小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

召された記憶

INDEX|5ページ/20ページ|

次のページ前のページ
 

 おかげで、満州における日本人の居留民は、かなりの迫害を受けたようだ。
 さらに、
「暗殺事件」
 や、
「強姦事件」
 などと、治安が最悪になり、
「居留民保護」
 ということで、
「日本人が彼らを何とか救わなければいけない」
 という満蒙問題に、
「日本での、不況による、食糧問題」
 というものが、日本国内では、深刻な状態になっていた。
 それにより、
「満州を、自国領土とすることで、そこに、日本人の移民を集め、彼らには、満州の開拓という課題により、日本の資源確保を考えたことで、勃発したのが、満州事変だということであった」
 そもそもが、
「奉天郊外の満鉄路線で、線路爆破があり、それを中国軍の仕業ということで、軍事行動に、関東軍が動いた」
 というのがきっかけだったのだ。
「関東軍」
 の行動があまりにも、電光石火であったことにより、満州全土を占領するまでに、半年が掛からなかった。
 そこで日本は、
「欧米列強に遠慮する」
 という形で満州を、併合し、植民地化することはしなかった。
 あくまでも、満州を、一つの独立国として、その国家元首である、
「執政」
 というものに、清朝最後の皇帝であった。
「愛新覚羅溥儀」
 を擁立し、独立国家建設を、後押ししたということだったのだ。
 だから、日本は、
「満州の占領は、攻撃されたことでの自衛行為で、満州国建国も、居留民保護の見地からだ」
 と主張したのだ。
 だから、日本は、自衛をいうことを強調し、国連でもそのように言っていたが、提訴してきた中国に配慮し、リットン調査団を送り込み、調査を行わせた。
 すると、
「日本の自衛ではない」
 と結論付けられ、採決が行われると、結果として。
「賛成1,棄権が1,それ以外は反対」
 という最悪の結果となってしまった。
 そこで、日本の全権であった、
松岡洋右外務大臣が、
「その採決を不服」
 として、国際連盟脱退を告げたのだった。
 それにより、日本は、世界的に孤立することになり、その後の運命が決まったといってもいいだろう。
 一つは、アメリカのスチムソンという人の発表により、
「日本の軍事行動は終わった」
 と言わせたにも関わらず、日本軍が、
「錦州爆撃」
 というものを行ったということで、彼のメンツが台無しになり、日本政府も、そのメンツが潰されたこと、
 そして、関東軍からすれば、
「軍事行動を勝手にアメリカに流した」
 ということで、軍とすれば、立場を政府に台無しにされたということで、怒っていたのも事実だった。
 当時の日本は、
「軍部は、政府の下」
 というわけではなかった。
 むしろ、天皇直轄ということで、軍は、政府よりも立場的には強かったのかも知れない。
 だから、政府といえども、軍の作戦ややり方に口を出せないどころか、作戦的なことを知ることもできないという立場にあったことで、日本軍は、政府よりも上の立場だったといってもいいだろう。
 それを考えると、
「関東軍は、日本政府に不信感を抱いていたし、本土の軍本部とも、一線を画していたのかも知れない」
 ともいえるのだ。
 特に陸軍というのは、派閥問題なども絡み、その頃から結構不穏だったりした。
 実際に、満州国建国に関して、日本国内でも、
「賛否両論」
 というものがあった。
 それにより、暗殺事件などが結構あったことで、日本の治安もあまりよくなかったようである。
 そのあたりのことを映画にした内容で、ほとんどは、史実に基づいた話であったが、その話の内容は、実に分かりにくいものでもあった。
 歴史が好きな向坂だったが、それでも、すべてを把握しているわけではなかったので、その裏を見ているようで、楽しく見ることができたが、他の客はどうなのだろう。
 数人の女性客がいたが、どうも、主演の俳優や、脇役にも、
「韓流で人気」
 と言われている俳優が出ていることで、
「男優目当て」
 という人も一定数いることだろう。
 それを思うと、
「人気のわりには、どうなんだろう?」
 と思えてならなかった。
 しかし、友達も自分も好きな映画だったこともあって、満足していた。上映が終わって、食事をしながら、内容について語り合ったが、お互いに分かっていることが多かったので、おさらいという程度の話で、盛り上がるということはなかった。
 これが、学生時代だったら、もっと盛り上がったかも知れないが、お互いにもう社会人、それぞれの事情もあることから、適当なところで切り上げるということも大切だったのだ。
 その友達というのは、大学時代からの友人で、大学に入学してから、結構早い段階で友達になったやつだった。
 大学入学と同時に仲良くなった連中も結構いたが、その連中はというと、皆とっくに誼がなくなっていて、気が付けば、
「大学卒業間近になると、入学当時の友達は、皆自分の前から去っていた」
 といっても、
「こちらから去った」
 という人もいる。
 そもそも、あいさつ程度の人ばかりで、本当の友達というわけではなかったので、当たり前にことである。
 そんな挨拶だけの連中というのは、
「友達の多さで拍が付く」
 というようなイメージでできた友達なので、最初から、
「仲がいい」
 というわけではないので、すぐに友達ではなくなったといっても、ショックでもなければ、
「別にそんなものだ」
 という程度のイメージしか残らない。
 本当の友達というのは、一気にできるものではなく、自然とできるもので、
「気が付いたら、いつも自分のそばにいる」
 という人がその代表といってもいいのではないだろうか。
 そんなことを考えていると、
「会社に入ってから、友達を作る」
 という気にはならなかった。
「同期入社」
 といっても、それは、
「ただの同僚」
 にしか過ぎない。
 それを友達というのは、おこがましく、
「何を話せばいいのか?」
 というのが先にくるような、ぎこちない関係は、少しであっても、その場の雰囲気に持ち込みたくはなかった。
 お互いに、使う必要のない気を遣って、
「相手に対して、何も言えなくなるくらいなら、最初から、話などしないにこしたことはない」
 ということになるだろう。
 そういう意味では、大学時代から続いていて、しかも、変わらず、
「友達」
 といえる、数少ない一人として、
「お互いに、気兼ねなく出かけられる相手だ」
 ということで、重宝していたに違いない。
 今回の映画を誘ったのも、友達の方で、今までも、相手を誘うというと、友達からの方が多かった。
「君が一番誘いやすいし、一緒にいて気が楽だからね」
 といってくれる。
 それを思うと、
「俺の方こそ、お前がいてくれて、うれしいよ」
 と照れ臭い言葉でも、平気でいえるくらいに、気を遣っていないということであろう。
 それを思うと、
「これほどの仲間が今もいる俺って、ある意味幸せなんだろうか」
 と感じるのであった。
  大学を卒業してから3年が経った、20歳代後半に入った二人だったので、年齢的にも、会社でも、仕事に慣れてきて
「第一線として、一番充実している」
 と思える時期であった。
作品名:召された記憶 作家名:森本晃次