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襷を架ける双子

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「そもそも、シナ事変にしても、大東亜戦争突入に際しても、国民を煽る形で、政府の味方をしながら、戦争を正当化したのは、ほかならぬ、マスコミではなかったか」
 ということだ。
 確かに。国民の声に扇動されたということになるのだろうが、だからといって、
「マスコミは悪くない」
 というのも、おかしなことだ。
 しかも、マスコミというもは、商売なのである。
「記事が売れる」
 という状態にあれば、いくらでも、売れるように書くというものだ。
 もちろん、その段階で、その後のひどい展望を見ていたわけではないだろうから、無理もないといえるが、
「だとすれば、最初から煽らなければよかったのでは?」
 ということになるだろう。
 もし、
「大日本帝国による。ファイズムというものが存在した」
 ということであれば、その正体が何なのかというと、それこそ、
「一般市民」
 であったり、それに便乗して、煽りまくった、
「マスコミ」
 というものではないだろうか。
 これこそ、
「ヒトラーの演説」
 というものに、匹敵するくらいのものだったといっても過言ではないに違いない。
 ただ、軍も悪かったのだろう。
 最初に戦争のシナリオをして、
「最初に、連戦連勝において、優位に立っておいて、アメリカが盛り返してくる前に、一番いいタイミングで講和に持ち込む」
 というのが、
「唯一の負けない戦争」
 だったはずだ。
 しかし、真珠湾での奇襲を、
「卑怯な攻撃だ」
 とアメリカ国民に思い知らせることになったり、
 あるいは、
「国民やマスコミに対して、連戦連勝を煽ったことで、戦争ムードが高まりすぎて、今度は、戦争をやめることができなくなってしまった」
 というジレンマに落ち込んでしまい。結果、
「戦争を継続するしか仕方がない」
 という状態になったのである。
 それが、大日本帝国が、
「はまってしまった沼だった」
 といってもいいのではないだろうか?
 そんな戦時中、本来であれば、
「半年、長くても1年が、戦争継続のタイムリミットだ」
 といってもよかったはずである。
 しかし、実際に戦争を起こしてみると、前述のように、辞められないという事態に陥った。もし、下手にやめでもすると、
「日露戦争の講和条約であった、ポーツマス条約への不満から起こった暴動」
 である、
「日比谷焼き討ち事件」
 というものが、脳裏をよぎったのかも知れない。
「国民を敵に回し、暴動が起こってしまうと、自分の立場どころか、命までが危険に晒される」
 ということで、簡単に戦争をやめるわけにはいかなかった。
 しかも、
「連戦連勝」
 ということで、
「ひょっとすると、このまま、戦争に勝てるかも知れない」
 などという
「甘い夢を見てしまった」
 といえるのだろうか?
 あれだけ、戦争前夜に、
「机上演習」
 などもやって、
「万に一つの勝ち目もない」
 という結論が出ているのに、まさか、戦争継続に一縷の望みを賭けたということは考えられないだろう。
 それこそ、清国の
「西太后」
 がやったことに匹敵するだけの暴挙であった。
 当時の清国というところは、国家が末期症状になっているところで、
「扶清滅洋」
 という合言葉の下に、北京でクーデターを起こしたのだ。
 そこで、当時の最高権力者であった彼女が、何と、そのクーデターに便乗し、北京に展開した
「多国籍軍」
 に対して、宣戦布告をしたのだった。
 その時の国というと、
「米、英、露、仏、独、日」
 などを中心とした。九か国だったのである。
 彼らは、北京に居留民がいたので、
「居留民保護」
 あるいは、
「公使館保護」
 の意味も込めて、軍を派遣してくるのは当たり前のことだった。
 当時は、
@国際連合」
 はおろか、
「国際連盟」
 すらなかった時代だったので、それらをまとめる国際機関は存在しなかった。
 それでも、きちんと国家間で気を遣いなからの戦闘だったことが功を奏したのか、あっという間に北京は鎮圧されたのだ。
「ひょっとすると、清国が宣戦布告をしたその裏には、多国籍軍というのは、烏合の衆で、実際には、簡単に崩せるのかも知れない」
 ということがあったのかも知れないが、それも、一時的には優勢に立てるかも知れないが、ぼやぼやしていると、簡単に攻め滅ぼされることになる。
 それができるかできないかを考えると、
「やはり無謀だったのだ」
 といえるであろう。
 当時の清国でも、無謀だといえるだろうに、大東亜戦争を始めた軍部は、そんな清国を知っているのに、よく、戦争継続できた」
 ともいえるだろう。
 何といっても、義和団事件の際に、一番兵をたくさん送り、多国籍軍でも、中心にいたのが、日本軍だったということを考えれば、無謀であったことは分かるというものだ。
 だから、戦争は、結局、
「4年も続く」
 ということになった。
 そもそも、日本も、ミッドウエイで敗戦した開戦から1年も経っていないその時から、どんどん攻め込まれてきて、本来であれば、
「いい加減にやめてもいい」
 というところまで、何度も来ていたはずだった。
 実際には、
「サイパンを中心にしたアリアナ諸島」
 であったり、
「フィリピン」
 が攻略された時点で、
「日本は、もう終わり」
 といってもよかったのだ。
 特にアリアナ諸島というところは、
「新兵器のB29の航続距離を考えると、日本列島でいえば、北海道以外の都市すべてが、その攻撃範囲に入る」
 ということになるのだ。
 だから、その頃から、本土空襲が毎日のように起こるということになるのであった。
 それが、終戦の半年前くらいからであっただろうか。
「東京大空襲」
 と皮切りに、毎日のように、日本の大都市の、2,3か所が、
「大空襲」
 というものに見舞われたのだ。
 何といっても、日本家屋というのは、木造建築で、
「火をつければ、あっという間に燃え広がる」
 ということは、アメリカも、
「関東大震災の教訓」
 ということで、目の当たりにしてきたはずだからである。
  だから、当時の米軍の新兵器として、
「クラスター型の焼夷弾」
 というものを空からばらまいて、一晩にして、
「大都市が焦土と化した」
 ということになるのであった。
 何しろ、焼夷弾というのは、
「ナパーム」
 とも呼ばれ、
「水では消えない」
 あるいは、
「燃えつくすまでは消えない」
 と言われるだけの効果があったのだ。
 東京大空襲では、火に追われて、人々が、隅田川にたくさん飛び込んだというが、ナパームの火は、
「何と、川面を伝うようにして、迫ってきた」
 というのである。
 それだけ、火の勢いというのは恐ろしいもので。
「決して消えない火で、川の中で、焼け死ぬ」
 ということになるのであった。
 だから、
「命は助かっても、住む家はない」
 ということになる。
 さすがにその頃になると、国民も、
「大本営発表」
 というものに、疑問を抱いていたのではないだろうか?
「戦争に勝っているはずなのに、食料や生活必需品は回ってこないどころか、国に、供出されるということになっている」
作品名:襷を架ける双子 作家名:森本晃次