「過ぎたるは及ばざるがごとし」殺人事件
確かに、遊歩道には、血痕が残っている。そして、ここで見つかったのは、刺殺死体だということ。
それを考え合わせれば、
「関係がないとはいえない」
ということになるが、話をすり合わせてみると、
「その可能性は低いかも知れないな」
ということでもあった。
先ほど、マスターと、さくらに刑事が話を聞いていたようだが、
「店に来たのは、二人とも開店30分前くらいだった」
ということであった。
その時間まで、店は完全に閉まっていて、密室になっていた。もちろん、鍵もかかっていたし、おかしいと思うところは何もなかったということであった。
それを聴いた刑事は、
「なるほど」
と答えただけで、一応、山村にも事情を聴いた。
「ええ、最初に見つけたのは、自分でした。ここで朝から絵を描くのが好きなもので、
席に座って、庭を見ながら絵を描いていたんです。座っていただければわかるように死体があった場所というのは、死角になっていて、この席からでは見えません」
と説明をした。
「なるほど、分かりました」
と刑事はそういって、その場所に自分も座って、検証してみたが、
「確かに死角になってるな」
といって、納得したのだった。
その刑事は、名前を桜井刑事といい、彼は、
「聞き込みをしたところ、誰も不審なことを言っているわけではない」
と思った。
ただ、
「何か引っかかりがあるんだよな」
という思いだけは抱いていたが、それが何か分からないまま、
「事実関係を捜査で固めていくしかない」
と感じたのだった。
そこへやってきた、
「朝出動した刑事たち」
だったのだ。
店に入ってきた刑事の一人は、
「門倉刑事」
といい、桜井刑事の先輩にあたった。
最近までは、コンビを組んでいたが、桜井刑事が、
「立派になってきた」
ということで、独り立ちさせようということになり、
「別々のコンビ」
ということで、桜井刑事は晴れて、
「一人前の刑事」
ということになった。
そもそも、桜井刑事は、署内でも、一目置かれていた。
彼は、自分で捜査してきた内容をかいつまんで理解する力に長けていて、その上、推理力も抜群だということで、彼の推理によって解決された事件も、いくつもあったというのが、実情だった。
門倉刑事も、一流の刑事であったが、
「自分にない才能」
というものを持っている桜井刑事には、素直に従っているところがあった。
それでも、門倉刑事も、今までにいくつもの難事件を解決してきた手腕があったので、
「桜井刑事だけの手柄だ」
とは誰も思っていなかった。
「二人のコンビは最強だ」
ということもあり、
「コンビ解消」
ということに賛成しない人もいたが、
「これでは、桜井刑事がかわいそう」
ということで、とりあえず、
「独り立ちさせてみよう」
ということになったのだ。
もちろん、事件解決が一番なので、前の方がしっくりくるようであれば、
「元に戻す」
というのが、上層部の考え方のようだった。
警察組織というと、どうしても、
「堅物」
と言われるところがあるが、それは誤解も若干あるだろう。
テレビドラマなどで、
「盛っている」
というところもあるようで、
「あまり、必要以上に気にしない」
という方がいいのかも知れない。
それを思うと、
「警察も、署によってかなり違う」
とも思えるだろう。
と庶民の中で、そういう目で見ている人もいると感じていた。
特に、山村は、そう思っていた。
彼がタクシーの運転手をするようになってから、特に夜間など、
「客とトラブルになる」
ということもたまにあったり、
「酔っ払いが絡んでくる」
ということも少なく無かった。
その影響で、
「警察に通報」
ということも何度かあり、
「交番で処理をしてもらう」
というのが、ほとんどだった。
中には、
「犯罪に絡んでいる人もいる」
ということから、交番から警察署に送られた人もいて、その事情聴取ということで、警察署に行かなければいけないということも少なくはなかった。
「なんで俺ばかり」
と思っていたが、そうではなく、
「他のドライバーだって似たようなものだ」
ということを、同僚ドライバーから聞かされたことがあった。
「そんなに」
と驚いてはいたが、タクシードライバーにも慣れてくると、
「ああ、夜だったら、そういうことも結構あるだろうな」
と感じるようになったのだった。
それを思えば、
「なるほど、警察というのが忙しい」
というのも分かる気がする。
昼ばかりしか分かっていなかったので、そう思っていたのであって、夜になると、こんなにも、厄介なことが多いのだと分かると、
「夜の時間があっという間に流れる」
ということが分かってきた。
この日は、昼間の勤務だが、
「夜の勤務」
ということもある。
夜は、午後五時からになるので、
「12時間勤務」
ということになる。
一日中というわけではないので、まだマシであるが、
「昼であっても、夜であっても、客が少ない時間帯、うまく仮眠ができる時間を持つということは、大切なことであった」
といえる。
「それくらいのことしても、罰は当たらない」
と思っていた。
何といっても、
「世界的なパンデミック」
というものが一段落しても、
「前の従業員が戻ってこない」
という実情は、
「疑うことのない事実」
だということである。
それを考えると、
「本当にタクシーはブラックだ」
ということになる。
そうなると、馬鹿正直に仕事をしていると、それこそ、
「バカを見る」
というものだ。
そんなことを知ってか知らずか、警察は淡々と話を聞いている。
すっかり、怯えていたさくらだったが、時間の経過とともに、落ち着いてきた。
そもそも、
「白い肌がきれいだ」
と感じていたさくらが、先ほどは、完全に土色に変化した表情だったので、
「血の気が失せた」
というのは、まさにそのことではなかったか?
と感じたのだった。
マスターは、さすがに男で、店主というだけのことはあって落ち着いている。
というよりも、
「他人事だ」
と思っていたのかも知れない。
実際に、被害者の顔を見ると、その場にいた三人ともが、
「見たことのない人です」
というのだから、刑事とすれば、
「マスターを一番に怪しむ」
というのも、無理もないことであろう。
「まさか、バイトのさくらや、その日たまたま客としてやってきた山村が犯人だ」
ということはありえない。
ただ、
「見たことがある」
という程度はあるかも知れないと思った。
特に。さくらの場合は、
「お客さんです」
という証言が取れればいいと思っていたが、質問に対して、疑うことなく、
「まったく見たことのない、知らない人です」
と答えたのだ。
それを思えば、
「それも、しょうがないか」
と思えるのであった。
鑑識がいうには、
「死後6時間くらいは経っていますね」
ということであった。
「凶器は鋭利な刃物」
ということで、
「小さめのナイフではないか?」
ということであった。
作品名:「過ぎたるは及ばざるがごとし」殺人事件 作家名:森本晃次