一人三役
苛めというものがあっただけで、黒歴史なのだろうが、松崎はそうは思っていない。
「あの苛めがあったことで、自分の考えがしっかりと固まったのだし。仲間の選択がうまくできるようになったのではないか?」
と感じたのだった。
そこに、思春期というものが絡んでいるという意識はあるのだが、思い返していて、
「いつが、思春期だったんだろうか?」
と思えてならなかった。
やはり、はっきりとわかっていないからだろう。
どちらにしても、その口から出てきた言葉は、二人にとって、相当意外な人だったようなのだが、もし、これを他の、それも、二人と同じくらいに、事情を知っている人であれば、
「誰もびっくりすることはないだろう」
と思えた。
それは、単純に、
「二人が、その人の正体を知らなかったからだ」
ともいえるだろうが、実際には、そんなことはない。他のことでは、他の人よりもよくわかっている。
もっといえば、
「いいところもいっぱいある」
という意識があり、そのせいもあって、
「二人は、その人のいいところを知っている」
というだけに、
「えっ?」
と意外な顔になるのだ。
しかも、そんな二人の性格を、樋口青年は分かっているということである。それを思うと、
「樋口青年は、爪を隠しているのではないか?」
と感じるのだった。
樋口青年は、鋭いところがあるのだが、それを分かっているのも、やはり、この二人であった。
お互いに、
「一緒にいることで、相乗効果を倍以上の形に持っていけるのではないだろうか?」
といえるのだった。
ただ、
「確か、樋口青年は、確か奥さんのことを好きだったのではないか?」
と思えた。
それなのに、奥さんが殺されたのに、ショックという感じもなく、
「傷口に塩を塗る」
というわけではないが、それほどに、相乗効果を高めているということであろう。
さすがに、
「お前、あの奥さんのことが好きだったんじゃないか?」
と聞けるわけもなく、
「それなのに、なんでだろう?」
ということを考えていた。
そこで考えたことが、
「こいつの態度は、どこかおかしい。それはあくまでも、自分の中で何かを隠したいことがあるということではないか?」
ということになると、
「誰もが知っている公然の秘密のはずなのに」
と思うこととして、
「逆に、この態度は、逆転の発想とでもいえばいいのか、マイナスにマイナスを掛けると、プラスになるという感覚に似ている」
ということではないだろうか。
だから、
「うかつに聞くと、本来聞きたいことを、うまく煙に巻かれて、その時に分からなければ、再度確認するすべを失ってしまう」
ということになるのではないかと感じるのだった。
そんなことを考えていると、
「本当に、樋口青年は、最終的に何を考えていて、どっちを向いているということになるんだろう?」
ということであった。
松崎は、決して、
「樋口青年のことが嫌いだ」
というわけではないのだが、たまに、
「どっちの態度を示せばいいのだろう?」
と考えるのだ。
ただ、どちらかが正しいのだろうから、裏は、必ずあるということだ。
しかし、だからといって、どっちも正しいということも言えるのではないか。態度をとる場合の角度が、実に難しいと「いえるであろう。
それでも、同じ隊に入ることで、少しは、縮まったような気がした。
最初は、それこそ、
「避けられている」
と思っていた。
特に。ややこしい話であったり、ガチな話になると。途中から、
「難しい話は分からない」
といって、まるで焦っているかのように、戸惑いはじめ、逃げに走っていた。
だから、それを額面通りに受け取ると、
「本当に難しい話が嫌いなんだ」
と思うのだろうが、どうも、違っているようだ。
自分の興味のある話になると、前のめりになる。しかし、それでいて、前のめりになりながら、話をすると、理路整然とした話ができる人間だったのだ。
だから、少々の話でも、別にパニックになることなどなさそうなのに、それを考えると、
「自分の中で、逃げ道を模索しているだけではないだろうか?」
と考えるのであった。
というのも、
「松崎は、人と話をするうちに、相手が逃げているのかどうなのか?」
ということくらいは分かるようになっていた。
「そうでなければ、客商売などできない」
というわけである。
客との商談というと、仕入先相手とは少し違う。
仕入先相手だとすると、相手も、こちらも、ある程度の専門家であるが、どちらかというと相手の方が、商品については詳しいはずである。
メーカーであれば、もちろんのこと、途中の問屋であっても、メーカーの営業の人から、商品の特徴を教えられ、それを売り込みに使うのだから、それなりの、
「プレゼン資料」
くらいは用意してくる。
元々、メーカーのパンフレットなどもあるだろうから、それを、今度は、客に説明することになるのだろう。
しかし、昔の営業であれば、それで構わないのだろうが、今の時代はそうもいかない。
なぜなら、
「ある程度の情報は、ネットに落ちている」
といってもいい。
店の店員であったり、店主が知っているくらいの情報は客の方が持っていることも普通にあるだろう。
「トレンド」
などに詳しい客を相手にしていれば、営業するのが恥ずかしくなるくらいの劣等感を味あわされるかも知れない。
そんなことを考えていると、あとの問題は、
「客との駆け引き」
ということになる。
客が気が付かないようなことを気づいてあげると、客も、
「目からうろこが落ちる」
という感じで、こちらを信用してくれる」
ということになるだろう。
だから、客も、駆け引きを用いるのだ。
その時に考えるのが、
「逃げ道を用意しておくこと」
ということであるが、買う意思がなければ、
「いかに逃げるか?」
ということが問題になる、
「今の時代は、店に客が来たからといって、追いかけまわすような接客は、絶対にダメなんだ」
というのは、分かり切っていることだろう。
そもそも、
「逃げるから、追いかけられるのであって、追いかけられる素振りを見せるから、追いかけるのだ」
ということで、要するに、相手が、
「してもいいんだ」
と思うことから始まるということになるのであろう。
そんな樋口青年から聞いた男の名前は、本当に意外だったが、
「あの奥さんなら、ありえるか?」
ということは、皆分かった気がした。
というのも、そもそも、あの奥さんの性格が分かっていたからだ、
ただ、それは、人それぞれに違うもので、これが奥さんの性格なのかも知れないが、
「相手が自分を好きになるように、仕向ける」
というように、巧みに自分の方に取り込むようなやり方、いわゆる、
「人心掌握術」
は素晴らしかったのだ。
「女だから、女としての武器を使ったのか?」
と言われるが、
「確かにそうだ」
といえばそうなのだが、それは、基本的に身体の関係ということだが、奥さんの場合は、身体を武器にするだけではなく、あくまでも、
「本当の人心掌握術だ」
といえるだろう。