欲による三すくみ
ということも、本人は曖昧にしていた。
「どうせ、懲戒解雇だ」
ということと、
「警察に突き出されるだろう」
という覚悟は、発覚した時から分かっていた。
ただ、被害者から被害届や、百貨店に対して、何ら連絡がなかったことで、
「被害者も、曖昧にしてしまいたい」
と考えたことから、警察には何も言わないということにしたのだった。
何しろ、被害者の方も、
「万引きをした」
といううしろめたさがあるからか、
「それによって、被害者や、自分の家庭が世間からどんな目で見られるか? ということを考えると、
「黙っておくしかない」
と考えるのも当然であろう。
当然、警察に訴えることもない、だから、被害届も出ていないわけなので、警察の方も、何もしらないということになる、
要するに、
「表向きに事件にはなっていない」
というわけである。
「被害者側も、百貨店側も、明るみにしたくない」
と思っているのだから、もちろん、
「警察沙汰」
になるわけはない。
だから、フロアマネージャーの男は、
「懲戒解雇」
ということになるだけで、何とかなったのだ。
ただ、懲戒解雇になったことには変わりはないので、再就職もなかなか難しかった。
それでも、何とか職にありつけたのだが、その職というのが、
「施設警備員」
というのは、実に皮肉なものだった。
彼は、派遣社員として、警備にあたっていた。時間は夜間帯で、仕事が終わったビルの中の巡回であったり監視カメラによる監視であったり、たまに、残業をしているところや、そこに入ってくる業者などの、入退室管理の仕事をしていた。
「施設警備というのは、定年退職した人がやるような仕事」
と以前であれば、思われていたということも多いだろうが、実際にはそんなことはない。
「二十代くらいから仕事をしている人も結構いる」
ということであった。
そもそも、警備員というと、4種類くらいの仕事がある。それぞれに、一長一短ということもあり、
「どれがいい悪い」
とは言い切れないが、一つは、
「施設警備員といって。今回の下フロアマネージャーが就いた仕事」
ということである。
こちらは、メリットとしては、
「比較的体力的にも楽で、仮眠もとれる」
ということであり、デメリットとしては、
「拘束時間が8時間という風に決まっているわけではなく、結構長い拘束時間の中に、求刑が長かったりする。しかし、そこでは、何かが起これば休憩している暇はないので、結果、ぶっ続けということにもなりかねない」
ということであった。
また、もう一つは、
「交通整理」
などの仕事というものである。
「こちらの仕事のメリットは、時間が決まっている」
ということであり、デメリットとしては、
「立ちっぱなしでの、しかも、表の仕事ということであった。つまり、真夏は暑くて、真冬は寒くて、溜まらないということになるのだ」
交通整理はかなりのリスクがあるといってもいいかも知れない。
また、
「要人警護」
であったり、
「現金輸送の警備」
のような仕事である。
この二つは、一般的なアルバイトというわけにはいかない。
本人、あるいは、警備にあたる相手の身の危険を守らなければいけないというもので、それなりに訓練を積んだ人間でないとできない。だから、普通の派遣や、求人には、こういうものはないのであった。
だから、下フロアマネージャーの男は、
「施設警備」
に就くことになったのだ。
彼の名前は、長門と言った。
年齢としては、40代後半くらいで、さすがに再就職ということで難しいものがあったのも、無理もないことだっただろう。
それでも、このビルの警備にあたるようになり、今まで何度か行っていた、
「権力濫用」
といってもいい、脅迫まがいのことは、鳴りを潜めていた。
さすがに、発覚して懲戒解雇になったのだから、ある程度の心を入れ替えるくらいは当たり前のことであった。
だから、警備の仕事も真面目にやっていて、本人とすれば、
「生まれ変わった」
というくらいの気持ちになっていたのだった。
警備の仕事は、施設警備であったり、交通整理などは、数十時間の研修を受ければ、あとは仕事に就くことができる。
最初に数日間、研修を行い、そこから、社員からの引継ぎなどを経て、
「施設警備員」
という形で、仕事に従事するようになったのだ。
ただ、彼が前にやっていたのは、万引きをしている子を、脅迫する形で、お金をせしめていた。
ただ、その中には、奥さんであったり、社会人の人もいたのだ。
さすがに、フロアマネージャーとすれば、
「万引きなどというと、普通は、中学生か高校生ということに、相場は決まっている」
と考えていた。
だが、今の時代は、
「それだけ精神を病んでいる人が多い」
ということで、
「買い物依存症」
ということだけでは我慢できず、依存症がエスカレートして、万引きをするようになった。
ということなのであろう。
実際に、最近では、学生よりも、依存症などの主婦や、OLが多いということは、自分でも顕著に分かってくるというものであった。
「依存症」
と呼ばれるものは、買い物だけに限ったものではなく、金銭的なものに関していえば、
「ギャンブル」
なども、その一つだといえるだろう。
パチンコなども、いくら、
「ギャンブルではない」
と言われていても、実際には、ギャンブルと同じものである。
「ギャンブルは勝つ時もあれば、負ける時もある。そして、お店単位で考えれば、利益を出さないと困るわけなので、当然、負ける人の方が多い分だけ、それがパチンコ屋の利益ということになる」
ということである。
利益を出さないと、パチンコ屋は潰れてしまう。そうなると、ギャンブルを楽しむ人も、パチンコができなくなるということで、パチンコ屋が儲けることを非難できないということになるのだ。
だから、そうすればいいのかというと、
「勝つ時はいいのだが、負けるという時でも、いかに、負けを少なく抑えるか?」
ということが大切だということになるだろう。
確かに、
「全体を通して負けなければいい」
という理屈にはなるのだが、実際にギャンブルをする時というのは、
「勝った時の醍醐味が忘れられずにする」
ということなので、目指すものは、
「大勝」
というものだ。
だから、
「ちまちま打っていては、せっかくの楽しみが半減する」
ということになる。
だから、
「大勝を目指すのだから、大負けの時もあって仕方がない」
と思うだろう。
だから、
「負ける時は、潔く負けよう」
という考えも芽生えてくるというもので、それを、
「ギャンブルをするということの言い訳にする」
という考え方も芽生えてくる。
そうなると、ギャンブルをすることで、曖昧な考え方が芽生えてくるということにもなりかねない。
というのも、
「最終的に勝っていればいい」
と思ったとしても、実際の損益計算表のようなものをつけているわけではないので、どうしても、曖昧になるというものだ。
それらを、
「どんぶり勘定」
ということになるのだろう。