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表裏の感覚による殺人事件

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「見逃しの可能性がある」
 ということでもあったが、
「慣れ」
 というものが解決してくれることだろう。
 メールの利点としては、
「証拠が残る」
 ということである。
 消去しない限り、
「送信元も、送信先にもメールの内容が残っているので、言った言わないの問題がなくなる」
 ということが一番のメリットではないだろうか?
 インターネットが普及してくると、今までは、分からないことなどは、図書館で専門書を探したり、
「広辞苑」
 のようなものから探すという必要があり、
「広辞苑」
 になると、結構高額なので、皆が持っているというものでもない。
 また、ホームページが発達してくると、会社案内であったり、本やCDの購入などを、ネットで注文ができるようにもなった。
 要するに、インターネットの普及は、
「商売の効率化」
「検索の素早さ」
「情報共有や、指示命令系統の徹底」
 などというところで、
「社会の機能が一変した」
 と言ってもいいだろう。
 さらに、
「パソコンの普及」
 というのは、それまで手書きだったものを、パソコンに打ち込むことで、かなりの手間や労力を節約できる。
 一つには、
「手書きだと、ちょっと書いただけで、手がしびれてきたり、ペンだこができたりということで、どうしても書ける量に限界がある」
 さらに、
「ワープロ機能」
 というものが優れているのは、もし途中で書き間違えたり、それに気が付かず先に進んでしまった場合、
「そこからすべて書き直し」
 ということなるのだ。
 パソコンなどよりも、数倍のスピードと疲労を重ねたうえで、
「間違えた場所からやり直し」
 ということになり、失望した気力を取り戻すまで、とんでもない気力、体力が必要である。
 そして、
「パソコンの利点のもう一つ」
 として、
「保存しておけば、同じものを印刷できる」
 ということである。
 もちろん、手書きでもコピーをすればいいのだが、手間から考えれば、プリンターから、印刷する方が早いというものだ。
 何よりも、パソコンであれば、当時であれば、
「フロッピー」
 や、
「CD」
 というものに保存できた。
 今でこそ、USBメモリなどがあり、かなりのデータを保存することができるが、昔のまだパソコンが普及する前の、
「ワープロ専用機」
 で、フロッピーに保存する場合は、
「フロッピー一枚で、原稿用紙一枚分の保存ができない」
 というほとであった。
 今であれば、文字ドキュメントであれば、一番要領の小さいUSBメモリーであっても、
「数千万文字」
 くらいは保存できるくらいになった。
「昔は、二百から三百文字の保存くらいしかできなかったのに」
 ということで、その発展は目まぐるしいといえるだろう。
 パソコン以外に発達したものとして、
「通信機器」
 というものがあった。
 それは、90年代を通して、いろいろ開発された。
 元々、
「携帯電話」
 なるものは、以前からあったが、それは、まるで弁当箱のような、
「大きくて重たいもの」
 ということで、持ち運びには、
「肩から掛ける」
 という、
「ショルダー型」
 のものだった。
 そこで、最初に開発された
「ポータブル通信機器」
 ということで、
「ポケベル」
 というものがあった。
「数字の羅列で、それを語呂合わせのように読むことで、まるで暗号気のような形だった」
 というのがポケベルというものである。
 爆発的に普及したのは、90年代に入ってからであったが、実際に開発されたのは、アメリカで、
「戦後すぐくらいだった」
 ということで、日本では、
「60年代後半からすでにサービスがあった」
 ということである。
「乱数表のようなものを組み合わせることで、相手に即座に伝える」
 ということで、昔でいうところの、
「電報のサービス」
 というものを、通信で行うのであった。
 まるで、昔の旧陸海軍の暗号のようではないか?
 しかし、
「爆発的な人気」
 を博し、ドラマ化もされたポケベルであったが、すぐに、
「携帯電話」
 というものが開発されたことで、すたれていったのだ。
 携帯電話には、今のスマホに繋がる、
「通常の携帯電話」
 というものと、
「安価であるが、電波の関係で、つながる範囲が限られている」
 などという諸問題があった、
「PHS」
 というものがあったのだ。
 こちらも、携帯電話にはさすがに勝てず、携帯電話だけが残ったのだが、そこからいろいろな変革があった。
 一つは、形が折りたたみ式になったりと、コンパクト化してきたことであった。最初はアンテナを伸ばして使っていたものが、
「アンテナなしでも、普通につながる」
 という機能が発達し、それだけ、社会が、
「携帯電話通信網」
 というものを備えていったということであろう。
 さらに一番の発展として挙げられるのは、
「メール機能」
 というものが付いたことだろう。
 電話を掛ける必要もなく、公共交通機関の中では、
「携帯電話での通話はご遠慮ください」
 ということだったので、
「メールで行う」
 ということが必須になってきたのだった。
 しかも、ポケベルのように、
「数字の羅列」
 のような、
「電報形式ではなく、かなりの文字数が打てるようになったのだ」
 だから、意図角メールで複数の情報を伝達できるようになり、これが、携帯電話の爆発的な普及となったのだ。
 ただ、もう一つ携帯電話が普及した理由というのは、
「自然災害時の問題」
 だったのだ。
 ちょうど90年代中盤に、
「都市直下型の大地震」
 というものがあった。
 その時はまだ、携帯電話を持っている人は、ごく数少ない人しかいなかった。
 だから連絡は、固定電話しかなかったのだ。
 だが、一気に連絡を取ることで、電話回線がパンクするという弊害があった。
 だから、ちょうど携帯電話が開発され、一般の人に普及してきたことで、
「携帯電話だったら、回線に余裕があった」
 ということで、一気に普及したというが、本当の理由だったのだ。
 だが、その15年後に、また大地震があったのだが、その時は、今度は、
「ケイタイの回線がパンクする」
 ということになった。
「結局、固定電話が、ケイタイやスマホの回線に変わっただけで、結局は同じことだったのではないか?」
 ということであった。
 そして、携帯電話も、世紀が変わってからは、
「インターネットを見たり、ゲームができたり、テレビを見たり」
 などということができるようになったのだ。
 そして、これが、2010年代になると、
「スマートフォン」
 というものに形を変えていく。
 こちらは、それまでのケイタイよりも、かなり進化したもので、
「購入商品の支払い」
 であったり、
「ナビゲート機能」
 というものであったり、
「アプリによる、SNSなどの、コミュニティもできるようになった」
 これは、
「今までパソコンでしかできなかったことができるようになった」
 ということの現れである。
 だから、今の時代は、
「スマホ一台があれば、パソコンもテレビおいらない」
 という若者が増えている。
 だから、