もろ刃の剣の犯罪
駅を降りてから、会社までは、普通に歩いて10分もかからない。普段であれば、地下街を通れば、信号を使わずに行けるということで、結構早く行けるのだが、この日は、地上から行くことにした。
普段は結構たくさんの人がいる地下道を、早朝の間ばかりの道ということで、閑散とした中をいくのは、あまり気分のいいものではなかった。せっかくの気合がそがれる気がするからだった。
だから、今までもそうだったが、
「始発で来た時は、地下道を使わない」
ということにしたのであった。
地上を使っても、信号に引っかかるのは、1度だけであった。
スクランブル交差点を対角線に渡ることができるので、そこから先は、ビル群の中に入るので、信号はなかったのだ。
その日は、信号で待たされることもなく、スムーズに行けたので、あっという間に、
「矢富公園」
までたどり着くことができた。
いつものように、中庭から見上げると、まだどこの会社の電気もついていなかった。
「昨日から、一番最後に帰って、翌日最初の出勤ということで、ここを誰も通った人はいないのかも知れないな」
と感じると、少し新鮮な気持ちになった。
その気持ちがあったからだろうか、須藤はふとまわりを見渡した。
すると、
「えっ」
と思わず声を挙げたのだ。
芝生は、公園のちょっとした丘のようになっていて、その丘の上に、何やら昔の長持ちのようなものが置いてあった。
いや、最初こそ長持ちだと思ったが、それ以上に最初に気づいたものがあったはずで、それを打ち消したいという思いから、
「長持ちだ」
と思ったのだろう。
恐る恐る近づいてみると、そこには、華やかな花が敷き詰められているようで、本来なら、
「きれいだ」
と思ってしかるべきなのだろうが、その光景があまりにも、その場所とかけ離れているという思いと、逆に、
「丘の上」
ということが、
「ふさわしいといえばふさわしい」
と感じたことで、
「まるで、棺桶ではないか?」
と感じたのだ。
最初は、
「こんなに小さなものに、人間が入るのか?」
と思ったほどであるが、それは、明るくなってきたといっても、まだまだ日が昇り切ったわけでもなく、しかもその場所が、中庭のようになっているということで、おぼろげに見えていて、しかも、
「すべてが影になっているようだ」
と思えるほど、見れば見るほど、すべてが影を感じさせた。
だから、本来であれば、
「大きく見えてしかるべきだ」
といえるのだろうが、影を意識したせいか、逆に第一印象が小さく感じられたのであろう。
要するに、
「大きさの感覚というのは、おぼろげなところであればあるほど、最初のインスピレーションにかかっているのだ」
といってもいいだろう。
「棺桶だ」
と思った瞬間、中に誰かがいるということは分かっていた。
本当はすぐにその場所から逃げ出したという衝動に駆られ、今日始発で来てしまったことを、後悔したくらいであった。
「中に入っているのは、誰かの死体だ」
と思うと恐怖でしかないのだが、その時、いろいろなことが頭をもたげた。
「何と奇妙なことをするんだ?」
ということであった。
「人を殺したのであれば、いくら計画的なことだとしても、どこかに隠そうとしたりするのが当たり前で、なるべく、発見されないなら、それに越したことはない」
と考えるのが必定であろう。
だが、見てしまった以上、逃げるわけにはいかない。中が何であるかということを確認して、警察に連絡をする必要がある。
そう思って棺桶の中を覗いてみると、そこには、想像通り、人が眠っていた。薄暗い中で、真っ白い顔が浮かび上がっていて、目を開くという感じはまったくなかった。
「死んでいる」
と思うと、すぐにケイタイを取り出し、警察に通報したのだった。
警察がやってくるまでどれくらいの時間が掛かったのか。そこにじっとしていなければいけないというのは、実につらいものであった。
少しすると、パトランプが複数聞こえ、警察がやってきたのが分かったのであった。
模倣事件
警察が来るまで、少しでも精神を落ち着かせようと、その死体を覗き込んでみたが、その死体が、
「女だ」
ということに気づくまでに、少し時間が掛かった。
「死んでいる」
ということの方が先に気が付いたくらいで、だからと言って、その女の表情が、まるで、
「断末魔の表情」
というほどの恐ろしいものではなかった。
むしろ、表情は穏やかなもので、
「大往生ではないか?」
と思えるほどであった。
それこそ、
「睡眠薬を使っての自殺ではないか」
と感じるほどで、苦しんだ様子がまったく見られなかったのだ。
しかも、顔にはおしろいのようなものが塗られていて、それが、薄暗い中で、まるで砂金がついているかのように、光って見えたので、余計に、
「本当に死んでいるのか?」
と思ったくらいだった。
だから、
「死んでいる」
と感じるまでには、少し時間が掛かった気がする。
もちろん、警察に通報した時は、
「人が死んでいる」
と伝えただけで、状況に関してはほとんど話してはいない。
何といっても、この状況は、話をするには時間が掛かるということで、
「とにかく、見てもらうのが早いですよ」
とばかりに、
「百聞は一見に如かず」
ということであった。
警察が来るまで、時間的に誰かが来るということも考えにくいので、一人であろうということは想像できた。
実際に、警察が来るまでに数十分という時間が掛かったのだろうが、その間に、自分なりにいろいろ考えてみたのだ。
「この状況は、殺人事件に間違いはない。自殺をした人が、こんな派手な装飾や、舞台装置を作るわけなどない」
ということであり、それは、事故としても同じことだからだ。
ただ、この状態を表から見ている分には、死因は分からない。首筋を見ると、底には首を絞めた痕が見えるわけではなかった。しかし、それも、おしろいのようなものが塗られていて、真っ白に見えることから、何ともいえない状態だからである。
そして、もし、刺殺であるとすれば、きっと胸かどこかに、ナイフの痕というのがあるのだろうが、この通り、花束が飾られているのだから、それもよく分からないというものだ。
「おしろいにしても、花束にしても、棺桶に入れているのだから、死因が何かを隠そうという意図があったのだろうか?」
と考えてみた。
だが、第一発見者に分からないようにするだけで、通報されて鑑識が見れば、そんなことはすぐに判明するということである。
第一発見者とすれば、
「死体に触れたり、動かしたりしてはいけない」
ということは分かっていた。
これが、虫の息という状態であれば、
「何とか助けなければいけない」
ということで、起こしたり、話を聴いたりして、救急車を呼ぶという手配をするのだろうが、
「明らかに死んでいる」
ということが分かるだけに、何もできないのは、必定だったということである。
何といっても、
「第一発見者を疑え」
というのは、
「探偵小説の基礎」
ではないか?
須藤も、自分が、