いたちごっこのフレーム問題
が多いということであった。
「怪獣の角を取ったりつけたりし、あるいは、まったくありえないという、
「えりまきのようなものをつける」
ということで、うまく別の怪獣だと思わせるというような、姑息な方法がとられたりしているのであった。
しかも、ある週当たりから、
「怪獣や宇宙人の出てこない」
という回があった。
そもそも、中学生以上もあてにしての番組だったので、それはそれで不自然ではなかったのだが、やはり、子供としては、
「怪獣が出てこないとつまらない」
ということになるだろう、
だから、そんな回は、面白くないという話が思ったよりも、子供の間で広がったことで、
「あの番組は、面白くない」
ということで、もろに視聴率の低下を余儀なくされたりしたものだった。
ただ、
「どうして怪獣のない回を続けて作ったのか?」
というと、その理由は明快で、
「予算がない」
ということであった。
怪獣のぬいぐるみの使いまわしにも限界がある。
何度か、それぞれの部分を取り外したりして、他につけても、その分、劣化も激しく、一度他で使ってしまうと、もう使えなくなる」
というのもざらだったということもあって、結局、新たに新しいものを作らなければいけないということで、結果は同じだった。
しかも、そのたびに、製品を落として作るのだから、そんな商品に、
「再利用」
というものはできなかった。
しようと思うと、結果的に。何もできず、
「とても、ぬいぐるみとしては、使えるものではない」
ということになる。
映像に写すとなると、その劣化部分や消耗部分は目立つというもので、
「一発クレームの嵐だ」
といってもいいかも知れない。
そんな時、
「白黒テレビの時代はよかったな」
と思うかも知れない。
「新しいおのが出てくると、古いものがすたれていく」
というのは、
「時代の移り行く証明」
のようなもので、映画などでも、昔の、
「サイレント映画」
というものには、
「活動弁士」
といって、
「吹き替え」
のような人がいて、それを本職としている人が結構いた。
それが、
「トーキー」
ということで、効果音まで映像と一緒に流せるようになると、それまでの、活動弁士は、一気に職を失うことになる。
また、テレビが普及するまでの、子供の娯楽というと、公園などにやってくる、
「紙芝居」
であった。
おじさんが、来ると、子供たちは、遊んでいるのをやめて、一気に集まってくる。そこで、スライド式の、絵を見せることで、芝居の代わりをさせるわけだが、その時の紙芝居のおじさんの口上というものが、実に、
「プロの技」
だったのだ。
特に、子供たちはシビアなもので、面白くなければ、そっぽを向いてしまう。次に来た時は、どんどん来る人が減ってきたり、最後まで見ることをせずに、家路を急いだりして、「始まる時は、十数人いたものが、終わった時には、数人になっていた」
などということはざらだったといってもいいだろう。
そんな紙芝居だったが、テレビが普及してくると、皆テレビに夢中になる。やはり、いつの時代も、
「子供は、いや、子供だけに限らず、新しいものを求めるものだ」
というものなのだろう。
そんな時代があってから、紙芝居が流行っている頃にも、その傾向というものはあったのかも知れないが、
「ロボットもの」
というのが、出てくるようになってきた。
圧倒的に、時代劇のようなものが多かったのは、戦争中の、出版規制というのが影響しているのかも知れない。
あの頃の探偵小説作家などは、出版規制に遭うことで、推理小説などの書物は、出版できなかった。それまで発売されていたものも、発刊禁止となり、廃刊に追い込まれることも少なくなかった。
あるたいてい小説作家は、
「それでは食っていけない」
ということで、同じ推理ものでも、
「江戸時代における推理もの」
を書くことで、何とか発刊できたものだった。
なぜ、時代小説などはよかったのか、そこまでは分からないが、
「当局の目を盗む」
ということで、時代物はよかったのだろう。
ただ、一つ考えられることとして、
「時代劇というのは、今も昔も、勧善懲悪だ」
といえるのではないだろうか?
勧善懲悪というのは、
「善を勧め、悪を懲らしめる」
ということで、当時の戦争のスローガンと合っていたのかも知れない。
特に、
「アジアを、欧米列強の支配から解放し、アジアに植民地化されないような、新秩序を築く」
という、
「大東亜共栄圏の建設」
という大義名分があることは、当然のごとく、
「勧善懲悪だ」
と言っていいだろう。
そんな時代において、時代劇というと、
「水戸黄門」
であったり、
「当山の金さん」
さらに、
「鞍馬天狗」
などといった、勧善懲悪であり、さらに、正義のヒーローというものは、戦時では好まれたに違いない。
もちろん、一番ウケるものとすれば、戦争ものだろう。
それも、ドロドロとした戦争ものではなく、
「華々しく、敵をやっつけるものが、戦意を高揚し、国民感情を、一致団結させ、国家総動員を掛けるには、ちょうどいいプロパガンダになった」
ということであろう。
だから、戦争というものに敗戦して、占領下からの独立であったが、そんな時代でも、戦記物は好まれ、時代劇も子供にウケたりしたのだった。
そして、そんな中で、それまで廃刊とされてきた探偵小説であったり、新たな分野としての、ホラー、オカルトなどの、
「ゴシック小説」
であったり、
さらには、今までは、過去の時代劇ばかりだったものが、今度は、未来に思いを馳せるという、
「SF小説」
というのも出てきたのであった。
特にSF小説というのは、元々発想として、乏しいところがあったので、新興小説として、ウケたのかも知れない。
日本というのは、戦後の教育のせいもあるのか、
「大日本帝国というのは、アジア侵略を重ね、最後には、米英との戦争という無謀な道を選んだ」
ということで、
「弱小国が、世界の超大国に戦争を吹っかけて、それで、当然のごとく負けてしまった国だ」
という教えられ方をしてきた。
しかし、実際には、
「大日本帝国という国は、国防のために、大陸進出を行い、アジアを植民地化していた欧米諸国を刺激し、さらに、ヨーロッパの戦争に、アメリカ、ドイツの影響で巻き込まれる形になってしまった」
というのが、歴史の真相ではないだろうか?
そもそもの日本の脅威となっていて、仮想敵国として最初に想定していたのは、ロシアで、明治時代に、そのロシアとの戦争も起こり、結果として、勝つことができた。
「薄氷を踏む勝利」
であったというのは、紛れもない事実であったが、それでも、弱小である明治日本という国が、
「世界の超大国」
と言われたロシアに勝つことは、奇跡に近かったのだ。
ただ、それでも、当時の政治家と軍の力を結集し、勝利に導いた。そこがある意味、
「大日本帝国の、ピークだった」
といってもいいだろう。
そこで手に入れた、
「遼東半島から伸びる、満州鉄道の権益の死守」
作品名:いたちごっこのフレーム問題 作家名:森本晃次