「過ぎたるは及ばざるがごとし」殺人事件
狂言
前述の、
「誘拐事件」
のことであるが、
誘拐事件は、その状況がまったく分からなくなるというような膠着状態に陥った。
犯人からは何ら連絡もない。
ただいたずらに時間が過ぎていくというだけで、実際に、警察も家族も、
「体力が消耗していく」
というだけであった。
当然、気力も消耗していき。誰も何も言わなくなり、雰囲気が険悪になりかかっている。
「ピンと張りつめた空気の中」
ということで、警察も、家族も、どうしていいのか分からなかった。
そして、一週間経ったある日のこと、誘拐されたはずの女の子が、一人で歩いているところを警察に保護された。
彼女は放心状態だったようで、すぐに病院に運ばれたが、どうやら記憶を失っているようだった。
身体はだいぶ衰弱しているということであったが、命に別状もなく、
「誰かに何かをされた」
という形跡もなかったのだ。
そもそも、彼女は高校生であり、幼女というわけではなかったので、
「普通の営利誘拐ではない」
と思われた。
実際には、学校の帰りから、彼女の顔を見た者はいなかったということで、家の方でも、
「娘がまだ帰ってこない」
ということで慌てたのは間違いがなかったのだが、
「警察に通報しようか?」
ということを、家族が話し合っているのを、当主である大旦那が、それを止めていたのだ。
「もし誘拐だとすれば、何か連絡があるはずだ」
ということで、最初から、
「誘拐だ」
と思い込んでいたようだ。
というのも、
「誘拐以外には考えられない」
ということであったが、実際の息子とすれば、
「事故に遭っているかも知れない」
と思い、そっちを気にしていたが、
「今まで逆らったことのない父親に逆らうのは怖い」
と思ったことで、余計なことはいわなかったが、さすがに、翌日になって、
「お父さん、事故か、何かの事件に巻き込まれた可能性があるので、警察に連絡する方がいいと思います」
と進言した。
さすがに、今まで息子から進言などされたことがなかった息子だったので、ビックリさせられたが、
「確かにそうだな」
ということで、大旦那も納得し、
「いよいよ警察に連絡しよう」
ということになった時、犯人から連絡があった。
「娘は誘拐した。助けてほしければ警察に連絡するな。そして、あとの連絡を待て」
ということであった。
「警察に連絡するな」
ということであったが、相手の声が機械で作っているものであったりしたことと、
「どうして「すぐに連絡しなかったのか?」
ということを考えると、
「相手はプロではなく、大した考えもない連中だ」
と思うと、
「警察に連絡した方がいい」
ということになった。
「娘の声を聞かせてくれ」
と言ったところ、電話口から、
「お父さん助けて」
という声が聞こえた。
しかも、それは、声のトーンを変えてはいたが、
「やけに落ち着いている」
ということを感じさせるような声だったのだ。
それを感じた大旦那は、
「警察に知らせる」
ということに、
「逆に舵を切ったのではないか?」
と息子は感じた。
だが、それからしばらく犯人からまったく音沙汰がないことから、
「警察への連絡はまずかったのかも」
と、家の人たちは皆感じるようになっていた。
「我々は娘の命さえ助かればそれでいいんだ」
と思っているのに、警察は、
「犯人逮捕」
ということを最優先にしているのかも知れないと思えば、いくら口では、
「人質の命が最優先」
とは言っていながら、
「もしものことがあった時」
と思えてならなかった、
そもそも、警察に連絡した時、
「深い考えもなかった」
と思ったのは、
「万が一」
ということを考えなかったということが引っかかったからだった。
それを思えば、
「やはり警察に知らせたのは間違いだった」
と感じているのだ。
確かに、
「警察に知らせて、人質が殺された」
という事件が今までにはいくつもあった。
だから余計に、
「万が一」
ということを考えて。必要以上に、怖がっているということだったのだ。
しかし、事件は急転直下、
「記憶を失っているが、無事に返ってきた」
ということで、一安心であった。
しかし、警察とすれば、
「人質が記憶を失うまで、犯人が何かをしたのではないか?」
と考えられて仕方がなかった。
家族には、
「お嬢さんはまだ体力的にも無理があるので、しばらく入院させます」
と病院側にいわせておいて、その間に、
「記憶をどうして失ったのか?」
あるいは、
「どうしてこういう事件が起こったのか?」
ということを調べる必要があった。
なぜなら、
「犯人も目的は分からないが、これに味を占めて、似たような犯行が起こらないとも限らない」
ということを考えるからであった。
だから、刑事としては、
「何とか、事件の真相を知らないといけない」
ということで、病院の先生に、
「家族には言わない」
ということを条件として、少しでも、記憶を取り戻させる努力をお願いしたのだった。
しかし、実際に、記憶が戻ることはなかった。
「記憶が戻るまでに、少し時間が掛かるかも知れません」
と先制がいい、
「記憶が戻らないということもあるんですか?」
と聞くと、
「それは十分にあると思います。むしろ、戻らない可能性の方が高い気がしますね」
というので、
「それはどういうことですか?」
と刑事が聞くと、
「被害者がどのような形で記憶を失ったのかというその過程にもよるでしょうが、記憶を失ったということが、何か薬物であったり、催眠術のようなものであったら厄介ですね」
という。
「どうして?」
と刑事が聞くと、
「もし、催眠術などであれば、同じ環境に身を置かなければ記憶を取り戻すことは難しいでしょうね。あとは、かけた人の手によらないと、解けないという催眠術もあったりすると言いますからね」
ということであった。
それを聴くと、刑事もさすがに唸ってしまったが、それは、
「記憶の戻らない可能性が強いか」
と思ったからで、それを察した医者も、
「あくまでも、最悪の場合ということですね、実際には、ふとしたことで思い出すということが結構あるんですよ。しかも、それは時間が経つにつれて、その可能性が高くなるかも知れないですね」
という、
「そうですか」
とあからさまに喜ぶと、
「ただ難しいのは、被害者が前の記憶を取り戻すと、まれにですが、記憶を失ってからの、つまりは最近の記憶というものを忘れてしまうということがあるんですよ、それは、あまり関心することではありませんからね」
という。
「どちらにしても、楽観は禁物だけど、悲観することもないと考えればいいですかね?」
と刑事がいうと、
「そうですね。とにかく被害者がこれから生きていくうえで、ひょっとすると、思い出すことで、苦しむようなことになるかも知れないということも考えないといけないかも知れません」
という。
「じゃあ、事件のせいで記憶を失った可能性があると?」
と聞くと、
作品名:「過ぎたるは及ばざるがごとし」殺人事件 作家名:森本晃次