「悪魔の紋章」という都市伝説
しかし、アルバイトでやるには、これほど楽なことはない。指示は全部してくれるし、ただ、それに従っているだけだ。
瀬戸口は、アルバイトをするのにも、好き嫌いというか、向き不向きということで、
「立ち仕事」
のようなことは苦手だった。
というのも、例えば、
「販売の仕事のように、同じ場所でずっと立っていて、ただ、声を挙げて、いらっしゃいませという言葉を連呼するようなのは苦手だった。足がすぐに棒のようになってしまって、時間がなかなか経ってくれない」
それがダメだったのだ。
以前、一年生の時、3日間、スーパーの日曜日塗場で、販売の売り子のバイトをしたのだが、誰かが買ってくれるどころか、人がめったに通りかからないようなところに販売所を設置するものだから、耐えられなくなり、一度、立ち眩みを起こしてしまったことから、結局、最終日は、
「すいません、今日は無理です」
といって、一日分のバイト代をふいいしたのであった。
最初がそれだと、あとはトラウマになってしまい、結局、
「販売系のバイトはできない」
ということで、それ以降、まったく手を出さなくなってしまったのだ。
それを考えると、
「肉体労働の方がいい」
ということで、
「引っ越し」
であったり、
「会場設営」
などのバイトに結構行くようになったのだ。
その方が、時給も若干高いし、
「願ったり叶ったり」
ということであった。
そんなことを考えていると、
「今回の催し」
という看板のような板が運ばれてきた。
それを見ると、思わず目を引いた言葉があったのだが、それが、
「悪魔の紋章」
という言葉であった。
言葉自体も、おどろおどろしいのだが、何かゾッとするものを感じたのは、以前読んだ本の中に、
「悪魔の紋章」
というタイトルの、探偵小説があったのを思い出したのだ。
その話が、どういうものだったのか、細かいところまでは覚えていないが、どちらかというと、サスペンスタッチの、探偵小説だったような気がする。
「探偵と犯人の行き詰まる攻防」
ということで、意外と少年少女に人気があった。
昔であれば、マンガになったり、さらに昔なら、紙芝居などでやっても面白かっただろう。
ある意味、
「勧善懲悪」
ということで、人気作家になった先生で、実際には、
「ジャブナイル」
と呼ばれる、少年モノを晩年には書いていたようだった。
中には、猟奇的なものもあり、本格的なものもある、ある意味。
「オールラウンドの作家」
だったのだ。
実は、その作家の小説で、最初に読んだ話が、その、
「悪魔の紋章」
だったのだ。
あれは中学時代だったか、探偵小説が好きなやつがいて、その友達に勧められて読んだ本だったが、それなりに楽しかった。
作家もたくさんいる中で、実際に、読みやすい作品でもあったし、作家の書き方も、探偵小説のわりに、分かりやすかったのは、少年向けの作品を多く手掛けているからなのかも知れない。
その小説における、
「悪魔の紋章」
というのは、確か指紋だったような気がする。
それを思い出すと、
「内容のわりに、少しおとなしく感じたのは、指紋を使ったトリックのわりには、指紋の不気味さを表に出していなかったからだ」
と感じた。
しかし、読んだのが中学時代だったから、余計に、そんな風に感じてしまったのだろう。この話をもう一度、大人になって読み返すと、結構面白く感じた。それは、やはり、内容が本格派探偵小説で、理論立てて描かれていることが、
「大人の小説」
を思わせるのだ。
実際に、同じ小説を、
「少年用」
ということで出していたが、同じ文章なのか分からないが、もし同じ文章だと、
「少年には分からないだろうな」
と感じたものだった。
そんな小説のタイトルが、
「悪魔の紋章」
だったが、その名前は、別の作家の、話の中にも出てきた。
探偵小説であることに違いはなかったが、内容としてはまったく違う。
「悪魔の紋章」
の正体も、まったく違っているし、ただ、
「どちらの小説も面白く、甲乙つけがたい」
といってもいいだろう。
「しょせん、素人読者が、プロの作品を批評するなどおこがましい」
といえるだろうが、プロや、作家業界からすれば、
「作者の意見を真摯に受け止めて、素直に、改善の余地とする」
と考えている人も多いだろう。
要するに、
「ファンを大切にできないプロは、作品もなかなか売れない」
ということだろう。
それだけ、
「読者を自分のファンだ」
と感じることで、
「いい小説を、これからも書いていける」
という姿勢に繋がっていくというものだ。
「プロというものは、油断をすると、すぐに、上から目線になってしまう」
といってもいいだろう。
それを考えると。これは、小説家だけに限らず、プロと呼ばれる人は、同じような考えを持っていないといけない。
ということになる。
確かに、
「プロが作品を作る時は、プロの気概を持っていないといい作品は作れないだろう。しかし、できた作品に対しては、謙虚でなければいけないし、プロとしてのプライドを天秤にかけるとどちらが沈むか、それによって、売れるかどうかも決まってくるのかも知れない」
と感じるのだった。
「自分はプロではないので、えらそうなことは言えないが、それくらいのことは思っておかなければいけないだろう」
ということであった。
そんな小説を思い出していると、ここの博物館の今度の催し物が、
「悪魔の紋章」
であると知ると、昔のことを思い出してきた。
「そういえば、数年前に、悪魔の紋章という絵に、盗作の疑いがあるということを聞いたことがあったな」
ということを思い出した。
それが何なのかということをその時は分からなかったが、思い出してみると、そこにあるのは、
「何やら、双子のようなものだった」
ということである。
双子というと、昔から、あまりいいイメージがなかった。
ある村の言い伝えとして、子供に、双子が生まれると、片方は、
「絶対に早死にする」
ということであった。
そして、生き残った方は、実に賢い子であり、
「死んだ片方が、生き残った方に乗り移って、一人で二人分を生きているんじゃないか?」
と言われあものであり。その分、片方は、
「幸せに暮らすことができる」
ということであった。
早死にした方が、
「かわいそうだ」
という考え方もあるが、この村ではそうではない。
「かなり供養を施しているから、生き残った方に、その魂が宿っているというだけで、ひょっとすると、時々、もう一人が表に出てきているのではないか?」
というのであった。
しかし、性格が似すぎているので、死んだ人間が出てきても、誰にも気づかれない。それを、村人は、
「いいことだ」
というのだ。
ただ、それは、村人の勝手な発想であり、都会の人だったり、昭和という現代の人が考えると、
「死んでしまって、自分の個性を出すことができない」
作品名:「悪魔の紋章」という都市伝説 作家名:森本晃次