警察に対する挑戦
しかし、警官としては、
「どうせ、結果は分かっていた」
というくらいに、その先に見えたはずの男の姿が、最初は、
「忘れるものか」
と思っていたはずなのに、まったく意識しないようになっているのであった。
警官は、出口のところで、しばし立ち止まって、まわりを見たが、見つかるわけもない。そして次に考えたことは、
「あの男。ここで何をしていたんだろう?」
ということを感じると、急に怖くなったと言えばいいのか、その男を最初に見つけた場所に、
「何かのヒントがあるだろう」
ということで、戻ってみることにした。
今度は追いかけているわけではないので、急いでいく必要などないと思い、ゆっくりと歩いていると、例の男が、また戻ってきたかのように思ったが、
「それは、まったくの勘違いである」
と感じたはずなのに、何かしら、影が、スーッと走りぬけたような気がしたのだ。
「誰だ。そこにいるのは」
と、無駄だと思いながらも声を出してみた。
木霊が道を駆け抜けたようで、向こうに誰かいれば、びっくりさせてしまうレベルであろう。
だから、声を抑えたつもりだったが、実際には、結構な大きな声だったようで、
「こんなに、大きな声になっているなんて」
と、思っていたが、それは、やはり、ここの場所の湿気が、余計に低音を響かせる効果があるのではないだろうか?
「低音と低温」
それぞれに、意識させるものがあるのであろう。
ひんやりとした状態で、汗を掻いていると、あっという間に身体が冷えてくるのを感じる。思わずくしゃみが出てみたりするのだが、ひんやりした状態で、今度は暑さを取り戻そうとするのか、身体の芯から熱くなるのを感じてくるのだ。
だから、汗は出ても、すぐに乾いてしまう、潮っ気が、身体にへばりついてしまうのか、さらに身体が熱くなり。このまわりの湿気とのバランスが微妙にまずいのか、熱くなってくるのを抑えることができないのであった。
そのうちに身体が震えてくるのであったが、その日は、そんなことはなかった。
震える身体をさすりながら歩いていると、警官は、男が出てきたところまで、やっとたどり着いたのだ。
思わず、
「どっこいしょ」
と口走ってしまいそうになったのは、男を追いかけるのに、途中で手放してしまった自転車を抱え上げたからだった。
「ああ、どうしても、そういう声が聞こえてしまうんだ」
と感じることであった。
目の前にいたであろう男の姿を想像すると、
「男が何をしていたのか?」
あるいは、
「何をしようとしていたのか?」
それぞれに、自分が分からなくなっているのであった。
といっても、
「さっきの男は幻だったのではないか?」
と、思い始めたのだった。
「幻だ」
と思えば思うほど、
「ウソだ」
ということで、打ち消そうとするのだった。そこにいた男が幻だったかどうかは別にして、目の前に飛び込んできたものこそ、
「幻であってほしいのに」
と感じるのであった。
男が、隠れようとしたその時、ちょうどその時に、警官が通りかかったのではないだろうか?
と、警官は、その時、誰かがいたような気がしたのだが、気のせいであろうか。
目の前に横たわっているもの、それが、
「死体だ」
と感じたのは、横たわっているその物体は、
「肉体の一部では?」
と感じたこと、さらに、その表面から、真っ赤な鮮血が滴っていたのを見た時、ゾッとしたのと同様に、
「これを見せるために、あの男は、幻となって現れたのではないか?」
という、
「まるで、何かの使者のように感じさせられたのだ」
ここでも、
「使者と死者」
同じ音で別の意味、
「同音異義語」
とは、まさにこのことであろう。
同音異義語ということであるが、似たような言葉もあるというもので、
「異」
というのと、
「違」
ということ、よく似ていると思うのだが、実は
「まったく違う意味だからこそ、違う字を相手に別の発想を抱かせるんだということになるだろう」
そんなことを考えていると、死体が、まるで、
「ボンレスハムのように、ぶくぶく膨れ上がっていたのは、
「死後硬直の後だからだろうか?」
と、膨れ上がりが、最初なのか、後なのかということが分からずに、その意識は、どこかに飛んでいるのであった。
鮮血は途中で止まっているので、寒さで異常に早く膠着したのではないかと考えたのだった。
間違い殺人
その死体の身元は、なかなか割れなかった。
というのも、その人物が、
「日本人ではなかったから」
ということであった。
一瞬、日本人のようではあったが、東南アジア系の男で、観光客の一人なのかと思えたが、だったら、いなくなったのであれば、誰かが通報するであろう。特に、この辺りにやってくる外国人観光客は、一人で来るということはあまり考えられない。
ということは、隣町にある工場で働いている、いわゆる、
「留学生」
とかいうやつではないか?
ということであった。
もちろん、死体を発見した警官が、急いで署に連絡を取り、警官から、事情を聴くということになったのだが、神社からも数人の人がやってきて、警察が行っている初動捜査を、黙って見物していたのだった。
そんな中で、一人の社務所の女性が、何かを気になっているようだった。一人の刑事がそれに気づいて、
「どうされましたか?」
と尋ねると、
「ああ、実は、その人が来ている服に見覚えがあったものですから」
と言った。
赤いチェックのシャツだったのだが、確かに目立つ服には見えるし、なかなか来ている人は見かけないような気もしていた。
死体が外人なので、それほど意識はしなかったのだが、その女性に言われて、
「ああ、これなら記憶していてもおかしくない」
と思ったのだ。
「その人をどこで見たんですか?」
と聞かれた女性は、少しもじもじしたように、
「ええ、私が、社務所にいた時間帯に、社務所から見たんですよ、何かを購入されるという感じではなかったんですが、この境内には、大きな杉の木があるんですが、そこの前にたたずんで、木を眺めていたんです」
というのだった。
「それは、一人だったのですか?」
と刑事が聞くと、彼女は、
「いいえ」
と答えた。
すると、刑事は、先ほど警官に聞き込んだ話にあった。
「ここから逃げ出した男」
という存在にピンときたのだ。
「ほら、そうこなくっちゃ」
とばかりに、彼女の話に飛びついたのだ。
「その人は、ずっと向こうを向いていたので、顔までは分からなかったんですが、そこで死んでいる人の隣に立っていて、その人よりも少し大き目だったような気がしますね」
という。
それを聞いて、警官は、一瞬、
「おや?」
と感じた。
その男は、逃げる時の後姿だけだったが、そこまで大きな男には見えなかった。確かに、、ここで倒れている男は、男としてはこじんまりとしていて、実際に、その小ささは、
「さすが、東南アジア系」
と思わせるほどで、