いたちごっこの堂々巡り
その郵便が届けられたのは、昨日の夕方近くだったという。それからは、郵便受けに取りに行ったとすれば、新聞配達が入れたくらいで、その新聞を取りに行った時に、初めてその怪しげな封書が見つかったのだという。
そこで、家政婦が、
「奥様」
ということで、奥さんにまずその封書を届けた。手書きで書かれていて、それもわざと汚い字で書いていて、ギリギリ読める程度の崩し字になっていた。
それを見た時、刑事は、
「いや、わざと崩したのではなく、本当に下手なのかも知れない」
というと、他の刑事が、
「まさかとは思うけど、崩し字の研究でもしていたのかも知れないですね」
ということをいうのだ。
ということは、
「この犯人は、ひょっとすると、字は結構うまいのも知れないですね」
ということで、
「どちらにしても、もし、これがわざとであろうがなかろうが、そこに、何かの作為があるとすれば、結構頭のいい奴かも知れない」
ということになった。
何しろ、
「いつ入れたか分からない」
という焚書を、気づかれずに玄関先に、投函できるだけの能力があるからだ。
実際に、防犯カメラを見るかぎり、そこに、おかしな奴の姿が映っているわけではなかった。
それを見ると、
「やっぱり、海千山千のやつかも知れないな」
と考えてもよさそうだった。
よく見てみると、確かに、玄関先の防犯カメラを見る限り、誰も近づいた人はいない。
さすがに、この家の防犯カメラは、暗い時であっても、しっかり判別できるように、
「暗い時は、防犯カメラが赤外線に切り替わるようになっている」
ということだったのだ。
それを思えば、
「これだけの設備をかいくぐって、よく、ポストに放り込めたものだな」
と刑事は感心していたが、一人の刑事がふと、おかしなことを言い始めた。
「これって、まさか、狂言誘拐ではないですかね?」
とポロっといったのを聞いて、他の刑事が、
「何をいきなり。ご家族に聞かれたらどうするんだ?」
という叱責を受けたが、そういった刑事も、実はそれを感じていたようで、
「ああ、やっぱり、そういうことも考えられるのではないか?」
と感じたのだろう。
それを思えば、
「よし、ちょっと、俺たちは捜査本部に戻ろう」
といって、現場に半分以上の刑事を残して、3人で、本部に戻った。
本部でも、
「犯人がなぜ動かないんだ」
としびれを切らしているところに、手紙が舞い込んだという話は聞かされていた。
ただ、内容は、
「警察が動いているので、それを何とかしろ」
ということであった。
どこで見ていたのか、犯人は、やはり少なくとも、近くにいるということは、これで分かったというものである。
「警察が、必死になっているのに、犯人は嘲笑ってやがるんだ」
と、捜査本部に詰めている主任が、いつものような汚い口調で、吐き捨てるように言った。
普段であれば、他の刑事はその口調を聞いて、
「苦虫を?み潰したかのようだ」
と思うのだろうが、その時はそんなことはなかった。
どちらかというと、皆、
「気持ちは同じだ」
という意味での、悔しそうな顔を浮かべ、主任を睨む人は一人もいなかったのだ。
それを感じた、元ってきた三人は、
「本部長。どうも何かおかしな気がするんですよ」
と、三人の中で一番最高齢の刑事がそういった。
どうかすると、主任よりも年上ではないかと思える。
ただ、それだけ老けているというよりも、イメージ的に、
「ベテラン刑事」
という雰囲気で、昔の年功序列であれば、部下はどちらについていいのか困るくらいだろうが、今の時代では、
「主任につく」
というのが正しいのであって、
「主任が、第一線では一番だ」
ということになるのであった。
ただ、実際に、口調が下品なところがあって、他の刑事も若干困っているところがあった。
「本来なら、市民に愛されるはずの警察なんだけどな」
と、まるで、昭和の刑事を彷彿させるその態度に、数人の刑事は、
「手を焼いている」
という気持ちだった。
しかし、警察というところは、
「本当にどうすればいいんだ?」
とこの事件に関して感じていて、そんな状態が数日も続けば、
「いい加減にしてくれ」
と皆思っていることだろう。
誘拐事件というのは、とにかく、相手が動いてくれないと、どうすることもできない。
犯人が、誘拐したということは分かっていた。
これは、実に早く、届けられたものだったのだが、それは、USBメモリだった。
そこには、ビデオにとられた画像が張り付けられていて、そこには、
「誘拐された子供が縛られてい釣っていたのだ」
場所はどこか分からない。
どこかの倉庫なのか、コンクリート張りのところで、まわりに何があるのか分からないようなところで、家族はそれを見て、
「こんな劣悪な環境に息子を閉じ込めるなんて」
ということから、
「早く助けてあげないと」
と両親は、そのことばかりを言っているのであった。
それを見て、刑事も労うように、
「はい、我々もできるだけ努力しますから、お待ちください」
としか言えなかった。
もちろん、両親にも、その場所に特徴がないかということを何度も見直したのだが、それらしい特徴は見つからない。
それだけを見ても。
「これは犯人からの挑戦かも知れない。あいつは、バカな警察や家族に、自分たちの場所が分かるわけはないとタカをくくって、わざわざこのUSBを送り付けてきたのかも知れない」
と感じたのだ。
それが、
「何といっても、犯人の作戦ではないか?」
と考えると、
「どうすればいいんだ?」」
としか思えなくなったのであった。
そこで、現場から帰ってきた刑事三人は、副本部長を捜査本部から少し別室に招いて、話を聞いてもらった、
普段であれば、このピリピリとした捜査本部から、副本部長とはいえ、そう簡単に誘い出せるわけではなかったが、三人のうちの一人の刑事が、
「すみません、少し聞いてほしいことがあるんですが」
というと、それが分かったのか、言われると、そそくさと、
「それじゃあ、皆にバレないように」
と、副本部長も言って、少し離れた会議室に入っていった。
そこには、
「使用中」
という札にしておけば問題ない。
そもそも、最初に、
「会議室の使用予定は、リサーチ済」
だったのだ。
三人の中の一人に、そういうことには聡い人がいて、
「事前準備をやらせれば、彼に敵うものはいない」
とまで言われている人だったのだ。
それを考えれば、会議室を抑えることくらいは、何とでもなるというものだった。
「ところで話を聞かせてもらおうか?」
と副本部長はいった。
「副本部長は、どこまでこの事件を承知しているんですか?」
とまず、本部の事情を聴きたいということで話を聞いてみた。
今回の捜査本部の中で、それを聞き出すのに一番の適任が副本部長だったというのも、「他の部屋に呼び出す相手を誰にするか?」
ということを、考えないで済んだといってもいいだろう。
とにかく、
「誘拐事件というのは、人質の命が大切だということもあるので、迅速な行動が不可欠である」
作品名:いたちごっこの堂々巡り 作家名:森本晃次