「過ぎたるは及ばざるがごとし」殺人事件
それは、この日に限ったことではなく、客が誰もいない時の、
「山村にとっての、ルーティン」
だったのだ。
それをさくらは、温かい目で見てくれている。その視線を感じながらゆっくり歩いていると、
「あっ」
と声にならない声を叫んだかと思うと、さくらもその異変にすぐに気が付き、
「山村さん、どうかしたんですか?」
と、さくらが、庭が見える大きなガラスのところで、金縛りに遭ったかのように微動だにしない山村を見ながら近寄ってきた。
その視線を表に向けると、彼女も、
「あっ」
と叫んだかと思うと、山村に倒れこんでくるようだった。
山村の視線の先に気が付いたさくらだったが、最初は倒れこんで、気を失いそうになっていたが、すぐに気を取り直して、
「マスターを呼んできます」
といって、奥に入り込んだ。
すでに、我に返っていた山村は、それでも視線をそらすことができず、ずっとその方向を見ていた。
その方向にあるのは、黒い物体だった。
いや、黒く見えたのは最初だけで、よく見ると、その塊は人間だったのだ。その庭に誰が入り込んだのか、微動だにせずに、丸くなって、そこにたたずんでいる。
そしてよく見ると、その丸まったものから、何か黒い液体のようなものが流れているのか、対照的に白い小さな石が、日本庭園を彩るように敷き詰められている中で、余計に黒く見えたのだが、冷静になって見ると、
「それは血ではないだろうか?」
ということが分かってきた。
そこまでくると、
「死んでいる」
ということは分かったような気がした。
マスターがすぐにやってきて、同じように、
「あっ」
と声を挙げたが、さすがにさくらから事情は聴いているようなので、すぐに、
「警察と救急車」
といって、自分で、連絡を取っているようだった。
それから、三人は、その場で立ちすくんでいたが、さすがに、開店している場合ではないので、マスターは、入口に行って、開店の札を、
「準備中」
に変更したのだった。
誰も客がいなかったのは、不幸中の幸いだったが、完全に店の雰囲気は一変してしまったのだ。
警察が来るまでにそれほど時間はかからなかった。刑事が死体を見て。
「ダメだな」
というと、署に連絡をし、至急で鑑識を呼んだようだった。
目撃情報
その少し前くらいだっただろうか。今お店に駆け付けてきた警察署に、
「110番」
が掛か二時間くらい前だっただろうか、その時は緊急連絡ではなかったが、おかしな通報があった。
というのは、その場所が、池を回る公園の遊歩道で、
「何か黒いものがある。どうも血痕のような気がする」
というものであった。
ちょうど、時間的に六時過ぎくらいということで、夜も明けて、明るくなってくるくらいの時間だった。
しかも、朝日が昇ってくるところなので、角度がある。
その角度があるせいか、
「その黒くなった血痕というものが、盛り上がっているようだったので、余計に目立ったようだ」
ということで、普段なら気にしない散歩者だったが、さすがに通報に思い切ったのだった。
警察がやってきて、鑑識が見たところ、
「確かに、血痕のようですね」
ということだったので、付近の聞き込みと、捜索が行われた。
「池に落ちてるんじゃないか?」
ということで、池の近くを見てみたが、その血痕が、数か所あるようで、しかも、それが途中で消えているのが不思議だったのだ。
そこに死体が放置されていたりするのであれば分からなくもないが、なぜ、死体がそこから消えたのかが分からなかったからだ。
警察は付近の捜索をしたが、山村が立ち寄っているカフェからは、数百メートル離れているので、そこまで捜索の範囲を広げることはなかった。
何といっても、血痕であることに間違いはないが、動いているということは、少なくとも、
「移動できたということは、少なくともそこまでは生きていた」
ということなので、今、
「生きているのか死んでいるのか分からない」
ということである。
ただ、そうなると、
「一刻も早く、その人を見つけないと」
ということになる。付近を一度封鎖して、
「一刻も早くの捜索」
を優先した。
ただ、まずは、目撃者捜しだった。
血痕を発見した人が、この状況から、
「詳しいことを知っている」
というわけはなさそうだった。
となると、ここは、散歩コースということで、
「すでに何かを知っている人がいるとしても、その人は、この場にはいないだろう」
ということになる。
朝から必死で捜索に入っていたが、なかなか死体はおろか、血痕が消えてからの足取りが皆目分からない。
「まるで狐につままれたような事件だ」
ということだった。
もちろん、付近の病院も捜索された。
ちょうど、公園を出るあたりに、大きな総合病院がある。
そこは、近くの大学の附属病院で、救急も備えていた。
「あの病院に駆け込んだか、治療を受けているかも知れないな」
ということで、刑事が、聞き込みにいったが、
「昨夜からということであれば、救急が二件ほどありましたが、救急搬送された人ばかりで、その二人も、この近くということでもなく、外傷を追ったひとではなく、発作による救急搬送でした」
ということで、無駄足に終わったかのようだった。
しかし、その捜索が終わり、病院から出てきたその時、何やらパトカーが来ていたのだ。
時間としては、すでに八時半を過ぎていた。
付近の捜索に重点を置いていたので、思ったよりも時間が過ぎていたようで、さすがに刑事としても、
「そんなに時間が経っていたのか?」
と感じていたのだった。
ちょうどその場所というのは、山村が立ち寄るカフェのところだったので、勘のいい読者の方は、
「それが、マスターが呼んだパトカーだ」
ということを察していただけたことであろう。
「表に止まっているパトカーが数台、そして、パトランプが消えていない」
というのを見ると、
「ただごとではない」
と思えた。
それを感じた一人の刑事が、
「行ってみよう」
と思い立ち、やってきたのだった。
救急車も一度来たのだが、
「すでに死んでいる」
ということだったので、消防署に帰っていった。
そして、警察が鑑識を呼んだので、ちょうど、その鑑識の車が入ってきたので、
「いよいよ、ただごとではない」
と感じさせられたのだ。
刑事が、店の中に入ると、
「これは一体」
ということで、見かけた刑事に声を掛けた。
「ご苦労様です」
ということで、二人は事情を話しあった。
通報を受けてやってきた刑事は、早朝に、
「何かの通報があって、出かけていった」
ということは知っていたが、詳しいことは聴いていない。
といっても、その詳しいことがまったく分かっていない状態なので、待機の刑事が分かる範囲というのは知れていた。
だから、
「朝出かけていって刑事が、ここにどうしてきたのか?」
ということが分かるはずもない。
お互いに話をしたが、あとからやってきた刑事がいうには、
「関連性はないんだろうか?」
ということであった、
作品名:「過ぎたるは及ばざるがごとし」殺人事件 作家名:森本晃次