三つのわだかまり
「この状況、何かのデジャブを感じる」
と思ったのだ。
それが何かというと、以前にも感じたことがあるというもので。それが何だったのかということが思い出せないくらいであった。
そして、しばらく考えてみると、今度は、
「あ、あの時の」
と思うと、それがまるで昨日のことのように思い出させたのであった。
それは、
「万引きをした時、店長に対して感じたことだった」
というのを思い出したのだ。
「そうだ、あの時、店長は、俺が無表情だったことで、次第に怒りを燃え上がらせたんだっけ」
ということだ。
ということは、
「今の俺も無表情だということか?」
と感じたが、
「いや、そんなはずはない」
と思った。
なぜなら、顔の筋肉が、
「微妙にびくびくしていて、それが緊張している時の筋肉痛に似ている」
と感じたのだ。
緊張が少しひきつったかのように思えて、逆に笑っているつもりでも、無表情を作り上げているのかも知れない。
「そんなバカな」
と感じたその思いが、次第に変わってくるのを感じた。
しかも、それがあっという間のことで、さらにその時に感じたのが、
「階段グラフ」
のイメージだったのだ。
それが、また、
「昨日のことのように思い出せる」
ということから、
「俺の今の精神状態は、一番何かの判断をするのに、うってつけの状態なのではないだろうか?」
と感じたのであった。
それを思うと、
「こいつの口車に乗ると、ヤバいことになるかも?」
と感じたのは、
「清川という男が、よからぬことを考えている」
と感じたからだった。
「これだけ金回りがいいというのは、何か詐欺のようなことでもしているのではないか?」
と感じた。
盗みのようなものであれば、そんなに派手な格好をするということは考えられないと思ったからで、
「なぜ、そう感じたのか?」
というのも、自分では分からなかった。
しかし、
「昨日のことのように感じたから」
ということで、さらに思い出してみると、
「あ、俺、中学時代に、万引きしたんだった」
と、まるで他人事のような感覚が思い出されたのであった。
中学時代の万引きを思い出していると、一緒に思い出したのが、佐久間巡査部長だった。
「あの警官、元気にしているかな?」
ということを思い出すと、
「この清川の話、絶対に乗っちゃいけないな」
と感じたのだ。
まだ何も話していない状態で、そこまで感じると、清川の方でも、こちらが何を考えているかということを探っているかのようだった。
まったく疑いをもたれないということを感じているとは思えなかった。
というよりも、
「疑いを持ったうえで、それを最初の段階として、そこから切り崩す方が、却ってどこをえぐればいいのかということが分かってくるので、攻めやすい」
ということになると、清川が考えているのではないか?
と思ったのだ。
西島は、今では、佐久間巡査部長の顔を思い出せる気がした。
そう思うと、
「自分が佐久間巡査部長の立場で、目の前にいるのが、10年前の俺ではないだろうか?」
と感じられたと思うからこそ、佐久間巡査部長の顔が思い出されたのだ。
しかし、考えてみればおかしなもので、
「自分が佐久間巡査部長になっているのに、顔が思い出せるって変だよな」
と思った。
何か、鏡のような媒体でもなければ、その顔を見ることができないのにである。
と思うと、
「俺の目は自分の身体を離れて、目の前の清川の目になっているのではないか?」
と感じられた。
ということは、
「もし、清川を変えてやることができるやつがいるとすれば、それはこの俺しかいないのではないか?」
ということであった。
今までに、
「目の前にいるやつの目線で前を見る」
などということができるわけはなかった。
「きっと何かの力が働いているのではないか?」
と考えるのであった。
「俺やっぱり、その話には乗れないわ」
といって、話を完全に一蹴した。
というのは、
「もし、話を聞いてしまってから断るということであれば、もし、これが何かの組織がかかわっているということであれば、まずいだろう」
と考えたからだ。
話を聞いてしまってからでは断ることができない。
なぜなら相手は、自分たちの企ては、他に漏れるということを一番嫌うからだ、
それは当たり前のことで、そうなると、
「脅迫してでも、仲間に引き入れる」
ということになる、
「警察に駆け込まれでもすれば、溜まったものではない」
ということで、それなら、
「もうお前は共犯だ」
ということにしてしまえば、相手は、
「決して警察に駆け込むようなことはしない」
と思うからであろう。
だから、
「断るなら今しかないんだ」
ということであった。
だが、こちらが、一蹴したことで、最初は怒りに震えていたようで怖かったが、次第に落ち着きを取り戻し、さらに、こちらの向かってほほ笑みかけているようだった。
それを見ると、今度は違った意味での恐怖を感じたのだが、それが、こちらを焦らせる結果になった。
やつは、完全に微笑んでいた。
それは、余裕のある笑みで、どこか勝ち誇ったかのように見えたのだ。
それがどういうことを意味しているのかというと、
「ヘビに睨まれたカエル」
といってもいいだろう。
ただそれだけではなかった。
「ヘビはカエルを食べる。カエルはナメクジを食べる。ナメクジはヘビを溶かしてしまう」
という、いわゆる、
「三すくみの関係における、カエル」
のような気がした。
ただ、この場合は、もう一人、それぞれが襷にかかったかのような形になる必要があるということである。
それが、誰なのかということが、すぐには分からなかった。
そして、それが誰なのかということが分かった時、完全に思い出したその顔が、佐久間巡査部長だったのだ。
「ここに佐久間巡査部長がいてくれたら」
と思ったが、それはどうやら叶うことではないことのようだった。
それを一番よく知っているのが、目の前にいる清川ではないだろうか。
これは無意識だったのだが、ふと清川の口から、
「佐久間さん」
という言葉が聞かれた。
そう感じると、今まで、清川の目になって、自分を見たその時に感じたのが、佐久間巡査部長の顔であったということから切り離されて、
「いや、元の自分に戻って」
目の前の清川を見たのだった。
「佐久間さんって、誰のことだ?」
と聞くと、
「佐久間さんというのは、俺を助けてくれた警官のことだよ」
というのだった。
「えっ?」
と呟くと、
「いや、お前には関係のないことだ」
と一瞬我に返ってそう答えた。
我に返って答えたはいいが、普通であれば、まったく記憶にない状態で我に返るということではないかと思うと、
「お前には関係ない」
ということは、意識しているということになるんだろうなと、不可思議な感覚に陥ったのであった。
大団円
佐久間巡査部長と、清川がどういう繋がりなのか分からない。