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三角形の関係

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「陸海軍は、天皇直轄の部署であり、政府であっても、口出しのできないものだ」
 ということになるのだ。
 だから、総理大臣であっても、戦争責任者であっても、軍の作戦に口を出せないところか、
「国家機密」
 ということで、知ることも許されないのであった。
 そんな
「統帥権」
 というものが、外交において、
「統帥権干犯」
 ということで、大きな問題になることもある。
 あれは、世界的に巻き起こった、
「軍縮問題」
 において、
「ロンドン軍縮会議」
 というものがあったのだが、軍縮政策において、外務大臣が勝手に、署名したことが問題になった・
 軍縮というのは、それだけ、軍においての、
「予算の問題」
 ということで、こちらは、政府にある、陸海軍の大臣や、省庁の決められることではない。
 軍本部ともいえる、
「陸軍であれば、参謀本部」
 そして、
「海軍であれば、軍令部」
 というものの管轄になるからだ。
 この二つが、天皇直轄の組織であり、
「政府が介入してはいけない」
 という組織になるのだ。
 ここでいう、
「参謀本部」
 と、
「軍令部」
 というものが、有事になれば、この二つが軍本部として、
「大本営」
 を形成するということになる。
 もちろん、外務大臣はおろか、首相であっても、介入できないのだ。
 しかも、たとえば、首相が、陸軍出身の首相であっても、
「内閣に入閣した時点で、政府の人間」
 ということで、
「軍の人間ではない」
 ということになるのだ。
 だから、大東亜戦争を始めた時、戦争責任者としては、
「内閣総理大臣」
 である、東条英機のはずなのに、軍の作戦を知ることもできなかった。
 だから、
「ミッドウェイ海戦における大敗」
 というものを、半年以上も知らなかったということになるのであった。
 しかも、日本の軍部には、
「明確な文章はないが、陸軍であれば、参謀総長と、陸軍大臣を兼ねてはいけない」
 ということになっていた。
 これは、
「陸軍の権力を一人が掌握することになり、独裁性が強くなる」
 ということを恐れてのことである。
 今であれば、プロ野球などにおいて、
「監督と、ジェネラルマネージャーを兼任する」
 というのと同じであろう。
 要するに、作戦にかかわるところ、予算から、人事まで、すべてを掌握するということで、特に人事まで掌握させれば、
「やりたい放題になってしまう」
 といえるのではないだろうか?
 東条英機は、天皇に上奏し、両方できるようにしたことで、他の陸軍の幹部から恨みを買い、
「暗殺計画」
 まであったくらいだ。
 しかし、
「戦争責任者としての勤めが果たせない」
 というのも事実であり、しかも、最後には、全責任を押し付けられることになったのは、ある意味、気の毒なところもあったであろう。
 大日本帝国というのは、
「基本的には、海外の法律や、軍政に倣って作られているのに、なぜか、日本独特のものが多い」
 と言えるのではないだろうか?
 これは一つに、そもそもの大日本帝国の憲法や、議会がつくられたのは、
「明治の元勲」
 と呼ばれる人たちによってということである。
 だから、彼らが決めることは、一種の例外事項があっても、それは特権ということで許されるという時代だった。
 だから、日清戦争の時、大本営が、広島に作られたが、その時、大本営の会議に、当時の首相であった、
「伊藤博文」
 あるいは、
「山県有朋」
 などという人たちは、例外として出席を許されたのである。
 言い方は悪いが、
「自分たちで作った法律を、自分たちの勝手な解釈で、特権を認めている」
 ということで、
「法律とは何なんだ?」
 ということになるのではないだろうか?
 そんなことを考えると、
「そもそも、大日本帝国は、明治の元勲がいなくなれば、大丈夫なのだろうか?」
 ということにもなってくるであろう。
 結局、
「軍部の暴走」
 というのを招いたというのも、結局は、この、
「統帥権というものを盾にして、政府に口出しをさせないことで進んできた問題だったのではないだろうか?」
 というのも、
 一番の分岐点は、満州事変ではないだろうか?
 満州事変というのは、かなり軍の高圧があった。
 それは当たり前のことで、そもそも、軍部が起こした、
「自作自演」
 が招いたことであった。
 しかし、だからと言って、
「軍が悪い」
 というわけではない。
 むしろ、
「政府が諸問題をまともに解決できないでいるから、軍部が、国家尾為に動いたのだ」
 ということである。
 満蒙問題というものと、日本国内の人口増加問題というのが、大きな2本の柱としてあったのだが、それを、政府が外交でも背作面でも、何もできないので、
「満州を占領し、そこに、日本人を移住させる」
 ということになったのだ。
 しかし、
「五族協和」
 であったり、
「王道楽土」
 という言葉を使って、いかに、満州を極楽の土地だと宣伝しておいて、開拓者を送り込むというかなり強硬なことをしたのである。
 結局、日本は孤立することになったり、満州事変の趣旨を分からずに、中国進出をたくらむ連中には、満州事変の意味が、分かっていなかったのではないだろうか?
 あくまでも、
「ソ連の抑えとしての、満州を、日本の生命線」
 ということにしているということであった。
 その政治家が出たのは、そんな大日本帝国の時代であり、最初は、どうしても、時代には逆らえず、社会に対して、抗うことができないということもあり、臣民につらく当たったこともあった。
 しかし、それでも、まだ彼はマシな方であり、少しは臣民に寄り添っていたのだ。
 そのせいで、一時期は、
「反政府組織の疑い」
 というものを掛けられたようで、さすがに、
「逮捕までは至らなかった」
 ということのようであったが、その電話などは、当局に傍受されていたようだ。
 これは、軍のやることで、政府には、抗うことのできないことだ。
 それが、当時の「治安維持法というもので、下手をすれば、同じ軍部内の少将や、中将クラスであっても、自宅に電話傍受の仕掛けがされていたりしたものだ。
 当時の国民は、臣民と言われていた。
 これは、国家元首が、天皇ということで、いわゆる日本は、
「立憲君主国」
 であり、そのため、国民は、
「平時には、憲法で定められた自由を有しているのだが、いざ、戦争や災害時には、その自由が一部、規制されることになる」
 ということである。
 そんな状態になる国民のことを、
「臣民」
 というのであるが、
 大日本帝国では、
「それが、当たり前のこと」
 ということで、小さい頃から教育を受けていた。
「日本は神の国で、天皇は、神様として、万世一系の、世界に類を見ない存在として、日本を守っている」
 ということであった。
 この思想が、大日本帝国の骨幹であり、
「国民は、皆天皇の子」
 といってもいいような感じである。
 だから、戦争の時などは、
「天皇猊下のために死ぬのは、親や家族を守って死ぬのと同じであり、誇らしいことなのだ」
 という状態であった。
作品名:三角形の関係 作家名:森本晃次