疑心暗鬼の交換殺人
と言われるような、科学というものに真っ向から挑戦するマンガなどの時代は、
「今は昔」
である。
昔は、当たり前のように言われたことも、今では。
「迷信だ」
ということもあるではないか。
例えば、
「練習中に水を飲んではいけない」
と言われてたという。
今では、
「熱中症」
であったり、
「脱水症状になる」
ということで、水は飲むように言われるが、昔は、
「呑んではいけない」
と言われていた。
その理由としては、
「バテるから」
ということであった。
確かに、水を飲んで激しい運動をすると、
「お腹が膨れたようになり、横隔膜などが痙攣をおこす」
などと言われ、
「それも危ない」
ということであったが、飲むものも、プロテインであったり、スポーツ飲料、さらには、冷たすぎない水などであれば、問題はないということである。
そういうこともあるから、運動部への入部は、
「禁止」
ということだったのだ。
それを理由も分からずに、勝手に入部希望に名前を書くというのは、許されることではなかった。
確かに、そんな部員募集というのは、今の時代では、許されることではないが、
「これが昔からの伝統だから」
という話をされると、こちらも、文句を言うのも疲れるというもので、
「とりあえず、入部希望ではありませんから」
といって、怒りを込めて、言葉では、丁重に断ったのだった。
そんな、サッカー部からの呪縛が解けたはずなのだが、名前を書いたやつとの仲は拗れたばかりで、
「あいつ、サッカー部を断っておきながら、どこの部活もやらないということか?」
ということを言っているのを聞いて、最初こそ、
「あんなやつのために、俺がどこかの部活を始めるなんて、胸糞悪い」
と感じていたのだが、美術部の部長が、
「お絵描きとか、一緒にしませんか?」
といって、にっこりと笑ったのだ。
もし、これが、
「お絵描き」
という言葉ではなかったら、
「すみません、美術には興味がないんで」
といって、断っていたはずだった。
部長が、
「お絵描き」
と言った瞬間、その顔を覗き込んだ時、思わず顔がニンマリとしてしまったのは、何かこそばい気分がしたからだろうか。
部長がいうには、
「何か、声を掛けてほしい雰囲気を感じたんですよ」
というではないか。
ということは、
「声を掛けられたのは、部長の優しい性格からで、俺に対してだからというわけではないんだな」
と感じたのだった。
ただ、それでもよかった。
今まで、部活の勧誘のブースからは、なるべく避けるようにしていたので、相手の顔も見たわけではない。
だから、今回美術部の先輩の顔を見たことで、
「初めて、先輩の顔を正面から見た」
と思ったのだ。
今までも、断りながら歩いていた時もあったので、目が合ったということはあったかも知れないが、正面切って見たのは、この時が初めてだったのだ。
さすがに、強引な勧誘というのは、ほとんどが運動部だった。
特に武道関係は、しつこかった。
「俺の体型を見れば、武道には向かないのが分かるだろうに」
と思ったのだ。
身長も低く、華奢な身体だった。
「武道をやって、身体を鍛えれば、立派な身体になるぞ」
と言われても、
「はあ、そうですか」
としか言いようがなかった。
相手は、
「実に清々しく誘ってくるのだが、断る方は、実にそっけない」
その様子を見れば、運動部の勧誘が、何か情けないと思えてくるはずなのに、彼らは、まったく臆することはない。
最初から、
「どうせダメだ」
と思っているに違いないのだった。
それを思うと、
「運動部というのは、根性論以外に何があるというのか?」
と思うのだった。
そんな運動部には、正直、閉口しているのだが、あまりここで文句を言っても、敵を作るだけで、
「自分の得にはならない」
ということである。
ただ、文化部であっても、運動部であっても、守らなければいけないルールはあるはずだ。
それを、強引に押し付けのようにしてしまうと。うまく行くはずがない。
それを考えると、
「俺には、部活なんて必要ないんだ」
と結局のところ、そう思わさざるを得ないのだった。
だから、もし、仲がいい人が、
「一緒に部活やろう」
と言ったとうれば、きっと断っているだろう。
なぜかというと、その理由として、
「もし、自分の身体のことで、部活に支障が出てきた時、辞めなければならなくなった場合、誘った友達を置き去りにしてしまうような気がするのだ」
ということである。
そこまで考える必要はないのかも知れないが、どうしても、気になってしまう。それというのも、
「自分がされて嫌なことは、自分からするようなことはしたくない」
という思いから来ているのだ。
それは当たり前のことだろう。
自分がされて嫌なことをするとすれば、
「自分を攻撃してきたやつだけだ」
と思う。
しかも、
「何か策を弄するやつは、自分がされるということを意識していない」
という心理があるのだから、
「相手に巨大ブーメランを投げ返す」
というのは、実に気持ちのいいことではないだろうか?
それを考えると、
「部活をするとしても、自分から人を誘ったり、誘われてもそれに乗らないようにしよう」
か思うのだった。
部活というものは、本来は楽しいもののはずなのに、人間関係でギクシャクすると、せっかくの楽しさも半減する。
いや、半減どころではない。ほとんど楽しめない。
しかも、いわくつきということになれば、マイナスになってしまって、一緒に、楽しむどころか、部活がお互いの垣根のようになってしまって、
「どちらかが辞めるか」
あるいは、
「二人とも辞めてしまう」
ということになりかねない。
特に、安西の場合は、
「健康面の問題」
なので、
「人間関係」
ということよりも、もっと奥の深い問題になってしまうことだろう。
だから、
「どこかの部活に入るのは、辞めておこう」
と思っていたのに、まさか、
「入部するのが美術部だ」
とは、思ってもみなかった。
「確かに部長のことを好きになったのは間違いない」
と思うので、不純な理由であるということに変わりはないだろうが、それでも、絵画をやってみて、
「自分でも、なかなかじゃないか?」
と感じることができるような絵が描けたのは、嬉しいことだった。
「ひょっとすると、才能があるのかな?」
と勝手に思い込んだほどで、絵を描ける自分が、誇らしく感じられるほどだった。
妹
安西には、年子の妹がいた。
妹は名前を、いちかと言った。
その妹が、どうやら、兄である安西が、最近学校に行くのを楽しみにしていることに気付いて。ちょっと、兄の学校に遊びに行ったようだ。
「どうせ私、来年から、この中学だし」
ということで、堂々と、兄の安西にくっつくようにして、
「学校見学」
と称して。やってきたのだ。
部長の名前は、
「近藤つかさ」
と言ったが、どうやらいちかは、すぐに、
「兄の変貌について、気が付いた」
ようであった。