「悪魔の紋章」という都市伝説
ということだったであろう。
そのため、
「砲艦外交」
によって、朝鮮を開国させ、それは、
「まるで日本が、アメリカに開国させられた、あの時と同じだ」
ということであった。
ただ、その時、宗主国として君臨していた、
「清国」
というものの存在が大きかったということで、結局、
「清国、日本、それぞれの権益が衝突し、韓国内にての、2度にわたるクーデターにより、結局、日清戦争に発展した」
というのが、
「歴史の流れ」
というものであった。
日清戦争というのは、日本の圧勝であったが、ここから大日本帝国の、世界の舞台への進出がはじまるということになるのであろう。
日露戦争は、日清戦争のようにはいかない。
いくら、
「東洋一」
と言われる、
「眠れる獅子、清国」
ということでの戦争、しかも、日本にとっての、全面的な最初の対外戦争だったわけで、勝利したというのはすごいことではあったが、ロシアが相手ということになると、そうもいかない。
世界でも有数の大国であることに間違いはないので、そのための、準備も万全を期さなければいけなかった、
何とか日本は、事前準備で、
「日英同盟の締結」
などを成功させることで、
「戦争ができるだけの基盤を作っての戦争」
となった。
しかし、実際には、作戦はうまくいかず、いたずらに、犠牲を出し続けるのが現状だった。
しかし、陸軍が何とか、旅順を攻略し、旅順艦隊を撃滅することができたことで、日本は、バルチック艦隊」
を迎え撃つことができるのだ。
しかも、バルチック艦隊が日本に来るまでの間、日英同盟のおかげで、艦隊は、ほとんどの港からの、物資供給や、食糧支援を受けることができず、日本に到着した時には、すでに、疲弊した状態であった。
それだけで、日本は、
「半分、勝った」
といってもいいくらいで、そこからの、海戦で日本が勝利したわけだが、この勝利の影には、
「下瀬火薬」
というものと、
「伊集院信管」
という新兵器が、活躍したことを、知っている人は、それほどいないだろう。
これも、日本の科学力であり、技術力である。
そんな新兵器まであるのだから、日本海海戦というものが、半日で、
「日本の圧勝だった」
というのも、納得できるというものである。
それを考えると、
「やはり日本人の発想力というものはすごいものがある」
ということであろう。
そんな歴史を持っている人間なのだから、
「断崖絶壁に、つり橋を架ける」
などということも、一見不可能に見えるが、やりこなせたのは、案外と、普通のことだったのかも知れない。
さらに、日本の建築文化として、
「城郭」
というものがある、
鎌倉時代に建設されるようになり、戦国時代には、防御の柱として脚光を浴びてきた。
「お城」
という文化。
それは、日本における建築文化の象徴ともいえるもので、天守に注目が集まりがちだが、実際には、石垣や櫓など、実際の防衛施設に、城が難攻不落だと言われる秘密が隠されたりしているではないか。
それを考えると、
「日本の文化の象徴が、お城だ」
といってもいいだろう。
その充実した構造、そして、それゆえの美しさと壮大さ。それが、日本文化が世界に誇るものだといってもいいだろう。
つり橋の技術がどのようなものなのかというところは分からないが、何といっても、鎌倉時代から、戦国にかけてと、わずか300年くらいの間に、急激に発展したお城という文化は、日本の、科学力の礎といってもいいのではないだろうか。
そんなことを考えてみると、
「日本という国の技術力はすごいものがあった」
といえるわけで、大日本帝国において、どのような政府が形成されていくのかということを考えると、もう少し、まともな国になっていてもよさそうなのだが、
「大東亜戦争」
というものの敗戦、
さらには、
「新しい日本国の形成」
ということであれば、まったく、
「過去の歴史」
というものから、少なくとも政府は、
「何も学んでいない」
ということになるであろう。
それを考えると、大日本帝国というものが、確かに軍国主義で、最後は、
「軍の暴走」
があったとはいえ、少なくとも、今の政府の人間よりも、
「国を憂いていた」
ということには違いないだろう。
それを、
「大日本帝国」
というものは、間違いであった。
などという意識があって、それを信じている人は、ある意味、
「平和ボケによる、お花畑にいる人たち」
といっておいいだろう、
少なくとも、歴史の流れを、
「黒船来航」
あたりから勉強をしてさえいれば、そんなひどい話になることはなかったに違いない。
そういう意味で、今の日本というのは、連合国、いわゆる、
「戦勝国」
によって、
「都合よく作られた民主国家という名目を持った日本」
ということになるのだろう。
それこそ、
「仮面をかぶった仮面舞踏会のようなものだ」
ということで、今の政府要人というのは、戦後からみゃう脈と受け継がれている、
「悪魔の紋章」
という仮面をつけているのかも知れない。
そんな悪魔の紋章を、今の世界において、
「いかに、悪魔の紋章に見せないか?」
ということが問題なのだろうが、やっていることは、完全に、
「悪魔の所業」
であり、それをいかにごまかすかということが、今の政治家なのだろう。
しかし、ごまかし切れるものではない、ほころびはどんどん出てくる。
それでも、生き残ってこれているのは、一定数の、
「熱狂的な支持者」
というものがいるからであり、
さらに、日本人の、
「政治離れ」
というのが顕著だからであろう。
だから、
「若者に選挙に行かれては困る」
というのが、今の政治家たちである、
なぜなら、
「年寄りの支持が、今の政府を支えている」
といってもいいだろう。
しかし、そのわりに、今の老人に対しての国家や、会社というのは、あまりにもむごい仕打ちを行っている。
このままいけば、
「姥捨て山の復活だ」
といってもいいんおではないだろうか?
姥捨て山というのは、
「貧しい農村などでは、食い扶持を少しでも減らすため、ある程度の年齢に達した老人を、山に捨てにいく」
という風習である、
これは、フィクションではない、実際にあった話であり、その内容は、映画になったりしたではないか。
それこそ、発想は、
「人柱に近いものではないだろうか?」
確かに、これは、昔のおとぎ話の時代のことだといってもいいのだろうが、明治以降になっても、ちょうど、満州事変前夜の日本は、
「昭和恐慌」
と、凶作が一緒に襲ってきて、農村部では、
「娘を売らないと、あすから食っていけない」
というような状況になっていて、実際に、
「人身売買」
というものが普通に行われていたといってもいいだろう。
そんな時代において、大日本帝国が、何もできないでいたが、そこで、関東軍が考えたことが、
作品名:「悪魔の紋章」という都市伝説 作家名:森本晃次