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もろ刃の剣の犯罪

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 しかも、その出火によって、誰かが死んでしまうなどということになれば、それこそ、
「取り返しのつかない」
 ということになるだろう。
 それを思えば、
「誰かが責任を取らないといけないのであれば、それは自分しかいないだろう」
 と、実際に火を出したのが自分ではないという、他人事のように考えてしまうのであった。
 それでも、
「ちょっとしたことが、自分の命取りになる」
 と思えば、
「用心に越したことはない」
 ということで、
「用心をしてもし足りないということはない」
 と考えるようになり、火の元に関しては、必要以上に気を遣うようになったのだ。
 だが、一つ気になることがあると、それ以上に気になると思ってしまうのだ。だから、火の元だけは確かに必要以上に気にするようになったが、それ以外のことでも、
「神経質すぎる」
 と言われるほどになったのだ。
 高校時代までは、何を言われても、すべてのことを、
「余計なこと」
 と考えて、最初から意識することはなかった。
 しかし、その昼行燈のような、無神経なことが、逆に自分を恐ろしく感じさせるのであり、
「肝心な時に、判断ができなかったり、忘れてはいけないという肝心な時に忘れてしまっては、取り返しがつかない」
 と感じることから、
「どうすればいいのか?」
 と考えた時の結論として、
「忘れないように、日ごろから気を付けておく」
 ということであった。
 普段であれば、ここまでの結論になかなか至らないのだが、この時はさすがに、切羽詰まった状態になったことで、性根が座ったといってもいいだろう。
 それを考えると、
「事務所の電気を消し忘れないようにする」
 というくらいのことは、普通にルーティンの中に入っているといってもいいだろう。
 実際に、見上げた時、すぐに、事務所の電気が消えているということに気が付いたのだった。
 その理由は明白で、
「自分の会社が入っているビルの電気は、すべて消えていた」
 ということであった。
 というのも、
「このビルの退社で一番最後は自分だった」
 ということになるからだった。
 だが、
「おや?」
 と、須藤は思った。
「自分が最後であれば、警備版から、自分が最後の退室者なので、施錠を促す声が聞こえてくるはずなのに」
 と感じたのだ。
 その時、無意識ではあったが、
「確か、3階が、施錠されていなかったな」
 というのを覚えていたのだ。
 須藤の階は5階であった。エレベータで1階まで直通だったので意識しなかったが。1階にある警備版で、確かに3階がついているということを無意識の中で記憶していたということであった。
 しかし、気にすることはない。
「他の階が警備がかかっていないのだからといって気にしていては、自分が帰れなくなる」
 ということであった。
 そもそも、今までにも何度か、他の階で施錠せずに帰っているところがあったのを分かっているし、ひょっとすると、施錠していなかったのは、
「ちょっと近くのコンビニにでも買い物に行ったからなのかも知れない」
 と思ったのだ。
 電気だけは、癖で消し忘れる」
 ということもあるだろう。
 実際に、須藤も、
「俺も今までに、電気だけを消して出かけたこともあったっけな」
 と思ったからだった。
 問題は、自分のフロアがきちんと警備がかかっているかどうかということであり、そこは、問題がなかった。
「自分のフロアの電気はすべてが消えている」
 というのは確認済みであり、ここの警備システムは、
「一つの階のすべての事務所に警備がかかっていれば、エレベータにロックがかかり、その階には止まらない仕掛けになっている」
 ということであった。
 非常階段は、エレベーターのすぐ横にあったが、そこは、いつも施錠されていて、入ることはできなかった。
 それ以上に、非常階段は、普段から内側からロックされているので、侵入することはできない。
 何といっても、警備がかかっている以上、非常階段の問題のフロアの扉を開けた瞬間に、警備会社に通報がいくというものだ。
 しかも、防犯カメラもついているので、厳重な警備体制である。これで、鍵も持たずに、フロアロックも解除せずに、侵入することは、
「絶対に不可能」
 といってもいいだろう。
 それが、須藤の通うビルの警備システムであった。
 最初こそ、
「どうしようか?」
 と考えたが、思い悩むことなどなかった。
 前述の理屈を、瞬時に思い出したことで、歩を休めることもなく、歩みを進めて、そのまま中庭でもある、矢富公園に差し掛かり、すぐに、ビルを見上げることを辞めた。
 その時、いつものくせで。他のビルの電気も確認するのだが、その日は、気のせいか、いつもよりも少ない気がしたのだ。
 ただ、それも、
「イルミネーションの明るさで、自分の目が錯覚を起こしたのかも知れないな」
 と感じた。
 あまりにも明るすぎて、窓の明かりを見る感覚がマヒしていたのだ。
 普段は、真っ暗で夜の静寂に舞い降りた、まるで、
「蛍雪のような明かり」
 というものに、ポツンと照らされた明かりも、それなりに明るく感じるものであるが、その日は、まったくその明るさを感じさせることはなかったのである。
 ビルを出てから、公園の芝生にいくまでに、いつもよりも、
「結構早かったような気がするな」
 と思ったのは、最近寒くなったとはいえ、その日はさらなる冷たさが、震えとともに、手のひらに襲ってくると感じたからだった。
 少し歩いただけで、木枯らしが吹きすさぶようで、
「急いで通り過ぎた方が無難だ」
 と感じさせるほどだったのだ。
 実際に、ビルの谷間を風が吹きすさんでいた。
 しかも、イルミネーションが明るいことで、明るさが、そもそも温かさを運んでくるものではなく、錯覚で作られているということを感じると、
「ゆっくり歩いていると、埒が明かない」
 と感じるのであった。
「急いで通りぬけたとしても、その冷たさは、逃れることはできない」
 と感じる。
 手のひらを、まるで揉み手をするかのようにすり合わせ、
「サスサス」
 という音が、静寂の中で響くのを感じると、
「木枯らしが吹きすさぶようだ」
 と思うことで、背筋はどんどん屈んでいき、猫背にでもなったかのように感じるのであった。
「ゆっくりと歩くには忍びない」
 と思って、急いでいこうとすると、視界は、おのずと狭くなってくるというものだ。
 目の前の焦点をできるだけ狭くして、普段であれば歩くのであるが、その日は、あいにくのイルミネーションであった。
 視線を一点に向けてしまうと、まわりの明かりがいくつかのスポットライトが当たったかのようになり、複数の、サーチライトによる影が未知の凸凹に影を作るということで、まともに見ることができなくなってしまうのだ。
 それを錯覚といってしまえばそれまでなのだが、明るさを錯覚という形で見てしまうと、
「一度ひっくり返ると、立ち上がるまでが大変だ」
 というものだ。
 しかも、立ち上がるまでに、身体が固くなっているので、年というわけではないのに、
「ぎっくり腰になってしまう」
 という懸念がないわけではない。
作品名:もろ刃の剣の犯罪 作家名:森本晃次