もろ刃の剣の犯罪
この街は、北欧あたりの文化が多いのか、ロシア料理や北欧の民芸品などが、多く売られているのであった。
ただそれも、駅前のステージ付近だけのことで、駅周辺の公園に施されたるみネーションの近くで、イベントが行われることは、少なかった。せめて、
「歓楽街近くの公園で行われる程度」
ということだったのだ。
だから、矢冨公園だったり、駅周辺のオフィス街に隣接した公園では、明るいだけで、賑やかさはなかった。それでも、残業しているビルのテナント会社から見下ろせば、イルミネーションがきれいに見えるということで、それなりの憩いの気分になるのであった。
矢冨公園を見下ろすビルに勤務している、須藤純一郎は、その日、少し体調が悪く、早退したのだった。
「インフルエンザも流行しているので、風邪をこじらさないようにしてくれよ」
と、部長からくぎを刺されたが、部長とすれば、
「まあ、しょうがない」
ということで、早退を認めてくれた。
この時期、これから忙しくなるということで、今の時期であれば、まだそれほど体制に影響はしないと思ったのだろう。
須藤としても、部長が考えていることは分かっていた。分かっているからこそ、
「反対されることはない」
とタカをくくって、言ったのだった。
もし、これで渋るくらいであれば、それこそ、パワハラだといってもいい。
まさか今の時代に、
「根性論」
というものをひけらかす、
「昭和時代の考えを持った」
という人はいないだろうから、もし、渋ったとしても、それは、
「上司としての、形式的な態度だ」
といってもいいのではないだろうか?
「本当は、ちょっと熱っぽいだけで、残業をやってやれないこともない」
と思っていたのだが、気分が悪くなった原因としては、
「そろそろ日が暮れそうな時間。仕事は終わってはいなかったが、一段落したことで、気分転換に、矢冨公園を見下ろしてみよう」
と思ったのだ。
その時は、まだ頭痛も熱っぽさもあったわけではなく、ただ、けだるさだけがあったのだ。
そのけだるさというのも、
「仕事の疲れと、ある程度までできたという満足感」
といえるような心地よさを含んだものというのが今までの感覚だったが、この日は、寒気を最初から感じたのだ。
「何かおかしい」
とは思っていた。
しかし、そのおかしさというものが、普段と違うと感じたのは、矢冨公園を見下ろした時に感じた、ゾッとするような寒気だったのだ。
そもそも、須藤は、高所恐怖症なところがあった。体調が悪くない時でも、気分転換といって、矢冨公園を見下ろした時、高所恐怖症独特のゾッとする感覚があった。
しかし、それは、別に嫌な感覚ということではなく、充実感というものを、さらに感じさせるという意味で、むしろ、
「刺激的で、気分転換という意味ではちょうどいい」
というものであった。
ただ、友達の中には、
「怖がりなのに、お化け屋敷とか、入りたいと思うんだよな」
といっている人がいた。
須藤としては、
「何がそんな気持ちにさせるんだ?」
と疑問に感じていたが、結構まわりの人に多いようだった。
「怖いもの見たさ」
というのは、よく聞いた言葉であったが、その心境は、須藤には分かるわけもなく、ただ、そんな話を聞いた時、
「そんなものなんだな」
と、他人事であるということをわざと表に出して、同調して見せるのだった。
だが、矢冨公園が整備され、公園が、
「中庭」
という様相を呈しているということに気づくと、それまで忘れていた高所恐怖症という感覚がよみがえってきたのだった。
「高所恐怖症の感覚は、なるべく感じたくはない」
と思っていたところで、矢冨公園ができるまでは、最初から元々更地だったところを意識するなどということはなかったのだ。
だが、そこが、
「中庭」
の様相を呈した公園というものに生まれ変わると、好奇心から一度見てみると、最初には、
「見るんじゃなかった」
という後悔の念が現れた。
しかし、その後悔の念がすぐに消えてなくなり、本来であれば、
「二度と見たくない」
と思ったのが、その、
「後悔の念」
というものを、忘れたとはいえ、一度は味わったということで、もう感じたくないという思いだったのを思えば、無意識であったが、またしても見てしまうというのは、その時の感覚が、
「好奇心だ」
というわけではないと思うのだった。
「じゃあ、好奇心でないとすれば、何なんだ?」
と自問自答を繰り返す。
その光景を、
「高所恐怖症によるもの」
と認識していないのだろうか?
それとも、
「高所恐怖症を克服できるかも知れない」
という期待に満ちた感覚が、怖さに勝つ形で、見せようというのか?」
あるいは、
「まったく今までと違った、感じたことのない感覚を覚えたことで、その正体を確かめたい」
と感じたからなのだろうか?
それぞれに、感覚的な一長一短があり、その感覚の正体が、なかなか分からないでいた。
それを確かめたいという思いがあるのは正直なところで、別に嫌だという感覚ではなかったのだ。
だが、その日の頭痛は、
「確かに、風邪の引き始め」
という感覚に違いないが、それ以外に、もう一つなつかしさというものを誘発する感覚があったのだ。
その感覚は、
「味わいたい」
と思う感覚ではなく、風邪でゾッとしている身体を、
「視界からも誘発させるもの」
というものだったのだ。
そこまで感じると、
「高所恐怖症の感覚」
と思わせた。
「風邪の気持ち悪さが、同じゾッと来る寒気を思い出させたのに違いない」
と感じたのであった。
そして、その時同時に感じたのは、
「この頭痛と吐き気が学生時代に感じたものだ」
と思うと、
「学生時代の感覚が思い出される気がする」
というものであった。
あれは、友達が個人で計画していた、
「自主製作映画」
というものに誘われた時だった。
「裏方でいいなら参加する」
とは言っておいた。
その友達は、監督と脚本を担っていたので、須藤は、
「じゃあ、カメラマンでもしようか?」
ということになった。
ドラマを見る時、カメラワークを気にして見ることがあったので、ちょうどよかったと感じたのであった。
友達は、大学から予算をもらったわけではなく、完全なオリジナル作品だった。
バイトもそのために行っていたのであり、道具だけは、大学から借りられるということで、
「何とか、予算内でこなせる作品を作るんだ」
ということであった。
彼の作品は、ミステリーとホラーの融合のような作品であった。
「俺の作品は、昔の探偵小説と、オカルトを組み合わせたようなものが多くてね」
ということで、彼はそもそも、小説家を目指していたのだ。
この時の、
「自主製作映画」
というのは、彼の執筆した小説を、自らでシナリオ化し、
「映像作品に仕上げよう」
というものであった。
彼が書いた、
「探偵小説」
というものは、彼がいうには、
「昔、ちょうど、戦前戦後くらいに流行ったものになるんだよ」
ということであった。
確かにその頃は、
「探偵小説の黎明期」