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蔓延と慢性

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「犯罪にならなければ、迷惑行為でもしてもかまわない」
 と思っているのだろう。
 それがストーカー行為というもので、当時は、取り締まるだけの法律はなかった。
 何しろ、
「いきなり犯罪として増えたことだった」
 ということだからである。
 社会問題となると、それに対応する法律の整備が、急務ということになる。
 ストーカーというものが、法整備の対応となると、今度は、
「個人情報保護」
 という問題も絡んでくるようになるのだった。

                 自粛警察

 そもそも、
「ストーカー問題」
 というものと、
「個人情報保護」
 という問題は、相対するものであり、一歩間違えれば、
「交わることのない平行線だ」
 といえるだろう。
 そもそも、
「個人情報保護」
 というものがどういうことから発展したのかというと、前述の、
「サイバー詐欺」
 のようなものである。
 勝手にパソコンに入り込んで、情報を盗み出したり、逆に、ストーカーに狙われないように、
「個人を特定できる」
 ということはできないようにするのが、目的だということであるが、逆に、
「ストーカーをする人間からであっても、警察に対して、個人情報を盾にいろいろ拒否もできるだろう」
 というのは、今のように、
「ストーカー防止法」
 というのがなかったからだ。
 ストーカー防止法というものができてくれば、ストーカーに、
「個人情報保護」
 というものを盾にはできなくなるだろう。
 それを思うと、今度は逆に、
「個人情報保護を理由に、ストーカー行為を処罰もできたりする」
 ということになる。
 ただ、それでも、警察の力にも限界があり、
「ストーカー殺人」
 というのが後を絶えないというのも事実であり、それを、果たして、
「恋愛のもつれ」
 といえるのかどうか。
 元々ストーカーというのは、
「勘違いから始まっている」
 といってもいいだろう。
 中には、
「女性がその気にさせた」
 ということをいう人もいるだろうが、ごくまれにそういう相手をその気にさせることが目的という女性もいるだろう。
 それ以外でも、
「仕事上のリップサービス」
 というのもあるだろう。
「キャバクラや風俗」
 などであれば、
「リピーターになってほしい」
 ということで、リップサービスをするのは当たり前だ。
 というのも、そもそも、そういう風俗というのは、
「楽しい時間を、お金で買う」
 というのがルールになっていて、中には、
「コミュ力に欠けるので、女の子とまともに話ができない」
 という人が、女の子と一緒にいても、緊張しないということで、お金を使うという人も結構いるだろう。
 そういう男性のために風俗はあるといってもいいわけで、
「童貞を失うという儀式」
 を、風俗嬢にお願いするということも、悪いことではない。
 逆に、
「風俗嬢に相手をしてもらったことで、女性に対して自信が持てるようになった」
 という男性だっていることであろう。
 風俗をまるで罪悪だとでも言わんばかりの人は、きっと、
「男性が頼りないから」
 と思う人もいるだろう。
 あるいは、こちらも、
「昔から言われてきたことであるが、世紀末から、世紀をまたぐ形で問題となり、今ではいろいろと完全されてきた」
 ということに、
「男女平等」
 という問題がある。
 それが、今の、
「男女雇用均等法」
 というものに結びついてくるわけで、そもそも、昔は日本だけでなく、古代から、世界の風潮として、どうしても、
「女性蔑視」
 というものが蔓延ってきた。
 それが、近代になり、選挙などでも、
「女性の参政権」
 という問題から、
「女性差別に対しても問題視してくる」
 ということになったのである。
 女性の参政権が認められると、女性の社会進出も増えてきて、外国では、軍に、
「女性部隊」
 というのも、できてきたのだった。
 今でこそ、日本でも、女性自衛官もいれば、女性警察官もいる。
「女性政治家を4割にしよう」
 という目的を政府が掲げるほどに、
「いろいろなところに、女性進出」
 というものが現れてきたのだ。
 そんな時代になったからなのか、いい悪いというのは別にして、作者は、
「寂しい」
 という思いが強いのだが、
「名称が変わってきている」
 ということが気になっているのだ。
 例えば、
「スチュアーデスというものが、客室乗務員を著す、キャビンアテンダントと呼ばれるようになったり」
 あるいは、
「婦警が、女性警察官」
 さらには、
「保母さんが、保育士」
「看護婦が看護師」
 である。
「名前まで変える必要があるのか?」
 ということであるが、これではまるで、大日本帝国時代の、
「大東亜戦争時代」
 というものを思い起こさせるというものである。
「敵の言葉」
 ということで、
「英語を使ってはいけない」
 というようなことである。
 ただ、これは、今まさにこの時代においても、このような、
「悪しき習慣は残っている」
 というもので、ちょうど今戦争をやっているところで、本来であれば、中立にしなければいけないはずのものを片方に加担してしまったために、
「今まで習ってきたのは、敵の発音からきている言葉だ」
 ということで、勝手に呼び方を変えてしまった。
 つまりは、
「教科書には、前の言葉で乗っているので、皆前の言葉で覚えているし、試験勉強をする時は、教科書をそのまま覚えるから、前の発音で回答もするだろう」 
 ということである。
 だとすると、
「テストの回答で、変わってしまった発音でないと不正解などというバカげたことになるのではないだろうか?」
 と思えるのだ。
 さすがに、
「両方正解」
 ということにするのだろうが、何を今、そんなややこしいことを早急にしなければいけないというのか?
 そもそも、片方に加担するというのは、国際法上許されることなのだろうか?
「加担するといっても、軍を送るわけではない」
 というかも知れないが、あくまでも
「金を送る」
 ということだから、そのお金をいくら、
「人道支援に使ってもらうため」
 といっても、結局は、
「武器弾薬に消える」
 ということである。
 つまり、本当であれば、
「即時停戦」
 ということにしなければいけないのに、金をやって武器を買わせることで、戦争継続を支援しているということになるわけである。
 これが、
「平和主義国家」
 のやることであろうか?
 もちろん、戦争をしている敵対国からすれば、
「日本も敵国」
 ということになる。
 そうなると、
「いつ攻撃されても、文句はいえない」
 ということになるという簡単なことを、政府は分かっていないのだろうか?
 要するに、
「国民を犠牲」
 あるいは、
「盾にして、自分たちの売名に一役買わせよう」
 ということになるのだろう。
 何といっても、
「送った金」
 というのは、元々は、政治家のポケットマネーでもなんでもないのだ。
「国民の義務」
 ということで憲法に規定がある、
「血税」
 というものではないか。
 つまり、
作品名:蔓延と慢性 作家名:森本晃次