時代背景の殺人事件
であったり、
「15分」
というのが多かった。
結構、濡れ場のようなものも多く、奥さんの暇つぶしとしては、ちょうどいい時間帯でもあった。
今の時代であれば、
「少々濃厚な内容」
ということで、それ以上の時間は耐えられないと感じる人も多いだろう。
平成の終わり頃からは、ドラマに関しては、ゴールデンも、深夜枠というのも、そんなに変わりはなくなり、どちらかというと、深夜枠の方が、視聴率が稼げたりするというものであった。
今のテレビ番組というと、バラエティが中心で、情報番組のコメンテイターであっても、
「以前売れていた芸人」
というのが結構多く出演していて、
「有料放送に視聴者を持っていかれてどうしようもない」
といったところであろうか。
平成に入ってからのドラマというと、
「連続ドラマの登竜門といわれるような番組は、放送局ごとに時間帯が決まっていて、トレンディドラマなどという、有名脚本家のオリジナルドラマというのが流行った時代があったが、それ以降は、人気漫画が原作」
という番組が増えてきた。
そして、それまでの、昭和の末期からほぼ毎日のように、放送局ごとにやっていた、
「二時間サスペンス」
といわれる、
「ミステリー小説」
を原作としたドラマが、午後9時ころからあったのを、忘れてはいけないだろう。
その頃から流行ったのは、
「安楽椅子探偵」
といってもいいだろうが、
「探偵というわけではない探偵とは一見関係のない人が、好奇心からなのか、事件に首を突っ込み、事件を解決することで、いつしか、〇〇探偵といわれるようになって、シリーズ化した」
というパターンが多かったりした。
そんなドラマ体制の中で、
「昼メロ」
というのは、昭和の終わり頃に、間違いなくブームとなり、放送されていた時代だったということである。
ただ、そんな番組がいつの間にかなくなっていった。
それは、バブルの崩壊とともに、
「主婦が働きに出て、家計を助けないといけない状態になった」
ということからである。
「午後の一時」
というと、パート先で仕事をしている時間、ドラマを見る専業主婦がどんどん減って行き、テレビ番組で一番重要な、
「視聴率」
というものが、急降下してきたというのは、当たり前のことである。
実際には、あの頃の
「昼メロ」
というドラマは、
「原作の小説があったのか?」
あるいは、
「脚本家のオリジナルなのか?」
ということは分からないが、
「部門としては、恋愛小説」
今では、ライトノベルやマンガの世界でしか作品として出てこないジャンルではないかと思える。
実際に、ドロドロとした、恋愛でも、
「純愛」
とは言い難いもので、しいていえば、
「愛欲物語」
といってもいいだろう。
これは、
「怖いもの見たさ」
という夏になると、恐怖やホラーといった、
「心霊写真」
であったり、
「都市伝説」
を取材したりする番組が多いが、それと同じで、
「ドロドロとした恋愛の愛憎絵図というものは、主婦にとって、大好物だ」
といえるのではないだろうか?
大体の場合は、ハッピーエンドというよりも、ドロドロとした泥沼のような結末となることで、
「少々きつくても、自分の方がまだマシだ」
というような、まるで、
「人の不幸は蜜の味」
といわれる発想から、昼ドラの視聴率というのは、かなりよかったのではないだろうか?
何といっても、当時の昼ドラは、化粧品メーカーなどが、スポンサーとして、
「一社提供」
というところが多かったので、それだけ視聴率が稼げたということになるだろう。
だから、昼メロのタイトルも、
「○○奥様劇場」
ということで、
「○○」
のところに、そのスポンサーの名前が入り、いかにも、
「その会社の番組」
という時代だったのだ。
当時は、そういう
「一社提供」
のスポンサーも多く、今ではなかなかそうもいかなくなってきている。
次第に、
「テレビ離れが進む」
ということで、
「バラエティであれば、スポンサーとしては、宣伝になるかも知れない」
ということなのかも知れない。
母親の
「不倫」
というのは、まさに、
「昼メロを絵に描いた」
という雰囲気であった。
相手は、自分が勤めている職場のフロア長であった。
普段から、
「主任」
と呼んでいる間柄であり、奥さんとしては、心のどこかにあった、
「昼メロに対しての憧れ」
のようなものだったに違いない。
奥さんは、年齢はすでに40歳近くになっていたが、それまで、パートをしたこともない、どちらかというと、
「マダム」
といわれるようなタイプで、主任とすれば、
「これはいける」
と思ったのかも知れない。
奥さんとしても、最初は警戒をしていたことだろう。当然、
「昼メロは憧れというだけであり、実際にするようなリスクを負いたくはない」
と思っていたはずだ。
実際に、付き合うなどということはできるはずもないと思っているのも事実で、
「どうしても、まわりの目が気になる」
と思っていたのだった。
ただ、パートに出ると、最初は、それまで、専業主婦で、アフタヌーンを楽しんでいた優雅な生活をしていた頃から比べて、
「パートをしているなどということを他の人に知られるのは、恥ずかしい」
と思っていた。
しかし、
「そんな状態を許さないほどに、時代は急変した」
ということが分かってくると、
「そういえば、これまで一緒に優雅な時間を過ごしていた奥さん連中も、パートに出るようになった」
ということで、いまさら何も言えなくなってしまったのだった。
中には、
「昼メロ真っ青の不倫をしている」
という他の奥さんのうわさも聞いたりした。
「えっ、あの人が?」
というのも、結構多いようで、そういうウワサを聞くたびに、
「私はそんな恥ずかしいことはできないわ」
ということで、頭には旦那の顔が浮かんでくるのだった。
その時だが、浮かんでくる旦那の顔というのは、いつも、気難しい顔であり、落ち着いた穏やかな顔が浮かんでくることはなかった。
「そんなに、いつもいつも、気難しい顔をしているわけではないのに」
ということで、自分でも不思議に思っていた。
だが、実際に、気難しい顔しか浮かんでこないということは、
「普段から、気難しい時以外は、ほとんど旦那の顔を見ていないということか?」
と感じたのだが、これは、
「普段から、あの人のことを気にしていない証拠であって、怯えている時間しか、私の中であの人は存在しないんだ」
という思いしかないのであった。
それを思えば、
「あの人は、お父さんという意識しかないのであって、私の夫としての、存在感などあるのかしら?」
と感じるのだった。
つまり、
「夫などという言葉、あの人と共有で思い浮かぶ感情ではない」
と感じるのだった。
「私って、独身だったのね?」
と思うようになり、しかも、初めてといってもいいほど、結婚してから、一人で表に出たということになる。
「新婚当時は旦那との時間が楽しくて、うれしかった」