時代背景の殺人事件
などというものはほとんどなく、完全に、
「わがままだった」
といってもいい。
下手をすれば、
「被害妄想気味だ」
といってもよかっただろう。
母親とテレビのニュースを見ている時、父親が仕事から帰ってきた。
リストラには遭ったが、半年後くらいに、何とか就職が決まり、
「運よく」
といってもいいのか、正社員で働けるようになっていた。
しかし、給料は以前に比べて、半分ちょっとであったが、それも致し方のないことで、「他の会社で普通に勤めている人たちも給料を、2,3割カットされ、ボーナスも支給がない」
という状態だったのだ。
だから、父親は、リストラをされての再就職だということで、これでも、まだありがたいことなのかも知れない。
そのせいで、家では完全に、
「威厳」
などというものはなくなっていた。
しかし、そもそも、
「威厳」
というものだけが、父親の生きがいのようなものだっただけに、家族と顔を合わせられないと思いながらも、そのストレスは相当なものだったのだろう。
そこで、ちょっとしたことで怒り出すことも多かったのである。
そんな時、ちょうど、ニュースで、ある事件のことを話していた。
「父親が、子供を虐待している家庭で、それに耐えられず、子供が父親を殺傷した」
という事件であった。
それを聞いた母親と康人は、
「ひどいことをするわね」
と言い合っていた。
父親は。
「殺した息子」
のことを、
「ひどいことをする」
といっていたと思っていた。
父親も帰ってきてから、そのニュースを最初から見ていて、事情は分かっているはずだったので、
「さすがに、おやじも、この父親の肩を持ったりはしないだろう」
と思っていたので、平気で話をしていた。
そんな時、ニュースで明らかになる父親の虐待の数々を聞いていて、康人は、
「堪忍袋の緒が切れた」
というべきか、
「この父親、血も涙もないやつだ。殺されても当然だな」
と口走ってしまったのだ。
ひょっとすると、父親が聴いているのを分かっていて。わざと無意識に口走ったのかも知れない。本人も一瞬分からなかったくらいだ。
だが、あとから思えば、
「わざとだったんだろうな」
と思ったのだから、それだけ父親に対して言いたいことが、山ほどあったということであろう。
しかし、それを聞いた父親は逆上した。
「人が死んでるんだぞ。殺されて当然とはどういうことだ」
と大声を挙げた。
しかし、康人はそれを聞いて、まったくびっくりはしなかった。
「ほう、意外だな」
と一瞬だけ思った。
それは、
「権威がなくなったくせに。よくそんなことが言えるんだ」
と思ったからで、怒りの感情が湧き上がることは分かっていた。
分かっていていったといってもいい。
それなのに、
「あのおやじの声にしては、小さいな」
ということで、まったく威圧を感じることもないし、当然、威厳も何もない。
それこそ、
「ただ、負け犬の遠吠え」
にしか聞こえないというものだ。
何に負けたのかというのは、
「絶対に本人には分かるはずはないだろうな」
ということで、
「どうせ、おやじは、目の前に鏡があっても見ようとしないんだろうな」
ということであった。
そう、負けたのは自分にであって、そのことは百も承知のはずで、
「結局、それを認められないだけなんだ」
ということであり、
「おやじの威厳など、地に落ちたというものだ」
と感じたのだ。
「時代が変わった」
ということであるが、
分かっていても、それを受け入れることができるかどうか。
受け入れることができるのであれば、新しい時代を生きていけるのであろうが、今のまま受け入れられないのであれば、
「もうこのままなんだろうな」
と思い、康人は、
「このままに違いない」
と思っていたが、まさか、こんに早く結論が出るとは思えなかった。
康人は、
「父親が死んでも悲しくはないだろう」
と思っていた。
確かにその通りで、ただ、
「あれだけ虚勢を張っていた人間が、こうも簡単にくたばるなんて」
と感じた。
これは、兄貴も同じだったのかも知れない。
ただ、兄の場合は、少し気持ちが違っているかも知れない。
なぜなら、
「父の死体の第一発見者というのが、兄だった」
ということからである。
康人は、
「父親が死んだ」
と聞いてから、遺体を対面した。
しかし、兄は、自分が発見するまで、兄が死んでいるということを知っているのは、兄だけではないだろうか。
父もひょっとすると、今も、
「自分が死んだ」
ということを分かっておわず、どこかでさまよっているのかも知れない。
そんなことを考えていると、葬儀と並行して、警察で事件を、
「殺人事件」
ということで捜査をしていた。
もちろん、家族が事情聴取されたことも当たり前だったのだ。
まず最初の発見者は、兄だったのだが、まさか、兄も父の遺体が転がっているなどと思っていなかったことで、一瞬、どうしていいのか分からなくなったという。
とりあえず、母親に連絡を取ると、母親も一瞬声が出ない様子だったが、何とか声を振り絞って、
「警察に連絡しなさい」
ということで、しばらくして、到着した警察の後で、帰ってきたのであった。
康人は、友達の家に遊びに行っていて、ちょうど帰ってきたところで、母が家の中に入ろうとしているのが見えたのだ。
たぶん、母親も兄も、自分たちのことで精いっぱいで、康人の存在を忘れていたのかも知れない。
もっとも、こういう、
「予期せぬできごとに遭遇したのだから、家族とはいえ、他の人のことが頭から少しの間消えていたとしても、しょうがないかも知れない」
しかし、それも、少しひどいということではないだろうか。
兄貴は、びくびくする性格で、気が弱いというのは分かり切っていて、しかも、
「死体の第一発見者」
ということになれば、警察を呼んでから何かできるわけもなく、しかも、警察の捜査中、何もできないことは必至であろう。
母親も、
「とにかく急いで帰ってやらないと」
という思いがあったことだろう。
息子一人にして、警察を待たせるというのは、さすがに気になるからだ。
母親も次第に落ち着きを取り戻すと、今度は完全に冷静になって考えられるようになり、今度は、
「まさか、犯人がまだ家の中に潜んでいるかも知れない」
と思うと、
「急いで帰ってやらないと」
と感じたのであった。
正直、
「空き巣か何かにやられた」
と思っていた。
もし、父親を最初から殺そうと思うのであれば、家で殺すなど、すぐに見つかるようなところではしないだろう。
「家族に見つかるかも知れない」
と思うに違いない。
それを思うと、
「行きずり」
と思う方が一番なのではないか?
「空き巣が忍び込んできたところを、帰宅してきた父親と鉢合わせして、もみ合っているところを誤って殺害してしまった」
というのが、いいところであろう。
「あの母だったら、それくらいのことを考えるだろう」
と、康人は考えたのだ。
「最近、空き巣が増えている」
ということは聴いていた。