疑心暗鬼の交換殺人
さすがに、小学生が中学に来るのは、本当はいけないことなのだろうが、
「来年ここに入学してくるから見学目的だ」
ということで連れてくると、いちかは、とたんに、美術部で人気者になったようだ。
小学生でも、すでに、初潮はあったということは、何となく分かったし、
「お兄ちゃんが、いつもお世話になっています」
と、粛々としてお礼を言っているのを見ると、中学生もタジタジだった。
「いえいえ、こちらこそ」
とばかりに、皆声に出して話をするのだった。
それを聞いていると、
「本当に、お前の妹か?」
とばかりに、妹を立てるのはいいが、兄の立場がないのは、どうにかしてほしかったのだ。
「お名前は?」
と、つかさ部長に聞かれたいちかは、
「安西いちかと言います」
というではないか、
「もう、いいよ」
と、表に出ているいちかを隠そうとすると、
「おいおい、お兄ちゃんだからって、独り占めはいけないだろう」
と、何を知っているというのか、皆そうやってはやし立てる。
「そんなことはないよ。妹はアイドルじゃないんだから」
というと、
「いやいや、俺たちにとってアイドルだよ」
というのを聞いて、いちかは、
「てへぺろポーズ」
をするのだった。
妹がアイドル扱いされるのは、嫌でもないが、自分のことではないのが腹が立つ。安西は、妹がもし、いくら自慢の妹であったとしても、自分が中心にいないと我慢できないタイプなのだろう。
それを考えると、
「本当は、俺のアイドルは、部長なんだけどな」
と思わず、部長のつかさをチラッとみると、それを待っていたかのように、いちかは、
「ほら、お兄ちゃん、部長さんのことが気になるんでしょう?」
と
「どうして分かったんだ?」
と思うほどの、その勘の鋭さから、
「頼むから、中学に入ってから、美術部だけはあ来るんじゃないぞ」
と言いたかった。
ただ、妹は、兄のような、インドア派ではなく、病気のようなものがあるわけではない。だから、やりたいことを、何でもできるということで、
「運動部に入るんだろうな」
と思って栄太が、自分がこの間受けた。サッカー部のあの強引さで妹にも来られたら、たぶん、
「俺は怒り狂うだろうな」
と感じるのだった。
妹のいちかは、どうやら、先輩が好きになったようだ。
「私も、近藤先輩のようになりたいな」
というのだった。
無邪気にはしゃぐいちかを見ていて、本当であれば、
「立派な部長だからな」
といって、いちかの背中を押すようなことがいえるのだが、どうにもいちかに、自分の本心を見抜かれてようで、素直に、言えなかった。
本当なら、それでもいう方がいいのだろうが、それがいえないということは、それだけ、「自分がひねくれている」
ということなのか、それとも、
「自分が先輩を見るような目で、他の美術部員が、妹を見るかも知れない」
ということが嫌なのか、どっちなのか分からない。
それを考えると、ふと、怪しい感情が自分の中に沸いてくるのを、感じた。
「それは、俺が、妹をオンナとして見ているということなのか?」
ということであった。
「いやいや、そんなことはない」
と必死で打ち消し、自分で、
「そうではない」
と言い聞かせたのだ。
だからなのか、いちかのことを、女としては見ていないと思うようになってから、ずっとそうだと思っていたのだ。
「確かに、小学生のいちかは、図工は好きだった。
絵を描かせると、確かに上手に描いている。ただ、まわりが上手だということもあって、目立たないように見えた。
だが、それは、自分がいちかの作品だということを必要以上に意識していたから、
「その他大勢」
に見えたのかも知れない。
それだけ、安西は、いちかのことを、本当に、
「女として意識していた」
ということであろう。
安西は、美術部で、ライバルがいた。
そいつは、
「俺は部長を好きだ」
と公言していたのだ。
「俺の方が先に好きになったのに」
という言葉を吐きたかったのだが、それはあくまでも、
「負け犬の遠吠えだ」
そいつの方が確かに入部してきたのは遅かった。しかも、入部の時から、明らかにつかさに対しての視線が、おかしかったのは分かったのだ。
だが、その視線を見た時、思わず、
「俺もあんな視線で入ってきたのだろうか?」
と思うと、恥ずかしくなってきた。
だから、安西がそいつに向かって、何も言えるはずはなくて、ただ、黙っているしかなかった。
ただ、その視線の先にある、つかさを見ていると、
「ああ、こんなやつの視線を浴びなければいけない部長は気の毒だ」
と、自分のことを棚に上げて、そういうしかなかったのだ。
ただ、もう一つ気になったのが、この間、妹が、部に遊びん位来た時、その男の視線が、部長に向けられていたのと同じ視線だったことである。
自分たちの中でも特に、思春期に出てくる症状が顕著なやつだったので、下手をすれば、
「気持ち悪く見える」
というやつだった。
もちろん、思春期を通り越した人から見れば、そいつだけではなく、
「俺たちも同じ目で見られているのかも知れない」
と思うと、そいつばかりのことを気にはできなかったのだ。
思春期になってからの、安西は、
「人のことが気になるのだが、その時に一緒に、つい自分と比べてしまう」
という癖があった。
そのくせがあるせいか、
「どうしても、誰か嫌なやつがいても、何も言えないことで、自分を腹立たしく思えてくるのだった」
しかし、やはり、その男も、安西も、つかさから見れば、
「相手にしてもらえるような男ではなかった」
ということなのか、数か月して、先輩には、格好のいい彼氏ができたのだ。
まわりは、
「お似合いにカップルだ」
といっているが、安西の気持ちは実に複雑で、
「祝福しよう」
などという気落ちになれるわけもなかった。
「あいつはどうなんだ?」
と思って見ていると、確かに数日は、悔しさが前面に出ていて、
「これ以上ない」
というくらいに、つかさを睨みつけていたが、つかさは、その視線をわかっているのかいないのか、まったく意識はしていなかった。
そのうちに、もう、やつは、つかさに視線を送ることはなかった。そのかわり、やたらとまわりを気にするようになったのだ。
その視線は、実に気持ち悪いものだった。
「失恋したやつが、次の彼女を探そうと、まわりを見ているかのようだった」
確かに、やつの視線は、熱いものがあり、部長に向けられていた視線と同じような視線を、まるで、
「下手な鉄砲数打ちゃ当たる」
とばかりに、まわりに向けられるのだった。
その視線を見ていると、
「俺は今まで部長しか見ていなかったが。こうやって見ると、皆可愛いじゃないか?」
ということで、今度は、
「いろどりみどり」
とばかりに、見つめている視線を、自分でも感じていると思えたのだ。
見られている女性の反応は様々だった。
「まんざらでもない」
と思っている人、
「何、あの気持ち悪い視線」
と感じている人、安西から見れば、よく分かる気がした。
それもそのはず、
「あいつの視線だから」