異次元交換殺人
というのは、肝が据わっているというのは、もちろんのこと、計画性もしっかりしていて、その時々のタイミングで、うまく立ち回れる人が、その天才と呼ばれるもので、
「この天才は、頭の良し悪しは前提であり、さらに、好機を逃さない目を持っているという人」
ということになるであろう。
ここで桜井刑事が考えた、
「交換殺人」
というものであるが、その基本というのは、
「動機を持っている人で、一番の重要容疑者になる人物に、完璧なアリバイというものを作ること」
ということである。
そのためには、もう一人、
「誰かを殺したいと思っている人」
を探してきて、お互いに殺したい相手を、
「たすきをかけるようにして」
お互いに殺人を行う」
ということだ。
これの前提として、まず、
「それぞれの犯人、あるいは、被害者が、まったく関係のない人物である」
ということが必要だ。
というのは、
「この二つの事件というのが、かかわっているということになり、連続殺人ということになると、完璧な交換殺人とまではいかないが、共犯がアリバイを作っているということが分かってしまう可能性がある」
ということであった。
「連続殺人」
ということを、警察に匂わせるのは、実に危険なことである。
だから、交換殺人の場合は、
「犯罪計画を、水面下で立てる。その場合も、まわりに、二人が知り合いだということを絶対に悟られないようにする必要があるのだが、その時に、最後まで、完璧な犯行を計画しておく必要がある」
というのは、
「犯罪行為が開始されてから、途中で、話が違うなどといって、相手に不信感を持ったり、疑問を感じたとしても、連絡を取るわけにはいかない。そうなると、すぐに足がつくことになる」
というわけで、この問題は、
「完全犯罪を成し遂げるには、それくらいの困難が必要だ」
ということになるのだろうか?
それを考えると、
「警察が考えることよりも、さらに、深いところを読んで、最初の計画がとん挫すれば、途中から、変更する作戦も立てておく必要もあるだろうし、犯行を実行する前であれば、ヤバいと思えば、どこかで打ち切る必要があるので、そのあたりの問題もあるだろう」
ということだ。
しかし、実際に犯行を犯してしまえば、そこから先は突っ走るしかない。それが、この、
「交換殺人」
という事件の一番の問題点になるのだ。
ということはどういうことかというと、
「ここに、交換殺人など不可能だ」
と呼ばれるところがあるのだ。
本当であれば、これくらいのことは、犯行計画を立てた時に、すべて分かっていてしかるべきではないだろうか?
というのも、
「交換殺人というのは、相手にアリバイを作らせておいて、相手が死んでほしい相手を、もう一人が殺す」
ということになる、
そして、
「今度は最初の実行犯のために、最初の主犯が、今度は、実行犯となり、最初の実行犯のために犯行を犯す」
というものである。
そして、ここで肝心なことが、
「この二つの犯罪は、まったく別物であり、連続殺人ということが分かってはいけない」
ということで、犯罪を犯した最初の事件から、次の事件までには、
「ほとぼりを覚ます必要」
というものがあるだろう。
一番いいのは、第一の犯行を、警察が、
「御宮入り」
ということで、
「未解決事件」
ということにしてしまうことだ。
今の時代では、殺人などでは、
「時効」
というものがない、
だから、犯人からすれば、昔のように、
「逃亡すれば、15年隠れていれば、あとは時効となり、堂々と表を歩くことができる」 ということであったが、実際に時効がなくなると、どうなるのだろう?」
警察としても、
「時効がないのだから、いずれ、犯人は捕まるさ」
という、心のゆるみのようなものがないとも限らない。
だから、ひょっとすると、
「完全犯罪というのも、逆に今の時代であれば、ありえることなのではないだろうか}
といえるかも知れない。
ただ、この交換殺人というのはそうはいかない。
「第一の犯罪と第二の犯罪の間が、絶対的に期間が離れている必要がある」
ということで、警察がそれを、
「未経穴事件」
としてしまうと、第一の主犯は、その時点で、
「絶対に安全」
ということである。
その時に、
「容疑者に上がったが、アリバイ成立で犯人ではない」
というレッテルが貼られた上に、
「未解決事件」
となったのだから、もし、致命的な証拠でも出てこない限りは、疑われることはない。
つまり、
「実行犯が自首」
したりであったり、
「有力な目撃者が現れる」
でもない限り、迷宮入りはそのまま未解決のままとなるはずだ。
しかも、
「後者の有力な目撃者といっても、かなりの時間が経っているのだから、何かの物的証拠でもないと、警察も取り上げない」
ということになるだろう。
要するに問題なのは、
「第一の犯罪の犯人にとって、第一の犯罪が迷宮入りになった時点で、もう次の犯行を犯す必要がなくなった」
ということである。
「俺は、これで晴れて、自由だと思うと、何を危険を犯して」
ということになるのであり、じゃあ、実行犯が、
「俺が警察に訴えてやる」
ということを言い出したとしても、結局、実行したのは、本人であり、それは、
「巨大ブーメランにしかならない」
ということである。
ただ、ここで怖いのは、
「実行犯が、罪の呵責に駆られたり、このまま自分の死んでほしい相手が生きていることを考えると、自首する方がいい」
と考えた場合である。
自首すれば、少しは裁判でも、
「情状酌量」
ということになり、もし、何か自分に迫っている危険があったとしても、実刑を食らって、刑務所に服役ということになれば、その間、少なくとも危機はないということになるだろう。
うまくいけば、
「服役中に、殺したい相手が、いなくなったりする可能性もある」
ということで、もし犯行動機が、
「復讐」
などではなく、
「その相手から逃れたい」
というものであった場合には、前述の危険はあるだろう。
しかし、第二の犯行の動機が、
「復讐」
ということであれば、
「絶対に、犯行を犯さないといけない」
ということになる。
相手がやってくれないのであれば、脅迫してでもさせればいいのだろうが、そうなると、犯行が露呈することになり、それこそ、二つの犯罪で、実刑ということになり。
「二人そろって、連続殺人の犯人」
ということになってしまうのだ。
しかし、
「交換殺人というのは。実に複雑なところがあるというもので、それが、お互いに連絡が取れないということは、まるで一種のリモート犯罪の様相を呈してくるということになるのではないか?」
ということである。
だから、交換殺人というのは、
「心理的なところで無理がある」
ということである。
このように、最初に犯罪を犯した人が圧倒的に有利だというのは、一つ考え方として、
「三すくみ」
という考え方で考えることもできるというものだ。