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召された記憶

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「刑事さんが、お二人で来られるというのも、この事件に何か感じるものがあったんですか?」
 と医者が聞くので、二人の刑事は顔を見合わせて、
「ああ、いや、鋭いですな。まぁ、今のところ、連続性のありそうな事件ではないので、、一つの殺人未遂事件として調べているんですが、目撃者の話によると、犯人は、そんなに慌てていたわけではないというのに、殺しそこなっているというのが気になるところでしてね、そう思うと、また狙われる可能性もあるかと思うんですけど、ただ、犯人が被害者の知り合いなのかも知れないという話もあるので、それであれば、被害者の意識が戻ってから、しっかり聞けばいいということで、意識が戻るのを、じっと待っていたという次第なんですよ」
 と、桜井刑事が話した。
 実は桜井刑事は覚えているのだが、相手の医者が、以前にあった事件で、面識があったということを覚えているのかが気になって仕方がなかったのだ。
 ということであった。
 桜井刑事の横にいる、中川刑事は、じっと黙って聞いていた。中川刑事も、二人が顔見知りだということは、桜井刑事を見ていれば分かったというもので、相手の医者が覚えているかどうかと感じたが、今見ている限りでは、
「覚えていないのではないか?」
 と感じるのであった。
 桜井刑事は、前にこの医者の患者が、事件に巻き込まれたという時、自分が担当したことがあった。
 今回と同じように、殺人未遂事件の被害者だったのだが、その時は、単純に、色恋沙汰の縺れが絡んだのであり、ただ、そこに、
「不倫の結末」
 ということが絡んできたのだ。
 不倫といっても、実は、女の方、つまり、被害者の方は、
「先に旦那が不倫して、その面当てに、奥さんが不倫したという、W不倫だった」
 ということである。
 どうして、不倫女性が、殺人未遂の被害者になったのかというと、
「旦那の不倫の面当てに自分も不倫をするということで、その相手が自分だなどというのは、許されないことだ」
 ということであった。
 確かに、男のプライドとしては、そんな面当ての出しに使われたのでは、男のプライドが許さない。
 確かに、
「旦那が不倫をしている」
 ということは分かっていた。
 そして、男の方としても、
「旦那が不倫をしているんだから、俺にもワンチャン」
 という、浅はかな考えがあったのも事実であった。
 しかし、
「旦那が不倫をしているからといって、俺が、その面当てにされるというのは、男としてもプライドが許さない」
 という、理不尽な怒りだったのだ。
 男というのは、結構、
「自分のことを棚に上げたりするものだ」
 というのは、
「最初はこの女、旦那に浮気されたということを聞いてほしいということで、俺に頼ってきたのではないか」
 ということで、その話を聞いてやることが、
「男冥利に尽きる」
 と思っていたのだ。
 しかし、そのうちに、
「ただの面当てだ」
 と思うと、
「まさか、まだ旦那に未練があるから、面当てするんじゃないか?」
 と思うと、自分が体よくあしらわれていると感じると、許せなくなってくるのだった。
 男の気持ちも確かに分からないでもない。男とすれば、女から、頼られると
「好かれている」
 と思い込むもので、思い込んだら、自分でも、どうすることもできないと思うほどに米がってしまうことがあったりする。
 特にそれが、
「旦那の不倫」
 ということであれば、本当に、男は、
「俺にもチャンスがあるのでは?」
 と思い込み、それを自分が悪いことをしているという意識にならないのだ。
 普通に、順序だてて考えれば、
「俺だって、火事場泥棒のようなものじゃないか?」
 と思えるのだろう。
 そして、そう感じれば、
「俺が一番くらいなタイプの行為ではないか」
 と思えるはずなのに、なまじ、相手に頼られてしまったことで、
「この女には、俺が頼りなんだ」
 というだけではなく、その思いが高じて、
「この女には、俺しかいないんだ」
 というところまで思ってしまえば、
「俺がこの女を好きになるのは、一種の人助けではないか?」
 と感じてしまうと、それは、すでに恋愛ではなくなってしまっているのだ。
 そんなことを考え始めると、
「自分が悪いことをしている」
 という意識も、
「普段は強いはずの、プライドも消えてしまっていることだろう」
 何しろ、相手は、
「旦那に浮気された」
 という弱みと、こっちには、
「俺を頼ってくれている」
 という、
「大義名分があるではないか」
 と思うことで、女との関係は、
「誰もが認めるものであり、お互いに相思相愛なんだ」
 ということになるだろう。
 しかも、それは、この男が、そこまで本気で、その女のことを愛しているわけではなく、男とすれば、
「愛されたので、好きになった」
 という感情であろう。
 そうなると、相手の女が、旦那に対しての面当てが、自分に来たのだと思ってしまうと、男の方とすれば、
「せっかく、好きになってやったのに」
 という風に思うことだろう。
 しかも、
「相手が梯子を掛けて、自分をそこに昇らせたのに、昇った瞬間に、その梯子を取り外し、置き去りにしてしまった」
 と考えると、
 はたからみれば、これほど情けないことはないだろう。
「どうして、俺がこんな惨めな思いをしなければならないんだ?」
 と思うと、男とすれば、その心境はm、
「可愛さ余って憎さ百倍」
 ということになるのだ。
 完全に、
「勝手な理屈」
 なのだろうが、女のすべての行動に男は振り回されたのである。
 正直、
「同情の余地はない」
 といってもいいのかも知れないが、まったく情状酌量がないわけでもない。
 しかも、最後の最後で、
「殺すまでに至らなかった」
 というのが、この男が小心者だということか、それとも、男が、まだ未練を持っていたということなのか、そこは、自分にしか分からないことであろう。
 桜井刑事は、その時のことを覚えていたのだが、この医者は覚えていいるだろうか?
 確かこの医者は、前述の内容を、分析して語っていたような気がした。
 だから、覚えていないというのもおかしな気がするが、そもそも、専門は外科医だったはずで、
「精神科的な発想は、管轄外」
 といって、確か他の医者から、一蹴されて、それ以上不必要な言動は控えていたようだった。
 あの時のことがもし、トラウマとして残っていれば、余計な事を口にしないという意味でも、忘れていたというに違いない。
 そこで、桜井刑事が
「久しぶり」
 と声をかけると、キョトンとしていたが、それが、本当に忘れていたのか、忘れていたというポーズなのか分からなかった。
 ただ、
「あの時は、どうもお世話になりました」
 というと、相手は、
「ああ、あの時の刑事さんですね?」
 と、今思い出したような言い方をしたが、そこに、別に違和感がなかったので、
「本当に忘れていただけなのかも知れないな」
 と感じた。
 まあ、別に今回の事件とは関係がないことなので、それ以上言及するつもりは、桜井刑事にはなかった。
作品名:召された記憶 作家名:森本晃次