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研究による犠牲

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「相手に攻め込ませておいて、あとから逆襲をする」
 ということで、国際的な指示を受けるというのが、常套手段ということではなかったのだろうか。
 ただ、さすがに、
「甘く見ていた部分もあっただろう」
 というのは、
「攻勢に出た連合軍が、北朝鮮軍を、北部まで追い詰めた時、参戦はしないだろうとタカをくくっていた中国の人民解放軍が参戦してきたのだ」
 それには、連合軍もたまったものではなかった。
「数百万」
 という、数にものを言わせた、
「人海戦術」
 で、攻め込んできた軍との間で膠着状態になり、結局、
「休戦協定を結ぶ」
 ということになる。
 しかも、これは終戦ではなく、休戦なのだ。
 それに、
「終戦ではなく、休戦」
 ということを言い出して、終戦に調印しなかったのは、北朝鮮側ではなく、何と、
「韓国政府」
 だったのだ。
 あくまでも、
「武力による民族統一」
 というものをもくろんでのことなのか、今でも、形式上は、
「戦争状態」
 という朝鮮半島の情勢を作り出したのは、
「韓国側だ」
 ということであった。
 ただ、その間に、日本国内では、アメリカによる、ひそかな、
「研究所の建設」
 が行われていた。
「これからは、核開発競争であったり、化学兵器の開発などで、ソ連のスパイがいつやってくるか分からない」
 ということで、
「それを日本国内に作る」
 ということになったのだ。
 それは、アメリカとしては、
「短期間に集中した研究」
 ということであり、だからこそ、
「占領ということでの、日本国内」
 というものがよかったのだ。
 だから、アメリカは、ソ連が、
「北海道がほしい」
 と言ったことに、かたくなに拒否することになったのだ。
 何といっても、アメリカは、核開発であったり、それ以外も兵器開発。特に、これからの時代ということで、今でいう、
「サイバーの研究」
 というものを行っていたのだった。
 それには、占領軍が国内に相当いて、
「占領軍の恰好をしている研究員を紛れ込ませるには、ちょうどいい」
 そのおかげで、スパイに知られることなく、秘密裡な研究ができたのだった。
 だから、
「戦後復興」
 ということで、まだまだ、バラックなどが多かった時代、大学と言っても、建物を新しく立て直すというよりも、
「がれきを修復した研究所を使っていた」
 ということで、ソ連も、
「まさかこんなところで、秘密研究の開発が行われている」
 などと思っていなかったのだ。
 だが、実際には、
「がれきをカモフラージュ」
 ということにして、地下に、最新鋭の研究所が作られていたのだ。
 戦時中、日本軍、特に、関東軍と呼ばれた満州国には、
「731部隊」
 なる、
「細菌兵器研究所」
 が存在した。
 敗戦濃厚ということで、関東軍は、その証拠隠滅に諮り、占領軍が攻め込んできた時には、一切の証拠は消滅していた。
 この時、
「東西冷戦の前哨戦」
 のような駆け引きが行われていたのではないか?
 という話があるが、
「まんざら嘘でもないかも知れない」
 と思っている人も少なくはないだろう。
 そういう意味で、
「日本国内に、秘密研究所を作る」
 というのは、その時の前哨戦がうまくいったということから、考えられることであっただろう。
 その時の研究員で、表立った研究をしてはいないが、
「ノウハウのようなものが残っている研究員を送りこむことで、さらなる研究がうまくいく」
 ということであろう。
 そして、その研究所の役割は、十分なくらいに、成功した。
 アメリカがもくろんでいたよりも、さらなる研究結果がもたらされ、決まった期間で、予定通り、この研究室から、アメリカの研究員は撤退していったのだ。
 その後は、日本政府の管轄に移り、
「国家プロジェクトを担う国立大学」
 ということで存続を考えていたが、
「いや、国家プロジェクトをおおっぽらに行うと、アメリカに睨まれることになるので、ここは、今までのような、秘密大学として残すのがいい」
 ということで、
「こじんまりとした研究専門の大学」
 ということに落ち着いたのであった。
 日本という国は、
「これまで、兵器研究などにおいて、最先端のものを作り出してきたか?」
 という意味では、
「ナチスの科学者」
 に負けず劣らずだったのかも知れない。
 ナチス研究員も、素晴らしいものがあった。
 あれだけのヨーロッパの国を、短期間で占領したナチス軍を支えたのは、ナチス政権の作戦であったり、何といっても、
「ナチスの科学力だ」
 と言ってもいいだろう。
「敗戦濃厚」
 となったところで、
「V2ロケット」
 のような。その後の、
「大陸弾道ミサイルの原型」
 と言われるものを開発したではないか。
 日本軍でも、戦争に関係あるなしに関係なく、昔から頭がいい人はいたのであり、それこそ、
「日本民族」
 というものが、いかに優れていたのかというのは、
「ヨーロッパなどのように、陸続きではない」
 ということであったり、
「江戸時代などは、鎖国をしていた」
 ということで、ほとんど、外国文化が入ってこない中で、
「オランダ文化」
 というものだけで、それ以外は、日本固有のものとして、
「平賀源内」
 のような、有名な科学者が出てきたというのは、特記に値することだといえるのではないだろうか?
 そして、開国後は、欧米の科学力や文化を熱心に取り入れ、日本独自の研究が行われ、戦時において、さまざまな成果を挙げてきた。
 というのも、
「日露戦争」
 というものにおいての、
「伊集院信管」
 であったり、
「下瀬火薬」
 など、さらには、アンテナ技術においての、
「八木アンテナ」
 などがそうであった。
 さらに、航空機開発においては、海軍の、
「ゼロ戦」
 陸軍においては、
「隼」
 などという兵器が開発された。
「ゼロ戦と、ジェット気流に遭えば、逃げろ」
 とアメリカ空軍では言われていたほどだったのだ。
 さらに、
「大東亜戦争」
 が始まった時の、海軍による。
「真珠湾攻撃」
 では、
「不可能とされたものを可能にした」
 ということであった。
 というのは、
「真珠湾の水深では、浅すぎて、魚雷攻撃はできない」
 ということであったが、
「それを最大限まで、深さがいらない新兵器魚雷を開発し、さらに搭乗員の訓練によって、その作戦の成功を高める」
 ということを行い、見事真珠湾攻撃を成功させたということであった。
「さすがにアメリカも、日本人の頭脳に対して、認めなければいけない」
 ということは考えていたことだろう。
 だからこそ、
「東西冷戦のための兵器研究を行う秘密研究所を、日本に作る」
 ということを計画したのかも知れない。
 だから、ドイツや朝鮮半島のように、
「各国の分割統治」
 という形を取らず、基本的に日本国は、
「アメリカによる統治」
 ということになったのだ。
 それも、
「日本と主に戦ったのは、アメリカとイギリスであり、イギリスとすれば、ヨーロッパに目が行っているということで、日本はアメリカに」
 と考えていることだろう。
 そもそも、アメリカの研究に対して、
作品名:研究による犠牲 作家名:森本晃次