「共犯の因果応報」と「一周回った完全犯罪」
「なるほど、これが凶器になるのかも知れないな」
ということであった。
「だったら、事故なのでは?」
と鈴木刑事は、安易な発言をしたが、
「そうとも限らないぞ」
と冷静に清水刑事が答えた。
「どうしてですか?」
と聞くと、
「死体があった場所は、この井戸から結構離れているではないか。犯人が別にいて、動かしたのかも知れない」
と清水刑事が言ったので、今度は鈴木刑事は、ここぞとばかりに、
「自分で動いてここまで来たけど、そこで絶命したのかも知れないですよ」
というと、
「それも考えられなくはないが、そうだとすると、爪先が通った後に残っていないといけないが、その後がない。ということは、最初はあおむけになっていたものを、そのまま動かしたと考える方が自然ではないか?」
ということをいうので、よく見ると、確かに、死体が動いたような形跡はあるが、確かに、爪先が引きずった跡がないし、実際に、履いている靴のつま先部分が、ほとんど汚れていないのだった。
鈴木刑事は、
「何とか事故にしたい」
という思いが強いようで、その思いに水を差すかのように、清水刑事は言った。
「もし彼に、鈴木君のいうように、これが事故だったとすれば、それにしても、こんな寂しい場所で、どうして死体があるのか? ということになるんじゃないか?」
というのだった。
なるほど、この場所に死体があるというのは、何とも不自然だ。
さらに、清水刑事は続ける。
「そうなると、第一発見者がどうしていないのかということもおかしい気がしないかい? 通報してきたわけで、しかも、その人が元刑事ということであれば、もっと冷静な対応ができるというもので、それだけを考えただけでも、ただの事故ではないといえるのではないかな?」
というのであった。
「確かにそうですよね。牧田元刑事が、ここにいないということも不思議ですし、事故で後頭部を打ったというのも、いくら酒に酔っていた場合であっても、それなら、ここに被害者がいたというのもおかしな話ですよね」
と鈴木刑事は言った。
「その通りさ。この男は、この場所で、少なくとも他に誰かがいたとして、そこで、口論か何かになってもみ合っているうちに、殺意があったかどうかは分からないが、結果として、頭を打って絶命したということになるのではないかな?」
と清水刑事が言ったが、鈴木刑事も、それくらいのことまでは、自分でも考えていることであった。
「警察というのは、どうしても、いろいろなことを考えてしまうという因果な商売だが、そこには必ず、理路整然とした理屈が存在し、それが、真実は一つといううことに繋がっていくというものだ」
と清水刑事は常々言っていたが、その言葉を、鈴木刑事は思い出していたのであった。
この事件は、
「謎の多い」
ということであったが、それでも、
「事故」
ということも視野に入れた捜査であった。
ただ、それはあくまでも、
「殺意のない事件」
ということであり、
「発展しても、事故ということであれば、傷害致死ということになるのだろう」
ということであった。
ただ、さすがに、
「自分で倒れたことでの事故」
という、
「犯人がいない」
ということになるというのは、捜査陣の中で考えている人はいなかった。
だから、少なくとも、
「犯人はいる」
ということになるのだろう。
「だから、あくまでも死んだ人は、被害者であり、加害者は、犯人ということになるのだ」
それを考えると、
「この事件は、意外と難しいものになるかも知れないな」
と思えたが、事件は少ししてから、あっさりと解決したのであった。
というのも、
「犯人が自首してきた」
ということからであった。
犯人というのは、被害者の知り合いだったということであった。
被害者は、名前を、
「和田新吉」
という男であった。
彼は、元々、前科があった。
というのも、
「傷害で二度ほど警察の厄介になっている」
という男で、いわゆる、
「チンピラ」
といってもいい男だった。
少年時代から、素行が悪く、中学時代から、少年課に補導されることも多かったという。
何か事件を起こしては、いつも親が平謝りで引き取りに来るというのが、当たり前のようになっていて、とっくに、学校も見放しているということであった。
高校には、何とか入れたが、二年生の頃には、すでに退学候補になっていて、
「候補になったとたん、まるで判で押したような事件を起こし、完全に退学になったのだった」
そんな彼を、街のチンピラ集団が拾ったというわけで。まさに、
「判で押したような転落人生」
ということであった。
彼は、
「転落しないといけない」
というような気の毒な環境に育ったわけではなかった。
どちらかというと、
「甘やかされて育ったことから、小さい頃から、天邪鬼で、それなりに才能があるにも関わらず、グレてしまった」
ということなのであった。
彼の才能は、
「芸術的なところ」
ということであったが、それを分かっていたのは、中学時代の恩師であったり、少年課の刑事が知っているという程度であった。
少年課の刑事が知っていたというのは、まだ最初の頃に補導した時、彼が、メモにイラストを描いていたのを見たからで、他の刑事は、
「何を余計なことをして」
と、彼を完全に、
「非行少年」
というだけの見方をしていなかったのだが、その刑事だけは、彼に
「一目置いていた」
というわけであった。
高校時代までは、少年課のその刑事は、彼のことをしっかりと見ていたが、刑事自身が、転勤になってしまったことで、それ以上かかわることがなくなってしまい、結局、
「彼は、孤立してしまった」
ということになったのである。
しかし、その時、清水刑事は、その出頭を、
「自首だ」
とは思っていないようだった。
ひそかに、鈴木刑事には話していたのだが、
「これは、他言は無用にしてもらいたい」
ということであるが、
「この事件は、最初から分からないことが多いということから、こんなに簡単な結末がおかしいと考えたことから始まっているので。あくまでも、捜査本部には知られたくないという疑問ということで聞いてほしい」
ということであった。
清水刑事が、ここまで考え込んでいるところを見たことはなかった。
もちろん、事件解決に向けても思案ということであれば、いつも見ていることなので、別に、
「いつものことか」
ということで、気にすることなどないのであるが、今回は、
「事件が解決したはずのことなのに、疑問を呈しているということが気になっている」
ということで、今までにはない傾向だったのだ。
今までも、
「怪しい」
ということはないでもなかったが、それを引きずり出すということはなかったのだ。
そして、
「もし、事件が蒸し返されたとしても、そこには、後追いで捜査しても大丈夫だというものがある」
ということで、必要以上に悩むことはなかったのだ。
しかし、今回に限っては、余裕のなさ、もっといえば、
「車でいうところの、ハンドルの遊びの部分」
というものがないといってもいいだろう。
作品名:「共犯の因果応報」と「一周回った完全犯罪」 作家名:森本晃次