記憶の時系列
「大人になった証拠だ」
といえるのではないだろうか?
そのマンガでは、それぞれの戦争をしている星は、実は、
「自分たちがなぜ戦争をしているのか?」
ということが分かっていない。
彼らは、文明的には、
「後進星」
であって、
「先進星」
というものが、自分たちの派閥を作り、その頂点に立っているのだが、そのうちに、それだけでは満足できなくなり、
「宇宙の中心でなければ、我慢ができない」
ということになるのだ。
だから、
「宇宙船に乗っていても、下手をすれば、自分たちがどこにいるのか分からない場合もある。
何しろ、
「先進星:
にとっては、はるか昔の文明であり、彼らからすれば、
「自分たちが生まれるはるか前の想像もつかないような世界」
といってもいいだろう。
それは、
「先進星」
が、過去に思いを馳せる場合と、逆に、
「後進星」
というものが、未来にがせている思いを感じさせるのであった。
自分たちの未来や過去は、あくまでも
「母性の中でのこと」
であり、宇宙空間の知らない世界では、どう解釈すればいいのか、そのすべてをうのみにするというのもおかしいだろう。
これは地球上であれば、
「平面的に考えるかも知れない」
といえるが、これが宇宙空間になれば、立体のみならず。時間の概念すら捻じ曲げて考えてしまうことになるだろう。
当時、宇宙戦争という発想は、結構、SF小説では多かった。
特に映画の話に多かったのだが、その話には、エピソードが多く。
「最初に映画化されたのが、そのエピソードの3つ目くらいの話」
だったりしたのだ。
だから、映画の最初の数分くらい、つまりは、プロローグのあたりで、
「宇宙戦争が始まった経緯を、文字であったり、ナレーションで、話したりしていた」
ということであった。
ただ、これは、
「歴史の話」
であったとすれば、当たり前のことであり、この話のように、
「二つの国が争っている」
ということが、戦争ということになるということになるのであれば、
「戦争が始まってから、数百年が経つ」
ということだってあるだろう。
その間に、国家元首がなくなり、それでも、戦争が終わらない。
特に、それぞれの国が、地球でいうところの、
「王国」
あるいは、
「帝国」
などといわれる、一種の、
「専制君主」
の星であったとすれば、その政治体制は、
「世襲制だ」
といってもいいだろう。
つまりは、
「皇帝が死んでも、その子供が後を継ぐ」
ということになれば、
「基本的には、親の政治をそのまま引き継ぐ」
ということになり、
「子供に時代が変わった」
と言っても、革命的に考えが変わらなければ、戦争が収まるということはない。
それを考えると、
「エピソードがいくつもあるという、数百年にわたって、戦争が行われるということもありだろう」
といえる。
しかも、
「宇宙人」
という地球外生命体の基本は、あくまでも、
「地球人よりも、文明が発達した連中だ」
といってもいいだろう。
なんといっても、
「地球人は、まだ、火星にまでしか行ったことがない人種で、他の星に地球外生命体があることすら知らない」
ということだ。
この話の地球外生物は、少なくとも、
「他の星の同じような生命体を知っていて、そこと、戦争をしているのだ」
戦争をするからには、それなりの大義名分があり、地球でいうところの、
「宣戦布告」
というものが、宇宙間戦争において、必要なのかどうか分からないが、それぞれに、大義名分があることだろう。
地球上での戦争であれば、
「宣戦布告というものがなぜ必要なのか?」
というと、一番の理由としては、
「第三国に対して、宣戦を布告することで、その立場を明確にさせるためだ」
ということである。
つまりは、
「どちらかの国に加担する」
という場合と、
「中立を宣言する」
ということである。
つまりは、
「同盟などを組んでいて。A国との関係性において、どちらかの国が戦争を起こせば、相手国に一緒になって戦争を起こす」
というようなことである。
それ以外でも、
「友好国」
ということで、宣戦までは布告しないが、
「資金援助」
であったり、
「武器の供与」
などということが行われるということである。
しかし、この場合は、宣戦布告は明記していないが、あからさまに、
「B国に対して、あからさまに敵対した」
ということで、B国から、
「A国へ向かう武器などを乗せた船を検閲したり、相手が抵抗すれば、攻撃を加えるなどの、戦闘行為」
にもなりかねない。
つまりは、
「中立であったり、自国に味方をしない国は、すべて敵国のみなす」
ということが、国際法上では認められている。
このことは、
「宇宙間戦争」
においても、いえることではないだろうか。
だから、
「宣戦布告」
というのは、重要な意味を持つのである。
「宣戦布告」
をするということは、
「他の国に、自分たちが戦闘状態である」
ということを宣言し、その立場を明確にしなければ、敵
「とみなされ、攻撃されないとも限らない」
ということである。
逆に、
「宣戦布告」
というものがない状態で、戦争状態に陥る国もあった。
というのは、
「宣戦布告をしてしまうと、まずいという状況に陥ることが考えられるからであった」
例えば、
「A国と、B国が戦争状態にあり、戦争状態になるまでは、?国という国の存在」
というのが、
「それぞれの国に、武器援助であったり、政治的な同盟に近いような関係だったりするところがある」
という場合であった。
「?国は、A国にとっても、B国にとっても、お互いに、重要な存在である」
ということが大前提だとすると、
「お互いに宣戦布告をしてしまうと、それぞれ、困ることになる」
というのが分かっている場合である。
というのは、
「どちらの戦闘国にとっても、?国に、中立になられては困る」
ということからであった。
「A国としては、政治的な同盟国であり、戦争を始めたとして、今度は終わらせる時に、こちらに優位な立場であってほしい」
と思っているということ。
さらには、
「B国としては、普段から、武器の供与や、経済支援などをしてくれるのが、?国だ」
ということになると、お互いの国にとって、
「宣戦布告をすると、?国はその立場上から、中立な立場になる」
ということが分かっているからである。
そうなると、どちらの国も大きな痛手であり、お互いに、
「宣戦布告をしてしまうと、不利だ」
ということが分かり切っている場合には、
「宣戦布告なき、戦争」
というのがある場合もあるのだ。
「一応、お互いに宣戦布告は必要だ」
ということに、国際法ではなっているが、その理由が、
「第三国の立場を明確にする」
ということからであった。
だから、
「宣戦布告なき戦争状態」
というのは、国際法では、
「戦争ではない」
ということで、いろいろな、
「戦時下における法律」
というのも定められているが、それらは、すべて、
「通用しない」