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永遠の循環

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「流れに沿うだけで精一杯で、3、4年が経ってやっと、少し下火になってきた」
 というだけのことだった。
 一時政府が、伝染病に打ち勝った」
 などという、何を勘違いしたのか、そういうことを言っていた時があった。
 それはあくまでも、
「利権が絡むオリンピック」
 というものを、どうしてもやりたいということでの、
「強行」
 ということで、その大義名分が欲しかったのだ。
 しかし、実際には、そんな、
「伝染病に打ち勝つ」
 どころか。何をやっても、大失敗ということで、そもそも、オリンピックの開催も、国民の、
「八割以上」
 の人が、
「反対」
 といっていたのに、
「強行突破」
 したのだった。
「目の前の利権」
 と、
「自分が、オリンピックの時の首相」
 だという名前を残したいという一心で行ったオリンピックが、結果、政権の命取りになるというのだから、これ以上のブーメランはなく、
「実に皮肉なことだ」
 といって、苦笑いをするだけでは済まされなくなったのだ。
 しかも、その後のソーリが、
「最悪の最悪」
 だったことで、
「世間では、そんな政府に振り回される」
 ということになったのだった。
「当時の日本が、一体どのような状態だったのか?」
 ということは、
「パンデミックが収まってきた」
 ということで、世間でのうわさからも、
「マスゴミ報道もされなくなった」
 ということで、たった一年くらいしか経っていないのに、
「ああ、そんなこともあったな」
 という程度で、誰もうわさもしなくなった。
 それは、マスゴミが面倒くさいことは発表を控えていて、昔はマスゴミ発表のために、
「相当な手間と労力と時間を要した、統計を取るということがなくなったので、誰も名にお言わなくなった」
 ということで、皆が忘れてしまうということになっていた。
 しかも、
「こんなことではいけない」
 と思っている人ほど、無意識に、
「すでに他人事」
 というような感覚になっているということを考えると、
「もう、世の中は、どうしようもないくらいに、平和ボケがしみついている」
 ということだろう。
 しかも、政府は、もっとひどい、
 国民は、ある程度、
「忘れてしまう」
 というのは、しょうがないことだろうが、政府は、この時に、しっかりと、今回のことを検証し、反省すべきところは、しっかりと反省しなければいけない。
 少なくとも、ここ20年の間で、日本では、今回だけだったかも知れないが、世界的に見れば、
「4,5年に一度くらいは、新種のウイルスのせいで、大きな問題となっているのだ」
 諸外国は慣れているのか、いち早くマスクを取っ払ったり、制限を緩和することで、
「経済を回す」
 ということが行われるようになって、結局は、
「国民は、普段と変わらない生活に戻りつつある」
 ということであったが、それは、あくまでも、
「今までの経験があってこそ」
 ということであった、
 さすがに、これまでの伝染病で、実際に、宣言を発令したり、学校を休校にしたりなどということを行ったのが初めてだったということで、不手際もあっただろう。
「百歩譲って、初めてだったら仕方がない」
 というのは無理もないことであろうが、
「だったら、収まってから、政府は全神経を集中させて、検証を行い、
「また次のパンデミックが起こった時」
 ということに備えなければならないということをしなければいけないのに、結果としては、検証をすることもなく、いつ訪れるとも知れない、次の、
「世界的なパンデミック」
 に対して。また、同じことを繰り返そうとしているのであろう。
「どうせ、今の政府は、次の選挙で終わりだ」
 ということを、ソーリが自覚してか、
「後1年くらいしか、ソーリでいられないなら、面倒くさいことをするくらいなら、今のうちに、利権をむさぼっておくほうがいい」
 とでも思っているのだろう。
 今の時代において、
「政府が何もできない」
 ということが露呈し、政権が維持できるわけはない。
 そうなると、
「ソーリの間にすることは?」
 と考えると、本来なら、
「国民のため」
 ということになるのだろうが、選挙前の、本当は、
「国民に寄り添っているふりをして、得票を増やそう」
 という、露骨ではあるが、しなければいけないことになるのだろうが、
「どうせ、終わりだ」
 と思っている男が、いまさら、
「国民のため」
 なんて思うわけはない。
 そもそも、そんな了見だから、
「最初から支持率はどんどん下がり、ちょっとした政策で、一時期だけ回復した支持率も、化けの皮が剥げてくると、またしても、下降線カーブを描くことになる」
 というわけであった。
 そんな日本の国家において、
「検証もしないまま、次のウイルスが発生したらどうなるというのか?」
 まさか、前と同じやり方をするのではないか?
 何といっても、種類の違うウイルスなのだから、それぞれに対策方法が違う。
 しかし、同じ伝染病ということで、その骨子に変わりはないはずだ。
 だから、骨子の部分だけを検証し、それをマニュアル化し、
「政権が変わっても、この資料に基づいて、対策を打つ」
 ということにしておけば、政権が変わっても、
「あの内閣の時に作ってくれていた資料が役に立った」
 ということで、次回選挙に出れば、
「勝てるかも知れない」
 ということにもなるだろう。
 しかし、結局、
「辞めるべくして辞めた」
 という人間に誰が票を入れるというのか、
 国民が、
「首相失格」
 という烙印を押せば、二度と政界に戻ってきて、
「首相の座に収まる」
 などということができるはずもないのであった。
 それを考えると、
「今回のことで、政府を当ていできない」
 ということだけは、国民にも分かったことだろう。
「民主主義の根本は多数決だ」
 ということでの、
「民主制における国家元首」
 と呼ばれる首相が、
「八割反対している」
 というオリンピックの強制結構という暴挙を働くのだから、
 政府が率先して、
「我が国は、民主国家ではない」
 といっているようなもので、そんな安定しない国を周りが信じるというのか、
「結局下に見られるのがオチで、いくら、今のソーリが、猫なで声を発して、外国に歩み寄ろうとも、金だけ出させて、あとはあざ笑っているだけだ」
 ということになるのだった。
「日本という国は、それだけの国家元首しかいない情けない国に成り下がった」
 というのだった。
 そんなパンデミックが日本を襲うという状況は、これからも何度も襲ってくるはずで、一応、政府とすれば、ほとんどの規制を取っ払って、今は、少しずつ、以前の生活に戻ろうとしているということであるが、その裏で、まだパンデミックは続いていた。
 深刻な状況となでは至っていないということで、今の国民も、そこまでの恐怖を感じていないことから、政府が、
「マスクを外してもいい」
 などと、
「どこからそんな根拠を引っ張ってきたのか?」
 と思えるようなことを言えば、街中では、マスクをしている人としていない人が、半々くらいという異様な光景になっているのだ。
作品名:永遠の循環 作家名:森本晃次