが、それも相手が元刑事だということで百も承知なのではないか? 違っているかも知れないが、そこに何かの意味があると考えれば、相手が元警察官ということで、何かの意味があると考えるのも、無理もないことではないか?」
と考えるのであった。
そして、また考えてしまった清水刑事だが、でも、その考えている時間は、実は短かった。
いきなり声を発したかのように、
「次に考えることとして、直電することで、鈴木刑事が一人でやってくるということを考えたのではないか?」
つまり、鈴木刑事が、第一発見者になるわけで、本来なら自分がなるはずの第一発見者としての立場を、最初にくる刑事にさせようという思いがあるのではないかと、鈴木刑事も考えたのだ。
さっきまで、あれだけ頭が回らないという感覚だったにも関わらず、今は、
「思ったよりも、考えられている」
という思いがあることで、
「落ち着いてきたのかな?」
と思うようになった。
そして、そこまで考えられるようになると、鈴木刑事も、
「今の二つ目の考えが、なぜ、第一発見者がいないのか?」
ということへの一つの理屈としての考え方だと思うと、まるで、
「目からうろこが落ちたか」
のように思えたのだった。
もちろん、あくまでも、勝手な想像であり、いくら信憑性があるといっても、裏が取れているわけでもなんでもない。
とりあえず、その状況を見るしかなかったのだ。
まず、最初に考えなければいけないのは、
「これが、事件なのか、事故なのか?」
ということである。
最初の発見から見えることとすれば、
「死因は、後頭部から血が流れていることもあり、鑑識の所見で、後頭部を鈍器のようなもので殴打したことが原因」
ということであった。
そして、死亡推定時刻は、
「昨夜の深夜時間帯に入る前くらい」
ということで、
「大体、午後10時前後というところではないでしょうか?」
ということであった。
あたりを捜索していると、すぐに凶器らしきものは見つからなかった。
「境内にはたくさん石が落ちているが、みんな小さな石なので。あれで殴ったくらいで、人が死ぬということは考えられない」
ということであった。
かといって、裏に入ってくると、今度は凶器になるような石が落ちているわけではない。奥の雑木林のあたりまでくると、凶器になりそうな石がいくつかは落ちているが、調べてみると、そこに、凶器として使用したと思われる石があるわけではなかった。
「じゃあ、事故なのかも知れない」
ということで、鈍器になるような角がある部分を探してみると、
「井戸の角になっている金網が張り巡らせているあたりに、血液のような赤いものがへばりついている」
ということで調べてみると、
作品名:「共犯の因果応報」と「一周回った完全犯罪」 作家名:森本晃次