洗脳の果てに
というくらいに夫婦喧嘩に対しては、感覚がマヒしていたといってもいい。
要するに、
「すでに家庭は、崩壊の危機に来ていた」
といってもいい。
父親との確執がある以上。桜井に、
「父親を擁護する」
という気持ちは欠片もなかった。
「母親が大好きだ」
という気持ちがあったわけでもない。
それでも、
「父親よりもマシ」
ということで、両親の確執が決定的になったのが、中学に入った頃だったのだ。
「世間ではよくあることだ」
と言われ、二人は、離婚ということになった。
「どちらにつくか?」
ということになったが、そんなものは桜井にとって、いうまでもなかった。
「お母さんについていく」
ということだったのだ。
何とか、高校までは卒業することができ、そこから、就職することになったが、
「就職先で、人を殺してしまう」
という不幸に見舞われた。
母親は相当なショックだっただろう。
「執行猶予」
がついても、精神的には追い詰められていたようだ。
すぐに身体を壊し、入院した。
それを、
「ただの疲れから」
と思っていたが、実際には、
「不治の病」
に犯されていたのだった。
それを知った母親は、
「このままではダメだ」
ということで、桜井に対して、
「今まで秘密にしていたことがあって、これは墓場まで持っていこうと思っていたんだけど」
ということを最初に断ったうえで、話をした内容というのが、桜井にとっては、
「ショックなことではあったが、今までの疑問などが分かる」
ということであった。
というのは、
「自分が、両親の子ではない」
ということであった。
というのは、
「実は取り換えられた子供だった」
ということであった。
母親も最初は信じられなかった。
しかし、それが行われたのは、病院のベッドの中でのことで、
「実は、その頃、赤ん坊の取り換えを行うという組織があった」
というのだ。
それは、復讐の一環だということなのだが、その理由としてあったのが、
「父親が不倫をしていて、その清算をしたつもりだったのを、相手の女がどうしても、
「自分が捨てられた」
ということで、プライドがズタズタにされ、それでも、表向きは、
「円満に別れた」
というそぶりをしたのだという。
しかし、あとになってから、かなりの後悔が襲ってきたという。
そのせいで、彼女は、いつしかその組織を知り、彼らに、
「赤ん坊の取り換え」
というのを依頼したということだ。
復讐するには、ちょうどいいやり方だったのだ。
父親を殺すまでの気持ちはなかったという。
自分を捨てた男に、こちらが、
「殺人罪」
を負ってまで復讐するに値する男ではないということだ。
それに、それほどたくさんのお金がかかるわけではなかった。
父親からふんだくった慰謝料くらいで何とか依頼料は賄えた。
「それが高いのか安いのかは分からない」
ということであったが、精神的に後を引きずらないくらいの復讐はできそうだということであった。
だから、それを実行してもらった、
しかし、彼女はそれだけでは、復讐は完成しないと思っていた。
というのは、子供がある程度成長してから、女は、
「その子は自分の子だ」
と言い出した。
もちろん、そのことは男には言っていない。というのは、犯人の本当に復讐したかった相手が、母親だったからだ。
男に対しても、復讐心があった。
それは、赤ん坊を取り換え、家族をめちゃくちゃにしたということで、ある程度の留意が下がったからだ。
しかし、桜井は、
「母親は別にいるが、父親とは血のつながりがあった」
にも拘わらず、性格が合わなかった。
それだけ、父親が、
「自分から見ても、理不尽な男だった」
ということで、
「最悪な男だった」
ということになるのだろう。
そんなことを考えていると、桜井は、自分の境遇からか、
「子供が取り換えられた」
という相手であれば、分かるようになってきた。
少年の頃の桜井の特徴は、
「物心つく前から、相対することや正対することへの意識があった」
という思いであった。
その思いを持っている人が、手島グループには一人いた。それが、手島俊太だったのだ。
桜井は俊太のことが分かっているつもりでいたので、その時、
「こいつは、俺と同じ境遇なのかも知れないな」
と思った。
そこで、世間話の時、それとなく、
「昔の記憶で、正対するものとか相対するものを分かっていたりしなかったか?」
というと、俊太は、
「そうそう、そうだった」
というのだった。
この組織は、普段は、組織の長である手島俊太に対して、ため口でも構わないというところがあったので、実際に詐欺を行う時は、シビアだったが、普段は風通しがよかったのだ。それが、
「社員が辞めない」
という理由でもあったのだ。
桜井は、確信した。
しかし、それを俊太に告白するつもりはなかった。
それこそ、
「墓場まで持っていこう」
と思っていたからだ。
だが、母親が死んだことと、その後で、
「正当防衛には近い状態で、しかも、彼女を助ける」
という状況にあったにも関わらず、罪に問われ、しかも、会社を追われることになったことで、
「自業自得」
とは思ったが、
「墓場まで持っていくのは辞めておこう」
と思ったのだ。
そこで、桜井は、彼の親に脅迫めいた連絡をしたのだ。
何と、桜井は、
「俊太が、昔誘拐された」
ということを知っていたのだった。
それを聴いたのは、何と、俊太の口からだったという。
どこから俊太がそれを聴きつけたのか分からなかったが、俊太はなぜか知っていたということで、その時に、桜井はことの真相が分かった気がした。
つまり、
「取り換えられた相手というのが、俊太ではなかったか?」
ということであった。
大団円
誘拐事件というのがあったにも関わらず、その事件は、別に営利誘拐ではなかったということだった。
「誘拐には、二つの動機が考えられる」
ということは桜井には分かっていた。
「一つは、身代金目的、そしてもう一つは復讐だった」
ということである。
桜井の両親が、なぜ手島一族に恨みを持ったのかということは分からなかったが、ただ、母親が、
「手島一族の家政婦をしていた」
ということは分かっていた。
その時に、強引だったのか、和解の上でのことだったのか?
もし、和解の上であれば、いくらかお金を積んでのことだったのだろう。
そこで、母親は懐妊した。
ただ、子供は父親の子供ではない。そこでムラムラときた母親は、後先を考えずに、
「復讐」
ということだけを思い、犯行に及んだということだった。
実行には、組織を使うことをしたのだった。
「どうせ死ぬんだから」
ということで、ここでも、母親の性格から、
「後先考えないところ」
で、この世に、自分が未練を残したくないということで、告白したのだった。
桜井は、根っからの
「ワル」
というわけではない。
ただ、母親の血を引いていることで、
「後先考えない」
というところがあった。